*11/4の(精神的)黒赤ちゃんの日[赤黒ちゃん]






マジバ会……それはファーストフード店・マジバのバニラシェイクを心から愛する黒子テツヤを中心とした帝光中学バスケ部の部活後寄り道会です。

「黒子っちーー!! 今日はマジバ会ッスよね?」
「はい、そうですけど」
「おっ、そうだったな! はやく着替えて行こーぜテツ! 黄瀬は来なくていーーぞ!」
「ヒドイッス! それを言うなら俺にいつも奢らせる青峰っちが来ないで欲しいッス……奢るなら黒子っちがイイ!!」
「じゃあテツの奢ればいーだろ……なぁ、テツ、俺の分も一緒に注文してくれよ」
「わかりまし、」
「青峰っち卑怯ッス!! ズルい作戦筒抜けッスよ!! 黒子っちもズル峰っちの味方になろうとするなんてヒドイッス!! 涼太、悲しいっ……!!」
「オイ、お前等茶番はそこまでにしてさっさと身支度を整えるのだよ」
「そーそー。俺おなかペコペコだよ〜〜……マジバで何食べよ〜かな〜……ね、赤ちん!」
「……え? 赤司くん、マジバ会に参加するんですか?」
「……あぁ。今日は、俺も行ってみる」

僕はとにかく驚いた。早い・安い・旨い、庶民の味方・マジバ。そこへ初めて足を踏み入れるのは、大金持ちのお坊ちゃん・赤司征十郎くん。ハードな練習後は腹が減る、家に帰るまでにひとまず小腹を満たしたい、学生だからお小遣いが限られている。そんな悩みを解消するのにうってつけだった。赤司くんはいつも執事さんが立派な車でお迎えに来る上、家に着けば豪勢な食事が待っている。帰る間際『寄り道も程々にしろ』とお小言を置いていく彼だから、わざわざ誘うべきではないと思っていた。そういう理由が重なっていたからこそ信じ難かった事態。赤司くんを除いたキセキメンバーと僕で開催していた庶民の為のマジバ会へ、彼がやって来るとは夢にも思わず。

「……俺が来てはいけないか、黒子?」
「えっ?……い、いえ、参加してくれて嬉しいです」

不意に問いかけられた質問、俯きがちで表情はよく見えないが、少し不安げな声。反射的に嬉しいと答えれば、赤司くんは安堵したように口元を緩ませた。

「俺たち、先に行って席取っとくッスーー!! 青峰っち、マジバまで勝負ッス! 負けた方が相手へ奢るッスよ!」
「黄瀬ェ!! テメェ先にスタートしやがって! ズリィぞ、ぶっ潰す!!」

「……騒がしい奴らなのだよ」
「ね〜〜元気だね〜黄瀬ちんと峰ちん」
「そうですね……」
「…………」

僕の前を緑と紫のキャベツ巨人が並んで歩き、僕の隣は赤のミニトマト人間が無言で歩く。……緊張を和らげる為に、なんとなく皆さんを野菜化してみました。赤司くんはキャンキャン煩い黄瀬くんと違って元々口数は多い方ではないのは分かってはいるのですが……いつにも増して口を閉ざした赤司くんの隣は居心地が悪過ぎでした。加えて前のふたりが時折チラチラとこちらの様子を伺うのです。ちょっと、この気まずい空気、助けて下さいよ。目で訴えるも、知らん顔で僕と赤司君をふたりにする。お菓子の食べ過ぎについて注意喚起をする緑間くんと適当に受け流す紫原くん、一方的な口論を聞きながら僕は地面とにらめっこし続けながらこの沈黙に耐えていた。語気を強める声と間延びした声の交錯、それをBGMにして……あれ、だんだん、音が遠退いて……、

「……えっ?! ちょっと! 緑間くん! 紫原くん!」

……消えた巨人、足のコンパスの違い、置いてけぼりを食らった、ちびっ子の僕と赤司くん。気を置きまくる部活仲間の彼の存在に気を取られて気付けなかった。深い溜息をついてチラリと横目で赤司くんを確認すれば……あれ、僕以上に強張った顔、おまけにダラダラと冷や汗もかいている。どうした、赤司くん。普段知っている彼とは違う様子を訝しみながらも、僕はどうにかこうにか会話ゼロの地獄の静寂をくぐり抜け、目的地であるマジバへ到着した。店内へ入ると明らかに目立つ4人組がこちらに気付き、女性客の視線を釘付けにしている黄瀬くんが人目も憚らずブンブンと手を振っている。既に注文を済ませて腹ごしらえをしている彼らは、さっきまでの僕の苦労を知らない……ちょっと恨みがましく睨むとみんな視線を逸らして下手くそな口笛を吹く始末。なんだあれ、もしかしてわざとなのか、そうなのか。わざとであっても、なんで一番親しくない僕へ赤司くんを預けるのか。もしや新手の罰ゲームか。複雑な苛立ちを抑え込みつつ、僕は注文の列に並ぶ。その行動に倣って赤司くんも隣の注文の列に並んだ。そっと彼を観察していると……こういう場所は初めてなのだろう、チラチラと周囲を見渡しては落ち着かない様子が見て取れた。きっとこの店のシステムは事前に緑間くんあたりが教えているだろうと思い、僕は我関せず自分の注文をして待っていると……、

「……黒子と、同じ物を頼む」

えっ、ちょっ、赤司くん! 店員さん困ってますよ!!!

「えっ……? あの、ご注文の品は……、」
「だから、黒子と同じ物を頼、」
「すみません! バニラシェイクのMサイズをお願いします!!」
「黒子!」
「は、はい!バニラシェイクのMサイズをおひとつですね。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
「よろしいも何も最初からそう言っ、」
「もう! 赤司くんは黙っててください!」

ダメだ、このお坊ちゃんは庶民の領域で野放しにしておけない。

「お待たせ致しました。バニラシェイクのMサイズです」
「ほら! 赤司くん、受け取って!」
「……ご苦労だった」

僕に促されて渋々トレーを受け取り、僕の後ろをついてくる赤司くんは何故か浮かない顔でションボリしている。彼らしくない表情が気になったけれど僕はバニラシェイクを飲みたい気持ちが勝り、とにかくみんなのいるテーブルへ一直線に向かった。

「……で、どうして赤司は落ち込んでいるのだよ?」
「知りませんよ……真っ当な注文を出来なかった自分を恥じているのでは? というか、緑間くんが赤司くんにちゃんと注文の仕方を教えておいて下さいよ……僕は要らぬ恥に巻き込まれました」
「……いや、赤司が“ひとりでできるもん”というカオをしていたからな……見誤ったのだよ」

赤司くんの行動について僕の隣に座っている緑間くんとコソコソ話をしていると……ジイイイイイ……っと真っ直ぐ感じる鋭い視線。チラリと真っ正面を盗み見れば、ストローをギリギリ噛みつつバニラシェイクを飲み、苦々しいカオをしている赤司くんと目が合った。その瞬間、弾かれたように視線を逸らされたけれど、何か言いたげなモヤモヤした雰囲気が出ている。どうしたのだろう……やはり、お金持ちの舌に庶民の味は合わなかったのだろうか? 僕はバニラシェイクが主食だけれど、ブルジョワ野郎の赤司くんにとっては泥水同然なのか?

「赤司くん、バニラシェイクは美味しくないですか?」

思い切って質問すれば、不意を突かれたかのように赤司くんは赤い目をかっ開いて驚きながら、

「そ、そんなことはない! 確かに、妙に甘ったるいし、舌触りが良いとはいえないけれど……俺が、黒子の、大好物を不味いなんて……到底思える訳がない」

一度ピッタリかち合った瞳が、段々と弱々しく伏せられて、荒げた声も小さくなって、最後は真っ赤に縮こまる。あれれ? 本当に変ですね、赤司くん。真っ赤な彼を取り囲む人間、僕以外はハテナマークが存在しないのは何故だろう。黄瀬くんは口に含んだシェイクを吹き出しそうになるのを堪え、緑間くんはやれやれと溜息をついて口元をナプキンで拭き、モリモリとハンバーガーを食べる青峰くんは悪そうな顔でニヤつき、紫原くんにいたっては「赤ちん! ファイト!!」とポテトを振って応援している。あの、みんなこのトマ司くんの理由について、知っているのですか?

「く、黒子……バニラシェイクは美味しいか?」
「え?……はぁ、まぁ、そりゃ、美味しいですけど……」
「……そ、そうか……良かった」
「……?」
「……あっ、……ぼ、俺のも飲んでみるか?」
「え? 僕ら同じ物を頼んでるんですよ……同じ味じゃないですか」
「あっ、……そ、そうだな……す、すまない」

らしくない、彼はやっぱり変としか言いようがない。絶対に絶対に赤司くんはおかしい。意味不明な言動を発し、真っ赤になって恥ずかしがったり真っ青になって落ち込んだり、代わる代わる色鮮やかな顔面。そして、カラフル達は最早我が子の成長を見守る親の如く、非常にあたたかい目をしている。その中でヒシヒシと伝わってくる妙に張り詰めた緊張感。あの、赤司くん、とりあえず、冷や汗がナイアガラの滝のようです、見事ですね。だけどもう、僕は限界です。

「……ごちそうさまでした……それでは、僕はそろそろお暇します」

不可解な空間、いつもより喉の通りが悪い状態で、バニラシェイクを頑張って飲み干した僕。サッサとこの居た堪れない場を後にしようと立ち上がると……

「ま、待ってくれ黒子っ……!!」

反射的に僕の手首をガッチリ掴んで引き留める赤司くん。ちょっと汗ばんだ、ヒンヤリ冷たい手。僕が想像するより、彼はきっととても緊張していたのでしょう。でも、それは、どうして?

「……赤司くん、僕に何か大事な用があるんですか?」
「えっ……ぁ、その……、俺は……」

モゴモゴと口ごもり、ギョロギョロ目を泳がせる、不審者同然の赤司くんは僕の知らない彼だった。温厚で冷静で凛としたいつもの彼は影を潜めている。周りを見れば、もう祈るような面持ちで心配するキセキ達。ここには僕だけ知らない、赤司くんの秘密があるのだろうか。知りたい、教えて、赤司くん。

「黒子っ!」
「は、はいっ!」
「俺は……お前と……、」
「……僕と?」
「……お、……お……、」
「……お?」
「……お近付きになりたくて……マジバへ来たんだ」
「え?……それは、どうして……」
「……ど、どうしてって……そ、れは、その……俺は、お前と初めて会った時から……ずっと、ずっとずっと……す、す、す……、」

カァ〜〜……ボボボボボ、ボンッ!!!

「わあっ! 赤司くん!! 爆発しちゃいました!!!」

いつか僕に伝えて欲しいのです、君の心に秘めている、その“す”について。

面倒だけど、気にならない訳がない。

意外に不器用な君のことが、僕は何だか放っておけないから。


「もう赤司っちたら、ホントに世話がやけるっス!」
「全くなのだよ……折角黒子と向き合う場をお膳立てしてやったのに。ロクに話も出来ずに爆発撃沈とは……」
「まぁやっとビビって頑なに拒否してきたマジバ会にも顔出せたんだし、一歩前進じゃねーか。アイツにしちゃ頑張ったろ?」
「赤ちんと黒ちん、早く結婚しないかな〜〜」
「紫原っち、それは気が超絶早過ぎるっス」




あれからというもの赤司くんは……

「……く、黒子、」
「はい? 何か用ですか赤司くん」
「うっ……! あの、その、黒子、さん……あっ、ちがっ、黒子!……今日、マジバに寄らないか? 良かったら……ふ、ふたりで……」

僕をマジバヘ誘う事が多くなった。しかも、ふたりっきりで。有難い申し出なのだけれど、ふたりきりだと余計に百面相したり支離滅裂な話をしては自分を殴ったり…挙動不審全開でとても困るのが現状だ。僕と一緒だと、なんでそんなにも赤司くんはおかしくなるのだろう。一緒にいる僕も赤っ恥に巻き込まれ事故だ。ただ、それでも、

「……いいですよ、その代わりバニラシェイクおごって下さいね……征十郎くん」
「……あぁ! 勿論だとも! ありがとう……ん、え、えええっ?! せ、せ、せーじゅーろー……えええっ?!?!」

君といるのが楽しくなってきている僕がいる。もっとお近付きになれたらいいな、そんな思いを込めて僕は、

「大丈夫ですか? ほんと、しっかりしてくださいよ……征十郎くんっ!!」

君の名前を呼んで、思い切り笑った。




一時の恥、恋のはじまり












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