*10/8【いっそ、××】サイト開設一周年記念フリー小説





   第四体育館で出会ったあの日。思い返せば、ただの一目惚れだったのだろう。

   今となっては自分自身を壊される運命的な恋。非情な現実に羽を折られた天使を見つけ、何かに導かれるようにとってしまった自分らしくない行動。俺という人間は、人助けなんてくだらない情けをかけるはずがなかったのに。

   本能で、直感で、どうしても、放っておけなかった。そんな初めての気持ちにも困惑して、もっと手を伸ばしたかった本心とは裏腹に、ただひたすら待つことに徹して拳を握る。新しい武器を手に入れたあの子がいつか、自分の前に現れる確信はあったにせよ、妙に長くてもどかしい待ち時間。ジリジリ心が擦り切れるように、人を待ち焦がれた経験も初めてで辛かった。

   待って待ってあの子がやっと俺の元にやって来た時、身体の内部で起こったおかしな現象。全身に雷が落ちてビリビリ逆立つ皮毛。不規則な雨垂れが落ちるようにドクドクドクンドッドックン音が鳴る心臓。なんだこれは、いたくてくるしい、なのにイヤじゃない。おかしい、こんなの、俺じゃない。

   自分が自分でなくなっている。ボタボタ、何かが表面に溢れてしまいそう。マズイ、このままじゃ気付かれてしまう。気付かれたら、マズイ。気付かれたらいけないモノ、それは、何?自分へ注意喚起をしながら、自分へ問いかけたこと。あの子に知られたくない、その正体を『赤司くん、』気付く前に、ずっとそばで聴きたかった声に呼びかけられて鼓膜が騒つき、冷静で温厚な赤司という人間を反射的に作る。

   体内に巻き起こった真夜中の喧騒を無視して、爽やかな朝の空気のように澄んだ声の主を見つめれば、強い意志を露わにして俺を見つめ返してくる。もう迷いはなく、いつでも飛び立てるように、白く美しい羽が背中に生えていた。あの時の弱々しく全てを諦めかけていた彼とは違う。庇護欲をそそられる硝子の脆さは、どこにもない。

   この子はきっと、本当は強い人間なんだ。俺が伸ばした手を掴んだら、後は自分の力で立ち上がれる人。弱いから俺が助けたい、強いから俺について来て欲しい。ただ、そばにいてくれたら、それでいい。これだけはその場で、自分の心が正直に認めてしまった推測。黒子テツヤは、弱くても強くても、赤司征十郎にとって大切な子になると。

   試合形式のテスト、黒子は想像以上の力を俺へ見せつけて、ますます身体はおかしくさせる。瞳孔が限界まで開いて、焼きつけようとするんだ、彼のすべてを。

   その後、一軍へ迎え入れられ、初めての試合を乗り越えて、全中の優勝も経験して。それから、あの感謝の言葉。かわいそうな天使が泣いていたから拾っただけなのに、その子がとっても可愛らしい笑顔で『ありがとうございます』なんていうもんだから俺の心臓は見事に鷲掴まれてしまったらしい。あの時の気まぐれな偶然は、神様から定められた運命だと思い始めたのは、もう少し後の話だけれど。

   人に感謝されてこんな気持ちになったことはなくて、戸惑いつつもひどく嬉しかった。生まれた、新しい感情。これからは、黒子の為にも生きてみたい。これまで、自分の為にしか生きてこなかったのに。

   不思議だな、俺がそんな人間に変わってしまうなんて。前だけを見据えて自分だけを大切にして生きてきた過去。今は後ろを振り返って自分とは正反対な子を大切にするようになってしまった。

   俺はどうしてこんなにも黒子を大切にしたいのだろう。友人になったから? 仲間になったから? 自分が見つけたから? この時は理由がよく分からず身体の変調への不安も重なってひどく悩んだ。

   妙にあの子へ反応する心臓はドキドキと勝手に理解を示して、無知な心だけ置いてけぼり。それでも、透明なあの子を見つけると心がポッカリあたたかくなって、このままずっと見つめていたくなる。その間も、心臓は俺に向かってドンドンドンドン力強くノック。はやく、自分の心を開けと、訴えかけるように。自らサインを与えられても、新しい心の芽生えにはとことん疎くて。あの子を大切にしたい理由もこの身体の変化の原因も分からず。あぁまた、心臓が苦しくて痛い。最近ずっと、心身共に不調続き。これは、もしかして、本当に病気なんじゃ、


『征十郎坊っちゃま……心配は無用ですぞ。これは……ズバリ、恋の病じゃ!!』


   目が点になって全身が金縛り。赤司家専属医師最古参の爺やへ真剣に病気の相談をすれば、返って来たのは想定外の答え。え? コイノヤマイ? 爺やは今年で米寿、さすがにボケたのか?

   頭の中は混乱しながらも、ここぞとばかりに流れ込んできたのは、これまでの黒子と一緒に過ごしてきた時間の記憶。あの日出会ってからバスケをして苦楽を共にして……特別な友人・仲間として大切にしていきたいと思っていたつもり、だった? 心は知らないふり、をしてたのだろうか? ずっと心臓は頑張って教えてくれていたのに。自分を壊されることを怖がって真実を遠ざけていたんだ。

   最初から自分にとって、特別の中の特別だったのは、赤司征十郎の人生の中で黒子テツヤただひとり。そばにいてほしい、いまだけじゃなくて、ずっとずっと。あの笑顔に包まれていたいんだ。トモダチなんて平凡な称号は要らない。俺は、


『そうか、……俺は、黒子を生涯の恋人にしたいのか……黒子、テツヤが、好きなんだ……』


あの子に片想いをしている。




   出会ってから一年経過して、変わったこと。それは、あの子に対する自覚した愛の大きさ・強さ・深さ。ひとまわり、ふたまわりも、育ち続けた恋心。

   膨らみ続けた気持ちは今にも爆発しそうで危険極まりない。ふとした瞬間に、心の底から込み上げてくる秘密の言葉。もし間違って伝えてしまったら一体どうなるのか、それを試す勇気なんて、恋を初めて知った俺にはない。正直に好きと伝えて、あの時のように『ありがとうございます』なんて受け容れられる返事が返ってくる保証もなくて。

   それに『ありがとうございます』が『ごめんなさい』の意味を成す場合も考えられる。断られて気まずくなる位なら、何もせずにこのまま友人として仲間として穏やかに過ごして、時間の流れに任せて自然とゆっくり身も心も離れていけたら……どんなにいいか。

   無理なんだ、結局。時間が解決なんて、してくれない。時間が経てば経つほど、この気持ちはもうひとまわり・もうふたまわり、もっともっとおおきくふくれてはれあがって、





「すき、だ」


破裂、赤い風船は、突如として愛を爆発。プスリと針を刺したのは、赤の想い人・黒子テツヤ。

   ほんとに、ちょっとしたこと。中庭のベンチにて、ひとり恋について思い悩む赤司の姿を気にかけた黒子が、やさしい空気になってソッと隣に座っただけ。言葉いらず、その滲み出る慈愛の心で赤司の不安定な心を包んだだけ。それだけで、もう、


「……すき、なんだ……くろこが、すきだ……」


溢れ出た気持ちは止まらない。止まらないまま、自分の口の動きに気付いて我に返って、弾かれたように駆け出した。

   恥かしい恥かしい恥かしい、俺はどうして心の準備もせずにあんなことを。向こう見ずな口を苦々しく押さえながら全力疾走。

   人に背中を向けてその場から逃げ出すなんて、まるで戦で敗走しているみたいだ。完全敗北、惚れたが負け、分かっていたさ。あの時、感謝と共に自分へ贈ってくれた、天使の微笑み。心を完全に奪われた時、既に勝敗は決まっていたんだ。勝ち負けは、この際諦めた。

   今はただ、時計の針を巻き戻したい。あと少しできっと俺は、非情な現実に打ちのめされる。見えてしまう、初めての恋で初めての失恋をする自分のかわいそうな姿が。ポッキリと折られる心、実らない恋のかなしみ。こんな思いをする位なら、黒子と出会う前まで、時間を戻して欲しい。苦しくて痛い恋なんて知らずに、自分だけを大切にして、ひとりで生きていたら、


「っ、か……あかし、くんの、バカーーーー!!! にげるなんて、ひどいです! ぼくだって、キミが、スキなのにっ!! ダイスキなのに!!!」


自分の愛をひとまわりふたまわりすっぽり包んでくれる大切な人の愛のあたたかさについて知らずひとり凍え死んでいたんだ。

   心臓へ大打撃、金縛り立ち往生、天使に追いつかれ、背中から抱き締められて、心と心が共鳴した。ドクドクドクドク、生きているね、生きていたいんだ、ふたりの心臓を重ねて、ずっとずっとそばで。一秒、一分、一時間、一日、一週間、一ヶ月、一年、一生、まわってまわって、




もっともっと
おおきい
つよい
ふかい
になあれ





   一年前のあの日、黒子テツヤと出逢い、こうして今、人を愛し愛される幸せを知った

   偶然という運命で、ふたりを繋いでくれた赤い糸

   それを結んだのは、きっと……

   ありがとう、気まぐれで絶対的な存在である貴方へ、心から感謝する




*一年間【いっそ、××】を見守ってくれた皆様へ、心より感謝を申し上げます。そして、これからも何卒よろしくお願い致します。
管理人:ニニ子










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