負けたくない、希望を掴みたい、新しい未来を歩みたい、その為に勝つんだ




赤司くんに喧嘩を売られた次の日、昼休みが始まった途端、僕は昨日の言葉通りすぐさま教室から姿を消した。出会った頃から影の薄い僕をすぐに見つけてしまう不思議な瞳を持った人。そんな彼に見つからないよう細心の注意を払い、ミスディレクションを最大限に使用しながら、慎重に慎重に学校の中を転々とする。絶対にあの人の思い通りにはなりたくない。これはバスケを諦めた僕に残っていた最後の意地だった。まるで自分が僕の人生を定めているかのような、思い上がりも甚だしい態度が気に食わない。赤司くんは僕の神様なんかじゃないんだ。人を傷つけることが大得意な、ただの最低最悪人間。誰が泣こうと絶望しようと、彼にはその悲しみを知覚する神経が無い。冷血な彼に関わり続けていたら、僕はまた大切な人をなくしてしまう。見つけられたくない、捕まりたくない、愛されたくない。自分を戒めるように頭の中で唱える呪文。これまでの苦い記憶に苛まれながら逃げ続けていた僕は、身も心もスッカリ疲弊していた。異様に長く感じた昼休みも、あと15分で終わりを迎える。仮眠をするには丁度良い残り時間。ここまで彼の気配は全く感じない。ひと気のない中庭の木陰に身を潜めていれば、大丈夫だろう。あぁそれにしてもねむい、もういやだ、つかれた、らくになろう





と、安心しかけた時、


「テツヤ、みーつけた」


ドサリ、油断大敵、背後から草むらへ押し倒されて、白い牙をむかれる

ガブッ、僕の敗北を知らしめる、首筋に赤黒く鬱血した噛み跡

激しい痛みよりも、僕を嫌悪感でいっぱいにしたのは、

そこに息づく、イヤに甘ったるい赤司征十郎の狂気





こわい、どうして、みつけたの?





どこへ完璧に消えても、どうしても完璧に見つけられてしまう恐怖。あの敗北から数日間、一度たりとも油断せず、昼休みの間あらゆる場所へ逃げ回っていた僕。どんなに疲れても神経を張り詰めて決して隙を見せずに専心した。それでも必ず、あの二色の瞳に、最後の最後で見つけられて、襲われてしまう。屈辱だ、抵抗する力すら削いで、僕の身体を自分のモノにする。噛んで噛んで、マーキング。首筋だけでは飽き足らず手首も鎖骨も太もも、どこもかしこも彼の噛み跡だらけ。それだけで済めばいいものの、精神的苦痛を与えることに抜かりはない。時折彼の唇が肌へ吸いつき、強引に咲かせてくる、赤い花。黒子テツヤは赤司征十郎の所有物だと、強姦まがいのアピールだ。彼はどこまで僕に嫌われれば、気が済むのだろう。こうなったらイレギュラーな作戦でいくしかない。先手必勝、昼休みになる前の授業中に、僕は彼の前から消えてやる。ミスディレクションを使い、人知れず学校を早退して、彼の瞳から逃れるんだ。別クラスの赤司くんもさすがに授業中は簡単に動けないだろうし、まさか僕の裏をかいた行動が筒抜けなはずはない。僕がこの瞬間に逃げる姿が見えていたら、それこそ彼は千里眼でも持った超人だろう。とにかく、消えて消えて、はやくはやく、逃げなきゃ。バクバクする心臓を抑え付けて、静かに素早く脚を動かしながら、どうにか下駄箱まで辿り着いた。やった、これで学校の門をくぐれば、僕の勝ちだ。初めての勝利が開放的な光の先にある。嬉しくて嬉しくて自然に口角を上げながら、自分の下駄箱に手を伸ばすと、


「…えっ、…靴が…僕の、靴が無い…?」


空っぽ、不測の事態に混乱していると、僕の足元に黒い影が伸びている事に気付く。このシルエットは、まさか、


「探し物はこれかい、テツヤ?」


僕のローファーを見せびらかして、騙し討ちを無邪気に愉しむ、赤司征十郎くんだ


“テツヤの逃げ道なんてないよ”


額然とする僕のしおれた瞼へやさしくキスを落とす彼は、非情な現実を教えてくれる

もうここでは逃げられない、悟った僕に白い牙のマーキングはもう必要なかった




負けて絶望、現実逃避、その繰り返しで生きていくの?











「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -