*9/16帝光中一赤黒ちゃんの日記念作品








   16番のユニフォームを着て臨んだ初めての試合、パスが上手く繋がらず皆に迷惑をかけて、一軍メンバーの地位を剥奪されかねない窮地に立たされた。怖い、怖い、僕なんかに、バスケが出来るのか?次の試合で、天国か地獄かが決まってしまう。怖い、怖い、怖い、こわい……、


「黒子君……手、震えてるね。緊張してる?」
「赤司君……はい、すごく、怖いです」
「……そう、俺も震えてるけど、怖くなんかないよ」
「え……どういうことですか?」
「俺が見つけた黒子くんがやっと光の中で影になれるチャンスなんだ……嬉しくて、楽しみで、心が震えてるよ?」
「……赤司くん」
「さあ、行こう……大丈夫、俺を信じて歩み出そう」


   スッと差し出された手が、僕の命綱に見えた。まだ死にたくない、赤司くんの手をとって繋いだ瞬間、僕の震えはどこかに消える。その代わりに、震え出したのは彼と同じ心だった。






   どうにか一命を取り留めて、帝光バスケ部の仲間として認められつつも、僕の弱さは変わらなくて、必死に藻掻いていた。


「ハァ……ハァ、ゲホゲホッ!」
「……黒子君、顔色が悪いね。今日はもう休んでいたら?」
「……いえ、まだ、いけます。ただでさえ、足でまといなのに……練習はサボりたくないんです」
「……そう、良い心掛けだね……でも自分のキャパシティを超過してまで無理をするのは馬鹿のすることだ」
「……僕は、確かに馬鹿です。でも、馬鹿にならなきゃいけない時もあります。自分がこのチームのお荷物だってことを十二分に分かっているからこそ、努力を止めちゃいけないんです……役立たずの僕は」
「……そうか、……そこまで言うなら勝手にすればいい……」
「はい……勝手にします」
「……倒れても、知らないぞ」
「……倒れません」


   どうすれば今にも倒れそうな黒子君を助けてあげられるのか。ただ声をかけて休めと指示しただけで、練習の鬼である彼が素直に従うはずもなく。黒子テツヤは努力の人。強い意志には自分の言葉が擦りもしなくて、妙に苛立った。心配しているのに、どうして解ってくれない。しまいには自分を役立たずだと卑下して。本当に役立たずのつまらない人間だったら、僕の瞳に留まるはずがない。

   黒子テツヤという人間は、俺に見つけられて興味を抱かれて特別視されているのに。他の人間が信じなくても俺は信じている。黒子テツヤが帝光バスケ部にとってかけがえのない切り札になることを。

   自信を持って欲しいのに、下手に無理をして欲しくないのに、どうしてそれを上手く伝えられないのだろう。馬鹿なんて刺々しい荒っぽい言葉よりも、もっと気の利いた優しい言葉があったはずなのに、唇は思い通りに動いてくれない。

   どうして俺はここまで思い悩んでいるのだろう。自分が見つけた原石だからだろうか。ついつい気になって放っておけなくて心配してしまう。気付けば、俺の心の大半を占める存在、黒子テツヤ。

   もどかしい気持ちを抱えながら自分も練習へ戻る。黒子君は先程よりもフラフラになりながら、ギリギリのラインで練習についていっている。あんなに弱いのに、どうしてあんなに強いのか。相反する性質を持った不思議な彼ばかり、この瞳が追ってしまう。フラフラ、フラフラ……フラ……フラ、……フ、

「……ぁ、……黒子君!!」

   バタン! 体育館に響いた、嫌な音。いつか倒れると解っていたのに、結局俺は彼を助けられなかった。ずっと様子を伺っていた為に、誰よりも早く彼のそばへ駆け寄れたけれど、黒子君の身体が床へ打ち付けられたことは俺にとって過失でしかない。反省するのは後だ。とにかく医務室へ連れて行こうと思い、自分の背中に彼を乗せようとするけれど、同じ体格だからか思うように運べない。そこへ、


「赤司、無理すんな。俺が運ぶから代われ」
「……虹村主将……でも、」
「……途中で耐えきれなくて落としたらどーすんだ。それこそ、黒子が危ねぇし……それはお前の本意じゃねーだろーが」
「……はい、すみません……黒子君をよろしくお願いします」


   正論過ぎてこれ以上食い下がれない。俺が苦戦した黒子君を軽々と背中に抱えて運ぶ姿を、ただ見送ることしか出来ないなんて、情けないにも程がある。悔しい、もっと俺の背が高かったら、もっと俺に力があったら、もっと俺に優しさがあったら、黒子君を助けられるのに。本当に役立たずなのは、俺の方だ。



   目の前が真っ暗になる瞬間、誰かに名前を呼ばれた気がした。それが誰かは何となく解るようで解らない。呼び方は耳に馴染んでいるのに、あの声色を出す彼なんて知らない。悲痛に染まった声を、彼が僕に対して投げかけるはずなんてない。シャットダウンした頭の中、それでも心の中で漂っている色は、あの色。ハッキリと認識する前に、徐々に浮上してくる意識によって有耶無耶にさせられる。パチリ……目覚めたら、目の前は真っ白な天井。


「……ぁ、れ……?」
「おっ、目覚めたか、黒子」
「……しゅ、しょう?……ぼくは、いったい……」
「練習中にブッ倒れたんだよ」
「……たおれた……」
「あのさ、努力家なのはいーけど、無理は良くねーぜ」
「はい、すみません……」
「……ま、謝るなら俺じゃなくて赤司に言えよ」
「えっ?」
「黒子のこと、俺よりも、誰よりも、心配してたのは、赤司だよ」
「…………」
「練習中もチラチラお前のこと気にしてるし、さっきもお前に休むよう忠告してたんだろ?」
「……はい」
「それに、お前は気ィ失ってて知らねーだろうけど……倒れた黒子の元へ一番に駆けつけたの赤司だぞ」
「えっ?」
「なんか泣きそうなカオしながらお前を保健室へ連れて行く為におぶろうとしたけど……お前等体格ほぼ一緒だもんな。危なっかしいから俺が代わりに運んだんだよ」
「そう、だったんですか……」
「……っと、俺はそろそろ部活に戻るわ。大人しく寝てろよ?」
「……はい、ありがとうございました」


   僕は本当の馬鹿だ。赤司君の優しさを素直に受け取るよりも、僕を見つけてくれた彼の恩義に報いたくて、有難い忠告を突っぱねた。それで結局無様に倒れてしまうから、僕は本当に役立たずのダメ人間。赤司君に合わせる顔がない。彼は僕が倒れる可能性を見越して、休むよう促してくれたのに。情けなくて落ち込んでしまうけど、不謹慎なことに、嬉しかったのです。赤司くんがいつも僕を見守って、本気で心配してくれていた事実が、とてもとても。

   僕がひとり嬉しさを噛み締めていた保健室。ガラ……、静かに開かれたドアの音が聴こえて少し驚いた。虹村主将の言い付けを守らなければ、咄嗟に寝たふりをした僕。わざわざお見舞いに来てくれるなんて、一体誰だろう。一番仲の良い青峰くんかマネージャーの桃井さんか……はたまた、あの色の。あれ、僕は誰を期待して……、


「……黒子君、」


……期待通りでどうして胸がこんなに弾んでいるのだろう。ギシッ、僕が眠るベッドのそばにあった椅子へ、腰掛けた音。至近距離に、きっと赤司君がいる。心臓がドキドキバクバク。寝たふりで彼を少し騙しているからか、いや、もっと違う理由からなのか。激しい心音を抑え込みながら、まだ眠った状態の黒子テツヤを演じていると、僕の顔へゆっくり何かが近付いて来る感覚がする。え、え?な、にが、ぼくのかおへ?? 内心混乱状態のまま、どうにか平静を保っていると、……プル、プル……頬に微かな震えが伝わった。これは、指先?赤司くんの指先が臆病に震えたまま、僕の頬へ弱々しく、触れている。わからない、君は何をそんなに怖がっているのですか?どうして、


「……黒子君、ごめんね……」


今にも消えそうな声で、僕へ謝るのだろう?繊細な硝子細工でも扱うかのよう、赤司くんの指先は僕を壊すことを恐れている。今の僕は目を瞑っていて彼の表情は見えない。それでも、頬から伝わる彼の悲しみや悔しさを感じ取れない程、僕は鈍感でもない。君は何も悪くないのに。お願いだから、自分を責めないで。君の心は君の中だけで終わらない。指先と肌が繋がり、君から流れ込んで僕へ沁み渡る心。僕も、悲しくて、悔しくて、切ないよ。嫌だ、赤司君の指先が震えたままなんて、そんなの嫌だ。あの時、僕の手の震えを止めてくれた、強い彼に戻って欲しい。


「赤司くん!!」
「!……えっ、黒子君……起きて、たの?」
「……すみません。つい寝たふりをしてしまった手前……どうしていいかわからなくて……」


   決意した時には、反射的に身体がベッドから起き上がっていた。急に覚醒して驚かせてしまったのか、赤司君は目を丸くして動揺している。あぁ最初から嘘をつかず普通に話をしていれば良かった。気まずさから一度目を伏せて、狸寝入りしていたことを謝りながら、再度赤司くんへゆっくり目を向ける。すると、片手で顔の下半分を覆っている彼の指の隙間から見えたのは、赤。僕の心の中に漂っていた、僕が期待していた、君の色だ。

   こんな真っ赤な顔の赤司君、見たことない。どうしよう、こっちまで赤くなってしまうじゃないか。心音の調律が乱れているのを感じながら、赤司君から目が離せない。赤司君は恥ずかしそうに、だけど、後ろめたそうに、口を開き出した。


「黒子君……勝手に、君へ触れて、すまない」
「え?どうして、謝るんですか?」
「気持ち悪かっただろう?男に頬を触れられるなんて……、」


   あっ、ダメだ、不安げな瞳は今にも、悲しみに溺れてしまいそう。


「嬉しかったです!」
「えっ、」
「赤司君の優しい気持ちが直に伝わってきて……赤司君にとても大事にされているって解って、僕はすごく嬉しかったんです。なのに、僕は君の気持ちをちゃんと理解しようとしないまま……早く強くなりたくて、馬鹿みたいに無理をして、結局倒れて心配をかけて……ごめんなさい、いつも僕を見守ってくれて、ありがとう……赤司君」
「……黒子、君」
「でも、僕は人間です……軽く触れた位じゃ壊れたりしません……確かに僕はみんなより体力もないですし無理をすればこんな風に倒れてしまいますし、弱い人間なのかもしれませんが……僕はこれからもっと強くなります……硝子よりは丈夫ですよ。だから……、だから、大丈夫なんです」
「……うん、」
「……触れるなら、もっと強めにお願いします」
「…………うん」


   雨雲が立ち込めていた彼の顔が晴れてゆく。やっと、いつものように柔らかに微笑んでくれた赤司君の指先は、あの時の強さを取り戻していた。頬から伝わる、彼の太陽のようなあたたかさがとても心地良くて。僕の頬に触れる赤司君の右手へ、僕の左手を重ねて優しく包めば、彼は少し戸惑いながらも嬉しそうに笑った。この手を、離したくない。僕を助けてくれた、優しく強い小さな神様。




中学一年生
僕は彼に恋をした











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