ぺたり、しゃがみ込んで、ジリジリ焼けたコンクリートへ真っ黒な影を落とす。ぽたぽた、シミを作ったのは、紛れもなく、アイスのように溶けかけた僕だった。暑い、熱い、あつい。梅雨明けを実感させたのは、天気予報ではなく憂さ晴らしのように照りつけた太陽。よりによって、こんな日に長距離走をメニューへ組み込むなんて、赤司くんは鬼畜にも程がある。30km走って、なんなんですか、それ、死にますよ。平然と恐怖のメニューを告げる彼へ、反論をしたくてもそれは叶わなかった。有無を言わせない威圧的な微笑み。閻魔大王様の極悪笑顔には誰も逆らえない。だから、死んだ目をしながらも一生懸命走った。死ぬ気で走り続けた。……そうして、ぐらり、眩暈がした、気持ち悪い、吐きそう、もうダメだ。身体の水分が蒸発している。ノドがカラカラ、砂漠化だ。もはや、ゴールを諦め、立ち止まるしか出来ない危険状態。カンカンカン、鋭い頭痛がして、身体が警鐘を鳴らす。どうしよう、目の前が霞んできた。ほんとに、ぼくは死んじゃうのか、こんな事で。ジワジワと蠢き始めた夏に殺される。ちくしょう、







「おい、黒子、死ぬな、起きろ。」


バッシャー、頭から冷水をぶっかけられて、目が覚めた。びっくりして飛び起きると、太陽を背にして腕を組む閻魔大王・赤司様がいらっしゃる。ゴールを放棄したダメ人間・黒子テツヤの舌でも抜きにやって来たのでしょうか、これ以上の暴虐は勘弁して下さい、このやろう。


「僕が死ぬと分かってて、こんなメニュー組んだくせに…赤司くんのクソ意地悪野郎」


さすがにイラァッとして、ついつい本音が漏れた口元。ヤバイ、と冷や汗をかきそうになった時、言い訳しようかと噤んだ口を開けば、そこへペットボトルの口が突っ込まれる。赤ん坊の吸啜反射のように思わず反応すると、枯れきった喉を潤すスポーツドリンクが流し込まれた。オアシスで草花が生き返るよう、虚ろだった僕の目にも力が取り戻されて行く。


「ふぅん……俺へ真っ向から悪態をつく元気があるじゃないか、黒子」


額に青筋をうっすら立てつつ、ニンマリと笑う姿にゾッと悪寒が走る身体。南国から一気に南極へ早変わり。どうしてこう極端なんだ、理不尽過ぎる。暑くても寒くても、彼を前にしたら、どこにも逃げ場なんてない。


「…ほら、さっさと立て。この俺が直々にゴールまでエスコートしてやろう」


僕を見下ろしながら、紳士的な胡散臭い笑みを浮かべて手を差し出す、赤の人。ペテン師ジェントルマンという表の顔を持つ閻魔様は、何がなんでも灼熱地獄を引きずり回したいらしい。本気で嫌だ、どうやって乗り切ろう。先程と違って諦めの悪い脳がぐるぐると無駄な思考を巡らしている。早く、早く、打開策を、


「……黒子ォ……俺がわざわざ迎えに来てやったのに、むざむざ逃げようだなんて無礼な考え…この手で断ち切ってやろうか……?」


ゾクリ、伸ばされた手が口に突っ込まれて舌を引き抜かれる映像が頭を過ぎった。そんな恐怖に負けて、藁にも縋る思いで伸ばした手は、勢いよく彼に掴まれてしまったのです。地獄へ連行されてしまう、あああああ、誰か助けて下さい、お願いします。







ジーワジーワジーワ、今年一番の暑さを記録した温度をふたりで体感しながら歩く。ガチリと捕えられた手は、あつさを顧みずに繋がれたまま。片手に青いバケツを揺らしてズンズンと進んで行く、一人だけ涼しげな背中に、「手、離して下さい、暑苦しいです」とはなんだか言えなかった。それにしても、あつい、あつい、夏なんて大嫌い。地獄巡りに無理やり付き合わせる彼、嫌いではないけれど、無慈悲で嫌になる。全然、嫌いじゃない、のに。


「閻魔さ、…ゲフン、…赤司くんは…いたいけな僕をいじめて……そんなに、楽しいですか?」


軽いジョークという嫌味を含めて質問をぶつける僕は、赤司征十郎を知る者からみれば命知らずな奴だろう。ただ、一度死にかけた僕には恐怖心というものが薄れてしまっていたのでしょうね。今なら彼を罵倒出来る気がします、多分。それに、普段ならこんな風に突っかかる事はしませんが、この辛辣な暑さと結託する赤司くんへ怒りが募ってしまったが故の反逆精神。非難の色を染み込ませた言葉に、後悔は少ししかなかった。そして、反省は一切ない。そんな僕の不満に対して、


「それは……仕方ないだろ。…そういうものだろ?」


は?それ、答えになってませんけど。彼にしては曖昧な物言いに、無言の「意味不明」を顔面筋の働きで精一杯表現する。そうすると、赤司くんは、プッと吹き出して笑った。えっ、なんなんですか、ほんと。こんな顔させたの、君のせいですよ、おいコラ。彼の一連の言動にプンスカしていると、急に引力方向が変わって足がもつれ、危うく転びそうになった。あっ、絶対馬鹿にされる。すると予測通り「反射神経が鈍いぞ、さすがに鈍臭いな」なんて鼻で笑われるもんだから、ますますプンスカ!怒りで頭から湯気が出そうです、ええ。マラソンコースから勝手に逸れていいんですか、主将だからってズルいですよ、ブーブー心の中でブーイングしてると、


「……今年も、咲いたな」


赤司くんが穏やかな声で言った。一体、何が、咲いたのか。彼の視線を辿ると、そこにあったのは、


「……ひまわり、……」


燦燦と輝く太陽の花、夏を知らせる笑顔。鮮やかな黄色は、「元気を出して、頑張って」と応援してくれているように思えた。


「………綺麗、ですね……」


その快活な美しさに心奪われて、ポッカリと開いた口からこぼれた言葉。それを拾った赤司くんは、どうしてかとても嬉しそうに笑う。あれっ、ペテン師ジェントルマンでも閻魔大王様でもない、この笑顔は。喜色を浮かべ、ほのかに紅潮した頬は、まるで、



「……どうして、僕をここに連れてきたのですか?」

「……黒子を…連れてきたかったからじゃないのか?」

「…先程から思っていましたが、今日の赤司くんの答えは答えになっていませんよ…有耶無耶な返答は感心しません」

「…それは、お前が反射神経のみならず、人の心の機微にも鈍いからじゃないか?」

「はぁ?何言って…、」

「何かと世話も焼きたくなるし、つい意地悪もしたくなるし、どさくさに紛れて手も繋ぎたくなるし、去年見つけた秘密の綺麗な花を見せて喜ばせたくもなる」

「………、それは、つまり、」

「黒子……答えは、ゴールは、もう見えているんだろう??ここまで甘やかしてゆったりエスコートしてあげたのだから、最後は自力で辿り着いたらどうだい?」

「……、………そんな、の…無理です…恥ずかし、」

「俺はもう、待ちくたびれたよ…お前が鈍感すぎるから。…これ以上ジリジリ焦らされるのはまっぴらなんだ…」



まるで、ただの少年だ

恋の喜びと焦燥を胸に秘めた、14歳の姿

確信した瞬間、握られた手の血管がグツグツと騒ぎ出す

心が沸騰しそうだ、真剣な熱い瞳を向ける君のせいで

だけど、この熱さを嫌いになんかなれない自分がいる


「……赤司くんは、僕を……、」


夏のはじまりは、仲良く手繋ぎ、ふたりでゴールテープを斬ろうか



さあ、灼熱の世界へ
駆け出そう











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