赤司くんが好き。だけど、好きなんて云わない。いつも心に浮かぶ素直な言葉はひっそり胸の奥へ隠されたまま。無表情な仮面の裏、君を好き過ぎて涙を流す僕がいることを、君は知らない、知らなくていい。知られた所で無益、何にもならない。想いを拒絶されて失恋するのも、想いを受諾されて両想いになるのも、嫌で嫌で仕方ない。僕はただ、赤司くんを愛せるだけで、幸せなのです。 それ以上、何も望まない。だから、お願い、このままずっと、好きでいさせて。僕は心の中で君に初めての恋をしている。この穏やかで苦しくて愛おしい日々が続けばいい。気付かないで、放っておいて、僕を見ないで。


“生まれた心が死なないように”


   気になって、放っておけない。ついつい瞳で追いかけて、見つめてしまう。その度に、顔を背けられ逃げられてしまうけれど、心に渦巻く疑念をそのままにしておけるような性分ではない。その対象が自分にとって特別な人間であるから殊更だ。いや、相手が彼だからこそ俺はこんなにも躍起になっているんだ。黒子テツヤは、本当の顔を隠している。確信めいた憶測、あの無愛想な表面に包まれた秘密の感情が存在するはずだと。その謎を追究する為、俺はいつもさりげなくその鉄仮面を剥がそうとする。だが、まるで彼の真実を知ること自体が無意味だと教えてくれるように、伸ばす手をことごとく躱される日々。拒絶されて踏み込めない、絶対不可侵領域。他の仲間達とは気軽に言葉を交わし、スキンシップをとっているのに、俺だけは心の中へ立ち入らせたくない、と頑なに身構える。なぁ黒子、どうしてだ?どうして俺に心を開かない?そんなに俺を嫌いなのか?俺はこんなにお前を、


“好きは与えたい、でも、欲しくはない”


   好き、だけど、普通。本心はあくまで自然な不自然で隠し通す。だけど、そんなの、彼には関係なくて。

「なぁ、黒子……俺の好きな子を、知っているかい?」
「……知らないですよ。それより、赤司くんが誰かを特別に想うこと自体に驚きです……君も人の子だったんですね」
「おや、心外だな。俺だって恋愛くらいするさ。まぁ、今回が初恋だけれどね」
「……そう、ですか。その恋、実るといいですね」
「……実るも実らないも、俺の質問に対するテツヤの返答次第なんじゃないかな?」
「……意味が、分かりません……僕は関係ないでしょう。君と想い人、ふたりの間で成り立つ話なのですから……部外者の僕は、別に、」
「……黒子、どうしたんだい?なんだか……表情がぎこちないね。何か、動揺することでもあったのか?」

   あぁ、まただ。赤司くんが、僕のウソを暴こうとする。無関心を装って、心は君でいっぱいであること、絶対に知られたくない。自分の心の中に芽吹いた双葉が彼に気付かれてしまったのだろうか。嫌だ、嫌だ、どうしよう。でも、君からあたたかな太陽の光が射している感覚がするのは、まさか。もしかしたら、このまま、花が、咲いて、


“初恋は実らない”


   幸せな未来を期待して勘違いする手前、頭を過ってくれた言葉は糠喜びした僕へ冷静さを取り戻させる。間一髪、彼の悪戯な言葉を真に受ける所だった。「そんなことありません、至って普通ですよ」一言そう返して黙りこくる。もう、これ以上、惑わさないで。ボロを出したくない。そんな僕を無言で問い詰める君の瞳。僕の心を知りたい、ジワジワ訴えかけてくる茹だった赤色。この真っ直ぐな熱さは、気のせいであって欲しい。向けられる熱情は僕の心へ一直線・急降下・身投げしてもいいなんて、思い上がりも甚だしい。いい加減にしよう。そもそも赤司くんが僕へどんな感情を抱いていたとて無関係だ。別に僕は彼の心を奪いたい訳じゃない。ただ僕は彼に心を奪われていたいだけ、それだけなのです。


“好きだから好き、それだけでいいでしょう?”


   執拗に素顔をウソで覆われて苛々する。チラチラと見え隠れする本当の黒子テツヤ。彼から感じる淡い熱は、俺の焦燥を嫌に逆撫でするからたちが悪い。元々、気長な方では無いと自覚している。そろそろ、我慢の限界であることも分かっている。もし仮に、俺が痺れを切らして黒子の仮面を無理やり剥がしてしまったとしたら。彼は、怒るのか・泣くのか、はたまた、相変わらずのっぺらぼうか。いくら推測を重ねても、答えは実行なくして得られない。ただひとつ確信しているのは、黒子テツヤが絶対に笑わないこと。大切な想い人の大切な秘密だからこそ、結局歯を食いしばって拳を握ることになるのだけれど。いつか、黒子の心の底からの笑顔が見たい。僕の手で、一番可愛い顔を見たいんだ。その為に、どうすればいいのか考えても、答えは今日も見つからず、こうしてまたひとつ行き場のない激情が募る。


“お前の心を、壊したくない、だから、教えて欲しい”


   時々、感じる。僕の仮面を無理やり剥がそうと、赤司くんの激情が爆発しそうになる瞬間を。ゾクリと悪寒が走れど、決して取り乱してはならない。相手へ迂闊にヒントを与えてしまう可能性が高い。無関心を装うことに慣れた僕は僕のままでいればいい。素知らぬ振りで盗み見ているとよく分かる、彼の苦悩。ただそれは自身の深入りが招いた、自業自得の結果。自ら作り上げた僕への問いに対して、彼は自分の正解しか望まない。間違えることを恐れ、迷宮入りの答えを求め、雁字搦めの探偵になるばかり。彼が切望するモノが僕にとっての間違いだとも知らず、彷徨う。僕は笑えなくていい、ただこのまま、君をひっそり想っていたいだけなのに。


“はつこいは、このまま、おわっていくの?”


   このまま、なんて、絶対に嫌だ。俺の人生には黒子テツヤが絶対必要なんだ。初めて瞳が合った時から、特別なものを感じていた人間。それから、黒子という登場人物が増えた日常を過ごしていくうち、いつしか彼のことばかり目で追っていた。どうして、最初は戸惑ったけれど、考えるのも惜しいくらいに、黒子に夢中になっていく。俺の瞳から入力された黒子テツヤの情報は日に日に積もっていき、心は彼でいっぱいになった。しかしある時気付いたのは、自分の前でどこか不自然な表情をする不可解さ。そして、自分に向けられる凝り固まった無関心。そんな彼の姿に深く傷付き、胸を痛める自分に驚いてしまう。痛感する、それ程までに、黒子テツヤは赤司征十郎にとって特別な存在なんだと。無関心なんて辛い、嫌われるのも悲しい、だから、俺は、動く。


「俺は黒子に好かれたいんだ。俺を好きだと言って欲しいんだ。俺が黒子を好きだから。俺の好きな子は、初恋は、黒子、黒子テツヤだよ。」


   初恋が実る可能性、1%でもあるなら、勇気の一つや二つ出してやる。初めて人へ口にした“好き”という言葉は、思いの外心臓へ負担がくるものだと知った。この告白が少しでも黒子の心へ響けばいい。成功率は五割にも満たないけれど、それでも期待してしまった。俺の心を開示する事で何かが変わるんじゃないかと。黒子の閉ざされた本心を解く鍵を手に入れようとした結果は……、


「……ぁ、……や、だ……いやだ、やめてください……きみの、……あかしくんの、こころなんて、いらない……ぼくは、このまま、で、よかったのに、……ぅ、ぁ……ばかっ、あかしくんの、ばか」


無表情のまま、震えた声で涙を流しながら怒り、拒絶する。やはり、笑わなかった、むしろ、深く傷付けてしまった。結局、自分の手で彼の心を壊しかけた。しかしながら、生身のままぶつかったおかげで、解ったことがある。亀裂が入った心から漏れ出した感情。それは、俺自身、覚えがあるもの。ただ、その目的は正反対で、心苦しい。黒子は現実味がない人間だ。それは空気に溶け込む儚さを纏っているせいだけではない。透明人間の正体を分析した結果、俺に抱いているのは特別な感情。特別過ぎて夢を見過ぎた過剰な期待。裏切られたくない現実、サめたくない夢心地。俺は黒子テツヤに片想いをされている。彼自ら望んだ、不毛な恋を。


“朽ちてしまうなら、実らないで”


   いつかは終わりが来る、抗えない自然の流れ。涙を流しながらも恋の喜びに浸れる刹那の時を延命したかった。真理を見つけ出すあの瞳に敵わないと知っていながら、僕は目を瞑り続けた。ただ、怖くて。実を結ぶ恋は朽ち果てる。種ごと殺す勇気もない。ならば、双葉のまま生きて、君に恋していたかった。好きな人に好きと告げられ、グシャリと踏み潰された僕の大切な片想い。あぁ、やはり、この世に、永遠なんて、どこにもない。


“欲しいものが、どこにもないなら、この手でつくればいい”


「黒子、永遠が欲しいか?」


   赤司くんは僕に問いかける。誰よりもリアリストな人、永遠なんて絵空事、この世にないと知っているくせに。どん底にいた僕を救ってくれた神様のような恩人。完璧を体現する彼と真逆な自分、身分不相応で恋すること自体が憚られるのに。この想いは、止められなかった。彼を想う時、僕の心は陽だまりのようにあたたかで。冷たい現実という外気温の差で結露を起こし、涙を流してしまうこともあったけれど。僕は、幸せだった。大切な想いを秘めた自分の心を守れば、一方通行の恋をしていれば、この幸福な夢が続く。そう信じて、僕は彼に見た夢を終わらせないよう、表情を偽り心を隠すことに決め、これまで必死に生きてきたのに。片想いよりも幸せな時間はないと確信して、逃げ出した現実の君が、


「大丈夫だ、怖がるな……俺の瞳にはお前との永遠が見える」


教えてくれたのは、あるはずのない永遠の想い。今、ようやく知り得る、本当の恋の喜びを。


“ほら、永遠だって、二人の中にあるでしょう”


   見えるはずのない永遠も黒子テツヤとなら見れる。それは、僕の瞳の力だけではなく、温かくて優しくて尊い力のおかげ。


「黒子……テツヤ、俺のそばにいて欲しい、ずっとずっと永遠に……お前と幸せになりたいんだ」


   愛なんて目に見えぬ不確かなものを信じたい。その想いが重なってきっと、


「……はい、幸せになりましょう、……好きです、大好きです、赤司くん」


笑顔が満ち溢れる、ふたりの永遠に繋がるんだ。























人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -