*あんけーと:ヤンデレ×主従関係赤黒ちゃん
※赤→黒の一方通行で軽微な殺人表現有りの不幸せエンド注意









   欲しいのは、そんな言葉では無い



「僕は、いつだって、テツヤの為なら、死ねる」

   それは、立場上僕が言わなければならないセリフなのに、貴方はその権利を譲らせてはくれないのですね。自分の為に犠牲にならないで欲しいと切望する貴方は僕の主人で、貴方の影・護衛・身代わりは、不本意なれど僕の役目だ。主である貴方にそう願われたら、赤司征十郎の為に命を投げ打つ事しか生きる意味が残されていない、僕の存在意義は、ガラガラなし崩しに。

   古くから名家の頂点に君臨する赤司家へ、代々仕えてきた黒子家。栄華を誇るその血族は、欲に溺れた人間から妬まれ恨まれ、命を狙われる対象でもあった。そんな赤司家の血を絶やさない為に、彼らを命懸けで守り抜く血液が引き継がれる家から、生まれてしまった僕。有能な人物を輩出してきた赤司家でも傑出した才覚を放つ征十郎様の影となったのは、15歳の頃。本当は、僕よりずっと優れた手練れの者がなる予定だったのだが、征十郎様直々に僕を指名したことで、番狂わせになってしまった。やはり、黒子家の劣等生として疎まれていた僕が、将来を多いに期待されている天才児の護衛を任せられることは以ての外で、両家とも大反対の嵐。僕自身も影として力不足な自分自身を嫌悪する程に自己認知している為、大切な赤司家の嫡男である征十郎様の元へ護衛につく気は毛頭なく。自身の能力不足、そういった理由で断ろうと思っていた矢先、事件は起こった。

   ある日行われた、両家の重鎮が集まった会合。専らの話題は、赤司家次期当主専属の影の問題について。黒子家の長である父親に無理やり連れてこられた僕を品定めするような大人達の視線が、とても不愉快で居た堪れなかった。そういえば、あの方はまだこの場にいらっしゃっていない。皆の意向に背いて役立たずな僕を指名し、混乱を招いた張本人なのだから、せめてこの悪状況をどうにか収めて欲しいものだ。あぁ、それにしても、どうして、こんな複雑な問題に、僕なんかが巻き込まれなければならないのだろう。あの方にはもう、極力近付かないよう、姿を消して息を殺して避けていたのに。まだふたりが幼い頃は、両家の主従関係の重大さをよく解っておらず、こっそりふたりで過ごしていた時間もあったけれど。もう、僕らは、いや、最初から、僕らは、何もかもが違い過ぎて、釣り合わない、そばにいるべきではない。大好きな本を読み合って小さな微笑みが溢れる、穏やかな時間。束の間のしあわせ共にした想い出は、時計の針に合わせて色褪せるだけでいい。

   征十郎様は一等輝く光
   僕は下等な暗い影

   それが、生まれに天と地の差がある、お互いの為だったのだ。

   なのに、どうして、あの方は大事な局面でおかしな我儘を言って、こんな僕を自分のそばに置こうとするのか。この世に不必要な僕になんて、目をかけず、正気に戻って欲しいのです。赤司家の大切な跡取りである征十郎様に傷ひとつ付けず、外敵から護れる程の力が、最弱な僕には備わっていないのだから。その卓越した明晰さで誉れ高い頭脳、ご自身の命を保護する為の、最善の選択をして下さい。

   そう、願っていた時、僕を蔑む視線は一瞬にして消え、大人達の双眸は突然現れた赤色へと注がれた。遅れて登場したその人物、赤司征十郎様は、いつもの征十郎様では無く。まっさらな白装束を身に纏い、その手にはギラリと鈍く光る短刀が、そして、

『皆の者、よく聞け。…僕の護衛役は……テツヤ……黒子テツヤでなければ、僕はここで自害する』

   本気の瞳だった、皆が青ざめて気圧され、頷くしか選択肢が無い程の覚悟。一点集中、僕だけを見つめ捉え離さない、烈しく猛々しく燃える瞳。

   あぁ、もう、ダメだ。細細と生き永らえる退路は、猛火に寸断されてしまった。僕には、この方へ、赤い心臓を捧げるしか、生き残る道は、無いらしい。

   しかしながら、頭はひたすら警鐘を鳴らしている。危険だ、生き延びる方が危険だ、と。その意味を、まだこの時の僕は知り得ない。知り得ていたら、良かったのに。

   この世界の神様は、僕へ全く甘くない。人生の大事な岐路で、決定的なヒントを与えてはくれないのだ。至極、残酷で無慈悲な程に。

『……テツヤ、どうして、お前はすぐに僕の手をとってくれなかったの?あの頃は、いっしょだったのに、どうして、だんだんと……僕を、ひとりに、したの……?お前がそばにいてくれないのならば、僕は……生きる、意味なんて、』

   無い、
   赤い唇がそう動いた時、短刀の切っ先が腹部に向けられた。ダメだ、ダメだ、行くな、囚われるぞ。微かに聴こえた激しい声は、空っぽの脳にだけ響いて。脊髄反射のように、呪われた身体は動いてしまった。瞬時に僕は征十郎様の元へ駆け寄り、刃を持つ手を両手で包んで、グッと動作をくい止める。すると、征十郎様はとても満足気に泣きながら微笑んで、手にしていた凶器を離し、その手で僕の手を強く強く握り返す。その瞬間、捕まってしまった、と、失礼ながらも、即座に後悔してしまった。もしかしたら、いや、もしかしなくても、この選択が誤っているのではないかと、直感的に悟ることになるとは。おびただしく冷や汗をかき、みるみる体温を失っていく僕とは裏腹、目の前の主は久しぶりに血が通ったかのように、激しく熱を帯びてゆく。その温かさが、妙に怖かった。

   どくっ、どっ、どっどっ、どっど、どく、ん

   不可解な恐怖によって、調律が狂い出した心臓。
   だが本当に狂い出したのは、僕の人生の調律だと、今は知り過ぎている。

   そうして、硬直した僕の胸へゆったりと手を当てながら、僕の耳元へ唇を近づけた主は、艶かしい声でこう告げた。

『良かった……僕の傍らにいるのは、テツヤでなければ、テツヤと共に生きられなければ……僕は死んだも同然だから。ふふっ、これから、僕が命尽きるまで一緒だね……テツヤは、テツヤの心臓は……この僕が、この心臓をかけて護り抜くよ……』

   あれっ? 僕の心臓は、貴方に捧げたはずですが、貴方の心臓を貰う権利は、僕なんかに有りやしないのですが、どうして、僕の手に貴方の心臓が握らされているのでしょうか???

『……僕の命なんて、どうだっていい……テツヤの為に散る命ならば価値が生まれる……絶対にテツヤを護ってあげるから……、僕が死ぬまで、ずっと、そばにいてね……僕の、僕だけの、愛しいテツヤ』

   あぁ、どうして、どうしてですか、征十郎様、貴方は、どうして、そこまで、僕に、固執するのですか?? たかが、黒子テツヤ如きに、命を捧げるなんて、本当に、どうかしている。その理由が解らない、解りたくもない、



   “テツヤ、××しているよ”



   今でも、それが、解らなかった。

「テツヤ、一時でも、僕のそばから、離れないで、一瞬でも、僕以外、その瞳に映さないで……」

   それにしても、貴方の二色の監視下で生きる苦しさは、まるで、血みどろの海で溺れているかのようですね。僕を溺死させようとする赤い血が、誰のものか、僕は知っています。征十郎様の僕に対するイカれた執着心の為に、犠牲になった罪の無い人間の血液だ。僕とふたりで生きる為なら、人を殺す事なんて呼吸と、いっしょ。そう、息を吸って、息を吐いて、簡単に、

「テツヤ……僕だけを、心に住まわせて、僕だけを想って、生きてよ……ねぇ、お願い」

   こんな僕を生んでくれた母親だって、
   こんな僕を支えてくれた友人だって、
   こんな僕を愛してくれた許嫁だって、
   無心で殺せちゃうんだ、僕の主人は。

   謝罪の言葉は出ず、罪の意識すら、皆無。

   殺してしまいたい、怒りと悲しみと悔しさに身を任せて、このお方を亡き者にしたい。

   この世で一番、貴方へ殺意を抱いているのは、きっと、貴方を生かすべき僕に違いないのだ。

   だけど、殺せない、良くて、相討ちだ。それこそ、

「……欲を云えば、生きる時も死ぬ時も、いっしょだったら……此れ程、幸せなことは無いね……テツヤ」

この赤い悪魔の、本望だ。

   殺すのも死ぬのも、一瞬、刹那、あっけない。それでは、僕のせいで死んだ人々の心が浮かばれない。僕を貴方と二人ぼっちにした罪を償ってくれるまで、死にたくても死ねなかったのだけれど。

   どうしたら、この人を、めちゃくちゃに壊せるか。あふれんばかりに憎悪が煮詰まった頭で四六時中考えていたおかげで、答えは既に見つけてしまいました。

   復讐の手立てはただ一つ、貴方の大切な僕が自害してしまおう。ねぇ、征十郎様??

「ねぇ……テツヤ、ひとつだけ、約束してくれないか?……勝手に死のうとしないでくれ……もし、万が一、テツヤに死なれたら、……僕は……生きる意味が……、」

   無い、そうですよね?あの時のように動いた弱弱しい唇。

   あぁ、それこそ、僕の本望ですよ、世界一憎たらしい殺人鬼の征十郎様。

   もう、覚悟は決まっている。来るべき時が来たら、迷わず心を捨てると。貴方との優しい想い出は、既に大量の返り血で、ぐっちゃぐちゃだから。情など、さらさら、微塵にも、ありやしない。

   さて、どんな風に、僕はこの心臓を、


「征十郎様の生きる意味は、僕の心を殺し続ける事なのですか?」


   派手に散らして、恨み辛みをぶちまけようか。

   心無い貴方が心亡くす程の、黒子テツヤの死に様を、ご覧あれ。


「あなたなんて、ひとりで生きて、狂ってしまえ、下衆野郎」


   ぐしゃ!! ぶしゅうっ、びちゃ、だくだくだく、どろどろどろ、ぽた、ぽたぽた……、


「え、テツヤ、なにを、して、……え?」


   天上人の貴方は、死にたくても死ねない。

   黒子家が誇る無数の影が、赤司家の大切な大切な命を護る使命を全うするのだから。

   ちっぽけな僕ひとり、死んだって、もう誰も哀しみやしない。


「……テ、ツ、ヤ?テツヤテツヤテツヤテツヤテツヤ?????……、……ぇ、ぁ……ぁあ、……う、ぁああああああっ……!?!?!! いやだいやだいやだ、僕も死ぬぅ……!!……っ、お前ら邪魔するなっ!! くそっ、……どうして?!テツヤが死ん、……うわああああっ!!!! 生きたく無い!!死にたい!!僕を殺してっテツヤぁああああああ……!!!!!」


   此処にいる、オマエ以外は、な。

   せいぜい死んだ心で生き永らえろ。

   僕の大嫌いな、赤司征十郎。



生きる意味を亡くした

無心臓の死神よ

地獄の底で咽び泣け




   空の果てまで聴こえる、悲壮な叫び

   ざまあみろ、と、嗤う僕は死人の影

   冥途の土産は、赤黒い狂った心臓だ










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