*【キスは口ほどにものをいう】のつづきのおはなし
   眠り姫も白雪姫も王子様のキスで目覚めて幸せになったのに
「テツヤ、ひるねの時間だぞ」
   マットの上に敷かれたお布団をポンポンと叩いてそちらへ呼び寄せるのは、幼なじみのせーくん。
   僕たちが通うキセキ幼稚園では、お昼ごはんを食べて少し休憩した後に、1時間ほど眠る時間があります。さっきまで紫原くんとゴロゴロまったりしてうつらうつら眠くなっていたのに、せーくんに呼びかけられた途端、僕はドキリと心臓が鳴りパッチリと目が覚めてしまいました。
   せーくんはとってもワガママな王様です。みんな一人一人ひとつのお布団で眠るのに、せーくんと僕だけは二人でひとつのお布団。せーくん曰く『ドレイはいつでも王のカタワラにいるべきなんだ』というよくわからない理由。ハサミを片手に相田園長先生と火神先生を脅して困らせ、仕方なく許可されたのですが、僕は正直、とっても辛いです。だって、
「おい……さっさとこないと、おまえのおきにいりのウサちゃんマクラをハサミでズタズタにきりさいてやるぞ……それと、敦はテツヤをはなせ、ソウキュウに」
せーくんは、いつでも、イジワルだから。
   あぁもう、またせーくんの“オーボー”が炸裂しています。僕がせーくんとのお昼寝を渋って、とっても大きい紫原くんの腕の中に収まっていると、せーくんはイライラしながら“絶対王政”を発令。僕の大切なウサちゃんマクラを人質にするなんて、赤い王様は血も涙もありません。
「やめてください……いま、いきます」
「え〜、黒ちんいっちゃうのぉ〜? やだやだ、おれといっしょにねようよ〜!」
「……むらさきばらくん、」
「……敦、ダダをこねるな。いくらオマエでも、テツヤをうばえばハサミの刑だ。テツヤは僕のドレイなんだから」
「…………」
   やっぱり、僕は、“奴隷”なんですね。分かっているのに、せーくんがその言葉を口にする度、僕のココロはツキンと痛む。それが、どうしてかは、よくわからないけれど。
   あの“キス”から、僕は時々せーくんが“王子様”に見えてしまうことがあります。基本的にせーくんは僕にイジワルばかりでやさしくない、ヒドイ王様なはずなのに。時々ではありますが、バニラシェイクのように甘くてとろけてしまいそうなせーくんが現れてしまいます。
   初めてちゅーをされた後、ふんわりと綿菓子のように甘く甘くほほ笑んだせーくんが、なんだか瞳にチラついて僕の心臓をドキドキさせているのです。どうしてこんなに、僕はせーくんに心を支配されなきゃならないのでしょう。
「……ほら、さっさとフトンに入れ。寝るぞ」
「……はい、おやすみなさい……せーくん」
「……あぁ、おやすみ、……テツヤ」
   複雑な想いを抱えながらも、僕はせーくんとひとつのお布団に寝転がり、ゆっくりと目をつぶりました。はやく、この安心出来ない苦しい時間が過ぎればいいと願いながら。
   僕がウトウト眠りにつく直前、一瞬瞳に映る瞼を閉じたせーくんは、王子様のように綺麗だった。
   それでも、彼は、王様
   王様は、いつでも、いじわる
   あたたかい、ここちよい。すやすや、やすらかな、眠りの世界で、突然。
   ふにっ、くちびるに、そんな感覚と。
   ん、あれっ、息が、出来な、い、苦し、い。
   びっくりして、目が覚めた、ら
   せーくんが、僕の息を止めていた。
   くちびるを、くちびるで、ふさいでいた。
「!!……っ〜〜!!!」
   声にならない声
   呼吸もままならない
   涙だけが出てくる
   そんな瞳でせーくんに「やめてください」と懇願すれば、「やめるわけないだろ」と、いたずらっぽい瞳で僕をみつめて笑っているのです。
   あぁ、これは、僕に対する嫌がらせだ。ひどい、いやだ、みんなが眠っている中で、こんな、こと。はずかしい、はずかしい、せーくんのばか。
   じたばた、すら出来ないほど、何時の間にか僕をキツく抱き締めて拘束している王様。くるしい、いたい、ながい、ながいよ、ちゅーが、あっ、ちょっと、スキマが空いた、酸素が、ちょっと、入っ……えっ、あっ、ヌルって、何かが、僕の口の中、あ、やだ、ふかい、ふかい、よ。
   この“キス”は、ふかい、ヌルヌルする。やだ、やだ、このままじゃ、しんじゃう。
   ガリッ、歯を立てたのは、生き延びる為、決して反抗したわけじゃない。
「っ、た、……テツヤ、なに、するんだい……この僕に、逆らうの?」
「ハァ……ハァ……、」
「王様の舌をかむなんて、イノチシラズなドレイだな……」
「……ぅ、あっ……せーくん、…ごめんなさい……」
「このバツはしっかりと、うけてもらうぞ……テツヤ」
「えっ? あ、そんな……ゆるしてください……せーく、」
「オマエの嫌いな、死にそうなキスをしてやる、シッシンするまでずっとずっと」
   生命維持の為の危険回避行動が、僕の死亡を確実なものにしました。
   ちゅ、ちゅ、ちゅぅーー……、
   助けて、本当の王子様。
   僕はイジワルなせーくんのキスで、深い深い眠りにしかつけない。
   真っ白の世界で、赤い王様に殺される、不幸せな奴隷だ。
刑罰:王様のキスで、窒息死
「……おやすみ、テツヤ……××してるよ……」
   消灯された意識の遠く彼方に、赤い王子様の、甘い囁きが、聴こえる。