*【あわよくば、口奪・心落】のつづきのおはなし




   僕の好きな子は、最近僕をことごとく避けている


   ある意味、それは予想通りな反応だった。テツヤが僕から逃げてしまうこと。心安らぐ“友達”だと、気を許していた人間に、突然唇を塞がれたら、誰だって驚くだろう。それが自分と同じ性別の人間からなのだから、怖がる程驚くのも仕方がない。ましてや、そんな僕を気持ち悪いとさえ、感じたかもしれない。せっかく築いた貴重な友好関係など、物の見事に帳消しだ。

   これまでのように、ふたりっきりでゆったりとしたあたたかい時間を過ごすことは、もう出来ないだろうな。正直、とても淋しい、とても口惜しい。だけれど僕は、こんな捨て身の戦法をとってでも、テツヤと“友愛”を育む“赤司征十郎”の虚像を壊し、新しい道を切り拓かなければならなかった。

   ずっとずっと、ただの“友達”のままでは、僕の想いも感情も欲望も全て、生殺しにされるだけ。燃えたぎる“恋心”が無駄死にするばかりの日常は、もう沢山だ。生温い苦痛な末路をむざむざ辿る、臆病な馬鹿者にだけはなりたくない。

   何かを得る為には、何かを捨てなければならない現実。取捨選択の代償、それが世の常だ。どんな態度をとられても、今は動揺せずに我慢するしかない。たとえ、

「テツヤ、ちょっといいか」

びくッ!と全身の毛を逆立て

「あ、かしくん……すみま、せん。ぼく、ちょっと用事が……失礼します!」

ぴゅん!と一目散に逃げられて

……こう、あからさまに、食欲旺盛な凶暴狼に狙われた、か弱い仔兎の如き態度をとられたとしても、だ。

   覚悟はしていたが、こんなに怯えられるとは、ガックリと肩が落ちる。あの“キス”ひとつで、テツヤの心がこれ程までに反転してしまった現状。良くも無いが決して悪くも無い。僕に対する意識が変わった事は、僕の大事な一手が功を奏したと言っても良い……と、言いたい所だが、

「……好きになるのも嫌いになるのも、紙一重、かな……」

   これから、僕の“初恋”がどう流転するかは、テツヤ次第だ。その本人は、今はただ僕を恐れているだけなのだが……、

「あまりにも警戒し過ぎだよ、テツヤ……」

   そんなに僕が、本能任せの肉食獣に見えるのかい?

   ずっと、お前との距離を図りかねて、“友愛”と“真愛”の間で揺れ動き、心臓が痛くなる程、苦悩してきたんだよ?

   あの“キス”ひとつだけで、“赤司征十郎”という人間を決めつけないで欲しい。

   僕はね、誰よりも何よりも大切なお前を、欲望のまま獲って食いやしないよ?

「……今は、まだ、ね……」

   ジッと今は耐えて、
   ジリジリと時期を見計らって、
   ガブリと一気に仕留めて、
   ジックリと味わって食べるよ
   僕の大好きな“黒子テツヤ”を。

   そう、今は逃げられるだけ、逃げればいい。

   僕の不変の“真愛”から、逃げ惑えばいいさ。

   頬に赤色を滲ませた、“恐怖”の真意に気付くまで、逃げて逃げて、崖っぷちになれ。








   “安穏”から“恐怖”へ反転した、僕の心


「ハァ……ハァ……、どうしましょう……、ぼくは、どうして、」

   赤司くんに対して、こんなに、ドキドキ、するのか? 怖いから? ただそれだけで? それとも? まさか? え、本当に?

「……ちがう、そんなはずは、ない」

   あの“キス”に、ひどく動揺してるだけ、ただそれだけ、だ。心安らぐ“友達”からの、“友達”では無い“キス”に、平穏な“友愛”を崩されて、驚いて恐れただけ。

   僕は同性の友人である赤司くんを“恋愛”対象として、見たことなんて無い。ただの、一度も。これからだって、そんな風には、見たくな……、

「……あ、れ……?」

   見れない、は、自然な心
   見たくない、は、不自然な心

「……ちがう、ちがう、見れない、……見れないんです……」

   そう、思えば思う程、頭の中にチラつく、あの時の赤司くんのカオ。滲むのは、甘く切なく狂おしく、ギリギリまで募らせた精一杯の恋情。それを赤い唇にのせて、伝達した君の表情が、何度も何度も、脳内のスクリーンに上映される。まるで、“恋心”に無知な僕を、洗脳するかのように。

   僕の体の中枢である脳を支配されたら、僕の大事な心だって思いのままだ。このままでは、あの赤い少年の思惑のままに、僕という人間が、壊されてしまうのか……

「いや、いやだ、……そんなの、……僕が、僕じゃなくなるなんて、」

   ゾクゾクゾクゾクゾク……!!!
   こわい、こわい、こわい

   あぁ、もうこれで、安らぎという幻は、激しい欲望を秘めた赤色に、飲み込まれてしまった。

   この瞳にあの人を映したら、広がる感情なんて、ただひとつ。

「……僕を、…“スキ”という、赤司くんが、……“こわい”」

   未知の“恐怖”だけ、ただそれだけだ。

   僕を“スキ”という君に、捕まりたくない、絶対に。

   僕に“キス”をする君から、どこまでも逃げ果てたい、何がなんでも。

   不可思議な“真愛”を語る君の瞳が、ただの“友愛”に戻るまで、僕は君のそばにいられません。

   さよなら、するしかないのです。

「……こわいあかしくんなんて、あかしくんじゃない」

   知らないモノを知る“恐怖”の先を知らない、

   頬に集まった赤い熱が消えない理由を解き明かそうとしない、

   全てを投げ捨てて僕に向かって来る“赤司征十郎”と向き合おうとしない、


   臆病な馬鹿者の、“黒子テツヤ”がそこにいた。









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