赤司くんには、好きな人がいるらしい。とっても、大好きな人が、心の中に、いるらしい。僕は偶然、知ってしまったのです。赤司くんとキセキのみんなの内緒話を。部活終了後、僕は今一番注目している作家さんの新刊を手に入れる為に、「それでは、みなさん、僕はお先に失礼しますね。お疲れ様でした。」一人足早に体育館を後にしました。「バイバイ!黒子っち!」「じゃあな、テツ」「また明日なのだよ、黒子」「黒ち〜ん、ばいば〜い」「またね!テツくんっ!お疲れ様!」と、みんなが挨拶をしてくれる中、ひとりだけは、違う。そう、その人物こそ我らが帝光中バスケ部キャプテン・赤司征十郎くんだ。僕は最近感じるのです、僕と彼との距離がグッと…「赤司くん、さようなら」「…、………」…広がった気がするのは何故でしょうね。名指しで挨拶をしたのにも関わらず無言に徹し厳しい表情で僕を睨んでくる彼は、きっと僕の事を嫌いになったのかもしれません。何にも無い僕からパスの才能を生み出してくれた現世の神様のような尊い存在の赤司くん。出会った当初、バスケが下手くそ過ぎて最早素人同然な僕を、全てが不自由なヒナを育てるかのように、優しく根気強く健気に支えてくれたオヤドリのような恩人。なのに“シックスマン”と周囲からそれとなく一目置かれるようになればなる程、赤司くんは僕に冷たくなってしまった。『テツヤ、よくやったね』と、初めての試合で僕の頭をやんわりと撫でてくれた優しい手は何処へ消えてしまったのでしょう。普段はみんなに対して高圧的で悪どい恐怖の魔王の笑みをたずさえているのに、その時の彼の笑みはまるで菩薩のように穏やかで

あぁ、赤司くんは、


『…綺麗ですね…、』

『…綺麗?…何がだい?』

『……赤司くん、ですよ』

『僕が?……、……それは、ちがう…綺麗なのは、テ、…ぁ、いや、なんでもない…』

『……(赤司くん、頬が…あか、い?)』

『…とにかく、この調子でまた頑張っていこう、…テツヤ』

『…はい、…頑張ります……僕に力を授けてくれた赤司くんの為にも』

『…、……あぁ』


綺麗で強くて賢くて優しくて、手の届かない憧れの人

それが、僕にとっての、赤司くんだ

きっと、完璧主義者な彼は、僕という欠陥だらけの人間を知っていく内に、嫌気が刺してしまったんですね。体育館のドアを閉めて深い溜め息。万人に好かれたいなんて、思った事はありませんが、なんとなく赤司くんには、嫌われたくなかった。母親に愛されない子供の気持ちに類似した悲しみ。本屋さんへ急ごうと思っていたのに、心に穴ポッカリ状態の僕は、足に力が上手く入らず、さみしげな帰り道をトボトボ歩っていた。そんな時、「(…そういえば、今日の所持金はいくらでしたっけ……、……あれっ…おかしいな……財布が……あっ!そうでした、ロッカーの中に…、戻り、ますか…」大事な忘れ物に気付き、気まずさを抱えながら踵を返したのです。そうして、戻ってきた体育館。もう、人気が無かったように思えましたが、部室に何となく誰かが残っているような気がして。だけれど、どこか、この静寂感を安易に破ってはいけないような空気を感じ取り、いつもよりも、気配を消して部室のドアに近付く。そうすれば、何かを口論しているキセキのみんなの声が聴こえた。何の話をしているのだろう、疑問に思いながら聞き耳を立てた時、


「…アイツがいけないんだ……僕をおかしくする程…僕を好きにさせるアイツの可愛さが………憎たらしいんだっ!!」


怒り狂う赤司くんの声が、鼓膜に突き刺さる

驚いた、こんな彼を知ったのは、初めてだった

思い通りにならず苛立ちを露わにする、心の均衡が崩れた姿

色々な小説を読んでいく内に、愛と憎しみは紙一重だなぁ、なんて他人事のように感じていたけれど

まさかこんな形で、思い知る事になるとは思ってもみませんでした

あの何事にも動じない赤司くんを、こんなにも取り乱させる、“すきなひと”

有り余る“好き”が災いし、自分をおかしくさせて、自分を腹立たせて、“憎しみ”に転じてしまう“片想い”

僕を嫌いな赤司くんは、僕ではない誰かをとてもとても“好き”なんだ

ポッカリ空いていた心へ流し込まれた、彼の激しく熱い想い

その温度に反比例して、冷えていった、僕の心

温度差で、結露が生じるように、瞳へ滲み出すモノを感じていく

どうしてでしょう、ぼく、なんだか、とても、かなしいのです

赤司くんに特別な“すきなひと”がいる事実が、こんなにも、かなしくてかなしくて、涙が、


ポロリ、


出ちゃう程、僕は赤司くんを“好き”なんだ

初めて恋を知って、初めて恋を失った、二つの味がする一雫



はじめまして、さようなら、ぼくの“すきなひと”



音もなく駆け出した僕を慰めてくれたのは、何時の間にか降り出していた雨だった

やさしくしなやかに、僕のかなしみをさらさら流してくれる水の糸たち

ありがとう、空に向かって呟きながら、朧げな意識を頼りに帰路を辿り、家の玄関へ着く

ホッとした僕は、そのままブラックアウト

次に目覚めたときには、灰色の空ではなく、自分の部屋の真っ白い天井

そうして、押し寄せるのは、あつい・いたい・くるしい

風邪の辛さは、報われない恋の辛さに類似しているようだ

こんなこと、知りたくなかったのに

欲しかった小説を手に出来なかったこの日

僕は、知りたくないことばかり、知ってしまった



赤司くんには、好きな人がいるらしい

とっても、大好きな人が、心の中に、いるらしい

その“すきなひと”の正体を、僕は知らない

知っているのは、


「…それは……ぼく、じゃない…」


赤司征十郎にとって、黒子テツヤは、正反対の“きらいなひと”であること

ただそれだけの、かなしい現実

何度涙を流したって、意味は無い

彼はきっと、僕では無い“すきなひと”を想って今日も生きているのでしょう










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