*あんけーと:ヤンデレ赤黒ちゃん(年下赤×年上黒、可愛いかはわからない)
「テツヤさん、僕にキスされたら、どうしますか?」
   あれっ、キミは小学六年生ですよね? おかしいな、僕より五つも年下なのに。その表情は、一体どこから生まれたのだろう。意志の強いキレイな二色の瞳をやわらかく細めた、いやに柔らかくて怪しい艶のある笑み。
   初めて出会った時、彼は小学年一年生、僕は小学六年生。そう、今のキミと同じ歳の頃の僕はキミと出会ったんだ。僕の隣の家に引っ越し、お母さんと一緒に挨拶に来た今よりずっと幼く可愛らしいキミは、もうその面影すら無い。あれから五年の月日が流れ、こんなにも大きな変化が訪れるなんて、はじめは考えてもみなかった。いつも礼儀正しく穏やかに、だけれどちょっぴり淋しがり屋の甘えん坊なキミは僕へ近寄ってきて『テツヤくん、ぎゅっとしていい……?』と弱った子ネコの如く放ってはおけない存在で。天才児と褒め称えられ、周囲の大人たちから大きな期待を背負わされたキミは、正反対過ぎる僕を、唯一心の拠り所にしてくれていた。僕をギュウッと強く強く抱き締める、可愛らしくも脆い姿に胸を痛めた僕。自分がさながらヌイグルミのような身になっていても、ガチリと閉ざした弱い心を僕だけに開いてくれていたことが嬉しくて、ずっとこの子を守ってあげたいとさえ思っていたのに。
   悲しいことに、成長していくにつれて、僕とキミの間には、不透明な壁が生まれてしまう。他人行儀な敬語と敬称、初めて聴いた時、なんだかとても切なかった。そうして、キミは僕に対しぎこちない笑みを見せ、いつしか人形のような作為的に整えられた笑顔に変わってしまったんだ。僕を一心に慕ってくれていた彼は、微塵にも見受けられない。今、目の前にいるのは、ひどく動揺する僕を試すような一癖も二癖もある猫。
「まぁ……状況を理解し切れていない貴方に今すぐ答えを求めても意味は無いですよね。……でも、僕は、テツヤさんに、拒否されても、嫌がられても、絶対に、キスしちゃいますからね」
   ニコッと笑ったはずなのに、ニヤリ、とした笑みに見えるのは、僕の勘違いなのでしょうか?久しぶりに間近で見た、彼の笑顔。近年の僕に対する彼の態度はどこか素っ気なくよそよそしいものだった。多感な年頃になったから仕方ないのかな、とも思っていたけれど。今、目にする彼の笑顔には、澱んだ黒色が滲んでいる。昔のキミには、あんなにも清廉な白色が溢れていたはずなのに。ギリリリ……決して逃れられない程強く、僕の両肩を掴み、僕一人だけに狙いを定めるキミを、僕は、知らない、知りたくも無かった。
「……泣いても、無駄ですよ。……テツヤさん」
   分かっています。でも勝手に流れ出てしまう。いくつかの感情が引き金になった、生理的な涙。それを恥ずかしげもなくポロポロ落としていると、彼は少年から成長していく過程で身に付けた低い音であることを呟く。
「……テツヤさんは、そんなに、青峰さんが好きなんですか……?」
   僕が知らない、知らない僕の好きな人について。
   予期しない問いかけを投げかけられた僕は、ひどく混乱してしまう。しかも、何かズレが生じている気がしてならない。好き?大くんのことは、好き、だけど、
「……否定しないんですか? すごく、腹立たしいですよ……腑が煮えくりかえる程に、ね」
好きの種類が違う。そう伝えたかったのにも関わらず、僕の発語機能はフリーズしていた。氷のように冷たい瞳を向ける彼への恐怖によって。腹立たしい、と、口から感情を露わにする彼は、表情にも紛れもない怒りが表されている。
   何故、そんな感情を抱いているのか僕には分からない。それでも、僕の肩に食い込んでくる指の深さはどんどん増すばかり。それは彼の中に増幅している、ある憎しみに比例しているかもしれない、としか、分からなかった。そして、はっきりと分かるのは、確実に近付く、
「……どうせ、テツヤさんは、青峰さんが初恋なんですよね。2人は幼なじみで昔からずっと一緒で相思相愛で、」
キミと僕の、唇の距離だけ。
「気に食わない」
   どうして、どうしてですか?
   キミが、そんなにも、僕と大くんの関係に執着するのは、どうして、どうして?
   キミが、そんなにも、憎々しい表情で刺々しい言葉をぶつけるのですか?
「……もう、限界なんだ……そんなの……そんなあなたなんて、……壊す……壊してやる」
   ねぇ、
「……どうして、」
彼の大きくなった手が僕の頬に近付き、指先が触れた瞬間、問いかけた。
「……テツヤ、さん?」
   やっと発した僕の言葉で、あと4センチと迫った彼の動きが、止まる。
「……どうして、征くんは、僕にキスをするのですか?」
   キミに問う、キミが僕にキスをする意味について。
   僕は小さな頃、大くんの頬にキスをしていたことはあるけれど、あれは“友愛”の意味を込めていたはずだ。仮に、僕の初恋が大くんだったとしても、あの時は恋も愛もはっきり分別がつかない“こども”で。“家族”ともいえる幼なじみの大くんとは一度も、“恋愛”の意味を成すキスはしていない。大くんが僕の幼いキスを笑って受けたのも、僕と同じ気持ちだったからだと思う。だけど、
「……無意味なキス、なら……やめて、ください」
征くんが、僕に、キスをする意味を、
「そう……じゃあ、はっきりした意味が生まれるまで、 確かめるね……」
僕は、知らない、知る由も無い。
「キス、で」
   触れた唇から伝わったのは、未だ幼稚な感情。
   おまえのもの? いやだ、ちがう、ちがう、ぼくのモノだ。おまえのモノでも、ぼくがほしければ、ぼくのモノになる。もう、がまんなんて、こうかいなんて、したくない。かえせ、かえせ、かえしてくれ。かえさないのならば、このてで、こわしてやる、ずたずたに。そして、ざんがいは、すべて、ぼくが、もらうんだ。もう、ぜったいに、てばなしはしない。ぼくの、だいじな、やさしいテディベア。