*帝光赤黒ちゃんの日記念フリー作品
※帝光時代の本誌ネタを参考にして書いた為、未読の方は注意(ただし、立ち読みで曖昧な記憶の為、本誌の内容と違う箇所有り)






   幸せに満ち溢れた天国は、何処にあるの?



「黒子君、」

   仕方ないこと、と割り切れない程、切なかった。まだ一線を引かれているというのは、まだ僕らの付き合いが青峰くん達に比べて浅いからか、それともこれ以上親しくする気はないとのお達しなのか。
   こうして一軍のメンバーに合流する前から、自分だけは彼をよく知っていた。帝光バスケ部で初めてのテスト。予想以上の参加人数と張り詰めた空気に、場違いという単語が頭を過ぎり、嫌な汗が背中を伝っていた時。一目で、僕の心を奪う、鮮やかな赤色。とてつもない緊張のせいで真っ白になっていた思考回路を一瞬で塗りかえる。綺麗だな、それに、試練へ立ち向かう勇気が湧いてきた。血潮を連想させる色に触発され、失いかけていた闘争心が蘇る。怖い、怖いけど、この場から逃げてはいけない。バスケが好きなんだ。僕なりに、精一杯頑張ればいい。奮い立つ心を感じながら、僕はスウッと深く息を吸い込んで、お腹に力を溜める。弱気になるな、しっかり立て。自分に言い聞かせて、やっと身体の震えが止まった。落ち着きを取り戻した僕は、あの赤色の彼を見つめながら自分の出番を待つ。なんとなく背格好が似ていると、親近感をおぼえたのも束の間、見せつけられた圧倒的な力。天と地の差、僕なんかと似ても似つかない才能の結晶。ただのテストで、死にかけていく僕はもう、視界が真っ白、赤色は遠い彼方。結果は、現実通り、奇跡なんて簡単に起こらない。
   彼は一軍・僕は三軍。かけ離れた世界の隔たりにある二軍ですら、僕には手が届かない。どんなに練習しても、必死に努力を続けても、自分の力ではどうにもならない。底なし沼へ沈まぬよう、足掻いて足掻いて。いつか、彼の元へ。ひとつの大切な目標を胸に、生き地獄を乗り切る毎日。息を吸うのも辛かった。けれど、彼の凛とした背中を見かける度、折れそうな心が支えられていたんだ。
   それでも、神様は僕をドン底へ突き落とすのが趣味らしい。青峰くんという友人を得て、更にバスケへのめり込んでいた時、コーチから突然のリストラ勧告。目の前が真っ暗、深夜2時、思い悩み眠れぬ夜のように。このまま闇夜に溶けて消えてしまいそうだ、何度自分を嘲った事か。今はもう、わらえない。断崖絶壁、死ぬしかないのか。僕の挑戦は、もうこれで、終わりなのですか???

   タラリ、生き地獄に、赤い蜘蛛の糸。

「彼に興味がある」

   心臓が、飛び跳ねる。バスケの世界で生きることを諦め、青色の友人へ別れを告げ、飛び降りる為に片脚を投げ出していた僕。引き留めたのは、やはりあの時と一緒、鮮やかな赤色。やっと、自分に向けられた瞳。
   僕はずっと君に興味があった。一方的に見つめるだけで、話しかける勇気なんて持ち合わせていなかったけれど。どうしても君に、赤司くんの瞳に映りたかったんだ。
   鬱血していた心と体へ、一気に充満していくあたたかい血液。初めて日の光を浴びたような喜びの感覚。羨望の眼差しの先にいたあの彼が、僕を認識して見つめて興味を抱いてくれている。嬉しい、嬉しい、本当に嬉しかったのに。

「きっと、君にしか出来ないことがあるはずだ。このチャンスをものにするかしないかは、君次第だよ……黒子君」

   瞬時に見抜いて、愕然とした。温度差、僕の瞳に潜む灼熱と彼の瞳に潜む氷冷。あぁ彼は僕をひとつの個体としてしか捉えていない。初めて目にした、異物。毒になるか薬になるか、試している。僕はいわば、未知の生物、実験対象。彼の瞳は、僕をひとりの人間として、認めてなんかいないのだ。
   始まってもいないのに、失恋をした気分になる。悲しくて、胸の奥がズキズキ痛い。もしかしなくも、彼との果てしない距離は、一生縮まらないのだろうか。
   黒子テツヤという人間がとてつもなく無力なのは、僕自身吐き気がする程知っている。彼の興味なんて、線香花火よりも、儚く一瞬で散る。そんな微かな光を信じて一歩を踏み出すのが、とても怖かった。だけど、それでもいい、それでもいいと思えたのは、

「君の答えを、待ってるよ」

ふたりきりだった体育館を出る、振り向きざま、春の日差しのような穏やかな笑み。きっと僕が彼へ、二目惚れをしてしまったからだろう。
   どうにか、しなきゃ。からっぽな僕の中から、ちっぽけな可能性を見出してくれた彼の瞳に報わなければ。その一心で、考えて探して練習して繰り返して、試行錯誤の末、やっと見つけた僕の新たな武器。
   実践でミスディレクションを活用したパスを御披露目した時、彼の冷徹な瞳にやっと熱が灯ったのを、僕は見逃さなかった。僕は、形振り構わず、それを求めていたんだ、君の熱情だけを。
   初めての試合で、上手くパスを回せず、降格しそうになった時も、君の全てが僕に力を与えてくれたんだ。そう、赤司くん、君のおかげで僕はーー……。

「よく頑張ったね……黒子、君」

   それでも、僕は僕のまま、ただのコマネズミ。ただ、実験が成功しただけ。僕の肩に触れた、君の手のあたたかさは、僕の幻想に違いなのですよね?
   一軍へ辿り着いても、まるで変わらない。僕の呼び名は、ずっと変わらず三軍のままなんだ。黒子テツヤは、赤司征十郎の、友人にも仲間にもなれやしない、ただの影。







   うとうと、ねむい、まどろむせかい。これまでの彼との苦くて塩っぱい想い出を反芻していれば、いつのまにか眠りの魔法にかけられて。ぼやける眼を擦って、周りを見渡せば、やはり自分の待ち兼ねている人物は見当たらなかった。
   今日はもう、おそらく彼には会えない。会いに行く気力もない。部活動がなければ、彼との接点なんて極僅か。一縷の望みをかけて、図書室へ足を運んだ僕は、見込みの少ない待ちぼうけを続けていた。
   読書は彼と僕を繋ぐ数少ない手段のひとつ。滅多にない部活休みをここで過ごすとは限らないし、僕がうたた寝している内に帰ってしまったかもしれない。
   運に身を任せてしまったが凶、僕は元々幸運なんて訪れる人間ではなかった。いや、運がなくてもあっても、努力してもしなくても、結果は同じ。僕の恋は報われるはずが無かった。
   それなりに友人や仲間と呼べる間柄まで近付いたと自惚れているのは僕だけで、彼は何とも思っていない。だからこそ、僕の呼び名は未だに“黒子君”なんだ。
   他のみんなが、羨ましい。赤司くんに友人として仲間として認められている彼らが、どうにもこうにも妬ましい。こんな汚らしい感情を、大切なチームメイトへ抱く自分は最悪だ。解ってはいるけれど、この遣る瀬無さを心の裏側でぶつけなければ、おかしくなりそうだった。
   あぁ、パスは届いても、僕の想いはただただ一方通行。切なくて哀しくて。もうこのまま、あの赤色のきらめきが眠りと共に暗闇に沈んでしまえばいいのに。
   思い通りにならない現実をシャットダウンしようと、うとうと、また脳が瞼を閉じ始める。薄く開かれた視界に広がる橙色の光。落日を知らせる夕映えは、惨めな僕を優しく照らす。柔らかなあたたかみ、まるであの時の彼の手のひらのよう。いや、でも、あれは、僕の願った錯覚。本当の神様は、僕に優しくなんかないのだ。それでも、なんでも、虚熱でも、最期の手向けには丁度良い。この無駄な恋心を自ら殺すとしても、はじめからおわりまで、氷のような冷たさに苦しみながら、死にたくなんてない。
   幻の幸せ、夢心地の世界で、僕は赤色を愛する自分とお別れです。ほらもう、おやすみの時間だよ、黒子テツヤ。さよなら、赤司くん。






   くろこくん、おきて
   くろこ、くん、おきなきゃ、だめだよ
   く、ろこ、くん
   くろこ、


「……てつ、や……」


   ふいに、ぼくの、なまえが、よばれて、ぱちり、めがさめた
   あれっ、ここは、どこ?
   じごく?それとも、

「……あか、し、くん……どうして、……かお、まっか、なんですか?」

赤色のかみさまのいる、てんごくなの?

「……っあ、どうして、……おきて……あぁもう……さいあくだ……」

   ねぇ、赤司くん、僕が君の赤色が愛おしい理由を教えますから、どうか僕に君が赤色を恥ずかしそうに手で覆い隠す理由を教えてくれませんか?

「……一線を越えてはいけないと、どうにか、踏み止まっていたのに……我慢出来ない。これ以上……俺は、お前との距離を……うまくとれないみたいなんだ……」

   そして、もう一度、

「……ほんとは、ずっと、……心の中で何度も、呼んでいたよ……」

名前を、呼んで、

「……テツヤ……」

愛しの、征十郎くん。



秘密の天国へ、
ようこそ



   手繰り寄せられた運命
   引き寄せられた心と身体
   ぎゅうぎゅう、抱き締められた、世界一の幸せ者

   あぁ、そうか。
   天国は、君の胸の中にあったんだ。




2013.4.15 帝光赤黒ちゃんの日










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