「テツヤ、」

   終わりへ向けて踏み出した足が、その呼びかけひとつで、否が応でも止まってしまう。もう、逃げ出してしまいたかったのに、結局彼に依存している自分を認めてしまったようで、悔しい。今からでも遅くない、足をどうにか進めて、絶対引力に逆らってみようか。と、密やかに反逆計画を立て実行しようとすれば、見抜かれてしまったのか。ギュッと、手を掴まれてしまい、脱獄囚が看守に捕まえられた気分へ。振り返らずに背を向けていたのは、なけなしの反抗心だった。耳だけは正直に、彼の言葉を固唾を飲んで待ち続けていたのだろうけれど。まさか、次の一手が、


「いっしょに、眠ろうか」


   こんな提案だなんて、驚き過ぎて思わず振り返り、彼の真意を確かめようとカオをまじまじと見つめた。

「ん……? どうした、テツヤ。豆鉄砲を喰らった鳩みたいだぞ、マヌケでかわいいな」

   本人は、落ち着いた表情で、僕をかわいいとかなんとかオカシな事を口にする、いつも通りの赤司征十郎。拍子抜けしてしまう程普通なのに、さっきの言葉はそれこそ彼にそぐわない道外れたようなもので、僕には衝撃的発言だった。

「あの、赤司くん……熱でもあるんですか?」
「え?無いよ、いたって平熱さ。むしろ、テツヤが大丈夫か?」

   もしかしたら発熱による影響でおかしくなったのでは、と予想した僕を、逆に心配する赤司くんは、フッと視線を僕から落とし、繋がれているふたりの手に向けられて、

「……こんなに、冷たい手になっていたんだな。今まで、気付いてあげられなくて、すまなかった……」

   長い睫毛を伏せて、かなしそうにくるしそうに、僕へ謝罪する赤司くん。彼の悲嘆に彩られたカオが、夕映えに照らされて、とても綺麗でキレイ過ぎて、彼に対する誤った憎悪はどこかへ流されてしまった。世界に絶望して血の気が引いた僕の冷たいカラダへ与えられた、赤い温度。せつなくて、うれしくて、隠し続けていた感情が、溢れ出そうになる。それを我慢しながら、一度首を左右に振って返事をした。謝るべきは、僕の方なのに、君は優し過ぎて、また涙が出てしまいそうだ。

「……赤司くんの手は、意外にあたたかいのですね……初めて、知りました」

   未だに重なったままのふたつの手から伝わるのは、知りたくても知ることが出来なかった温かさ。神様のような赤司くん。平々凡々な僕には一生手など届かない特別な存在。彼の纏う荘厳な雰囲気の前には、僕の道を踏み外した淡い感情なんて差し出せる訳が無かった。僕のカラダと等しく、死んだも同然のココロなのに、

「……僕だって、テツヤの手の温度を、今初めて知ったよ……今までは、その手に、触れたくても、触れられなかったからな……」
「……えっ?」

   ドキリ、死にかけていた心臓が、高鳴った。










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