本当の理由は、解らないままだとしても、

「黒子っち! 黒子っち! 大好きっス!!」

あの黄色い雑音機を、鋏でぶっ刺してしまいたいよ。



   もう、僕の苛立ちは最高潮に達している。その原因は、今まさに目の前で繰り広げられている光景だ。大好物のバニラシェイクを淡々と飲み続ける黒子テツヤへ、ベタベタ抱きついてくだらない愛を喚いている黄瀬涼太。コイツは黒子テツヤ大好き目障り駄犬。それは交流の多いバスケ部だけでは無く、帝光中学の生徒ならば誰もが知っている事実だ。

   常に発情期なこの雄犬は、友愛以上の感情を同性であるテツヤへ抱いている。外見に関しては容姿端麗と断言しても恥ずかしくないものを持っている涼太。一般的見地から云えば、数多の女子から熱烈な好意を押し付けられそうだが……テツヤに対するストーカーじみた執拗なアプローチの数々が多いに露見している奴の中身が大変残念過ぎる為に、大方の女子からは恋愛対象外にされている現状。聞くところによると、テツヤに片想いをする以前は女遊びが激しくて有名だったらしいチャラ男並びにシャラ男。そんな人間がそれで良しとしているのは、どんなに容姿も性格も申し分無い女子より、黒子テツヤという影の薄い平凡極まりないひとりの男を心底好きであるからだ。僕には、全く、その気持ちが理解し難いのだけれど。

   どうして、わざわざ不毛な想いをしてまで自分と同じ性別の男を、しかも黒子テツヤを好きになるのだろうか。正直な所、僕は黒子テツヤが苦手だ。テツヤは、いつも何を考えているのかよく分からないカオばかりで僕にニコリともせず、終始よそよそしい。相棒である大輝には度々気心知れた笑顔をのぞかせ、真太郎や敦にも時折微笑むこともあり、嫌われてもおかしくない涼太にだって呆れたような乾いた笑みをもらす。

   僕にだけ、味も素っ気もないカオ。わざと無表情にしているのではないか、と疑う程に。みんなには無い壁が、僕にだけあるようで、なんだかとても腹が立つ。

   どうして涼太はそんなテツヤにそこまでこだわるんだ。見てくれだけ万人受けなお前なら、選り取り見取り選び放題じゃないか。早々に諦めて、実を結ばない恋へ縋り付くのは止めて欲しい。男が男を好きになるなんて、オカシイに決まっている。それが正常な考えに違いないのだから。

   だからだろうか、ふたりを見ていると、異様に胸の辺りがムカムカするのは。僕のチームメイトの一方的で非常識ではた迷惑な片想いは、とにかく不快で仕様がない。いつもいつも、涼太はテツヤにくっついて離れない。さながら、金魚の糞のように、引っ付いていく。それを僕が視認する度に、腹の底から湧き上がる、この不可思議な苛立ちは、一体何なのだろう。キャンキャンと不躾な馬鹿犬が、無関心な飼い主に構って構ってと五月蝿い。例えるならば、そんな近所迷惑を被られている立場に置かれ、その騒音が煩わしいからか。

   しかし、ただそれだけで、こんなにも胸の奥が灼けるようなイライラが募ってゆくのだろうか、解らない。そんな風に僕はふたりの様子を近からず遠からずの距離で眺めながら、改めて、自分の中に溜まり続ける知らない負の感情について考えていた。考えても考えても、このグジャグジャした心が清掃されないのだけれど。半ば躍起になって、日に日に悪化していく疑問を解き明かそうとしていた。が、突然、事態は急変し、僕の出口が見えない思考回路をシャットダウンしてしまう。

「ねぇねぇ黒子っち! オレにもそのバニラシェイクを一口飲ませて下さいっス!」
「はぁ、別に、いいですよ」

   は?おい、ちょっと待て、テツヤ

「わぁい! 黒子っち、やさしいっス!」
「その代わり、後でバニラシェイクを10回分奢って下さいね」
「勿論っス!黒子っちと間接キ……、ハッ、いやいや何でもないっス! バニラシェイクを飲めて嬉しいっスね!」

   おいおいおい、テツヤ、お前、解っているのか?お前が口をつけたそのバニラシェイクを安請け合いで、下心だらけの涼太に渡してしまったら、

「はい、どうぞ」
「ありがとうございますっス!」

チューー……、プハッ!

「あー……この世で1番オイシイバニラシェイクっスね!」
「大袈裟ですね、ただの美味しいバニラシェイクですよ、それ」
「だって、黒子っちが飲んだ後のバニラシェイクだから……間接キス、激ウマっスよ!! キャーキャー恥ずかしいっス嬉しいっス!」
「……黄瀬くん、君は本当に頭がお花畑ですね。ドン引きし過ぎて罵倒する気力も起きませんよ」

ふ   ざ   け   る   な

   ブッチリ、僕の何かが、切れてしまった。




   その後のことは、あまり、よく覚えていない。突然、頭に稲妻が落ち、真っ白の衝撃で、意識が飛んだから。ただ、自己意識を取り戻した僕は、予想だにしない状況に困惑してしまう。

「……あ、か……し、くん……?いったい、……え、……どうして、」

   至近距離に、テツヤの真っ赤な顔。

   鷲掴んでいた、テツヤの顎。

   唇に残った、テツヤの柔らかな感触と、

「……どうして、ぼくに、……キス、したんですか……?」

とろけてしまいそうなバニラの甘さ。


   あれ、どうして、僕は、テツヤに、キスを???

   あ、う、え??自分で、自分が、わからない。

   涼太の間接キスによって、烈火の如く激しい怒りが爆発した、僕の無意識的行為。

   その理由を説明しなければならないのに、それが見つからない、何も言えない、頭も心も何もかもパニック状態だ。

   どうしよう、解らない、わからない、けれど、

「……黙ってないで、何か言って下さいっ!!」
「……ぁ……、」
「もう……、どうしてくれるんですか、……、」
「て、……テツヤ、」
「……下手にぬか喜びさせないで下さい……赤司くんの、バカ」

   恥じらいながらいじける涙目のテツヤが可愛い過ぎて、どうしようもなく、

「テツヤ、ごめん、抱きしめたい」
「は?え、ちょっ、ぶふっ!」

ギュウギュウギュウ、僕の胸の中に閉じ込めたくなったんだ。

   ジワリジワリと感じてゆく、テツヤの心地よい柔らかさ・心安らぐ温かさ・乱れる息づかい・清潔な香り・速まる心臓の音。

   心の中へ溜まりに溜まっていたキタナイ泥が、みるみるうちにサラサラとキレイに浄化されてゆく。

   そうして後に、僕のまっさらな心へ広がるのは、生まれてはじめての感情。

「……こういう、感じなのかもしれないな……」
「……えっ?何が、ですか……?」

   この感情の、正体は、

「……いとおしい……気持ち」

直に、触れて、やっと、解り始めたんだ。


   それは、無自覚な彼の無知な初恋。






おまけ


「……おい、誰か、急死したバカ犬を回収して来いよ。哀れ過ぎてマジでいたたまれねぇぞ……」
「俺は絶対に嫌なのだよ……あの甘味中毒を起こしかねない異空間へ足を踏み入れるなんて……飛んで火に入る夏の虫なのだよ……くっ、赤司が恋愛に激・鈍感だったおかげで免れていた両想い展開が思わぬ形で実現するなんて……今日はラッキーアイテムも無効な最凶日なのだよぅ……うっ、うっ、うっ……ぐすっ」
「黒ちん良かったねー、ずっと好きだったもんねぇ、赤ちんのこと。ドキドキし過ぎて逆に赤ちんを避けちゃって不器用にも程があったもんなぁ……。赤ちんは赤ちんで、そんな黒ちんが気になりながらも誤解してイライラしてたし……黄瀬ちんのバカ犬ぶりのおかげで、やっと鈍ちん・赤ちんが自分の気持ちに気付けたから、良かったぁ〜。もうちょっと遅かったら危うく俺が黒ちんをつまみ食いする所だったけどぉ〜。ふたりとも、おしあわせに〜」


「…………もう、恋なんて、しないっス……黒子っちぃぃいいぃ〜〜……」











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