完璧超人=赤司征十郎。それが、彼を知る人々の共通認識。文武両道・眉目秀麗・完全無欠。彼に出来ない事など無い、そう皆に言わしめる程、その才覚は傑出しています。平々凡々で影が薄い僕とは正反対ですねけれど、どうしてか、僕には彼が時折可哀想な程滑稽に思える瞬間があるのです。


   ズベッ、ズシャアアアアーー!!

「…………」
「…………」

   今、僕は、非常に、困惑している。

「だ、大丈夫ですか?赤司くん」
「黙れ、恥ずかしい、早急に立ち去れ、テツヤ」

   何故かといえば……
   午後の退屈な授業が終わった後、僕はいつも通り部活へ向かおうと、教室を後にして廊下を歩いていました。今日はどんなパスを中心に練習しようか、とぼんやり考え事をしながら。そう、油断して廊下の曲がり角に差し掛かった時、

   バッ!!ダッ……!!急に我らがキャプテン・赤司くんが凄まじい勢いで飛び出して来たのです。君は当たり屋ですか?とツッコミしたくなる程、わざとらしく。突如として現れた赤司くんに驚きつつも、普段から突拍子も無い彼や他のキセキの面々に鍛えられた反射神経によって見事に衝突事件を回避した僕。ですが、赤司くんは自身の過剰な突進力を上手く殺せず対応しきれなかったのか、僕のすぐ横を通り抜けてつまづき、麗しい顔面からズベーーッとずっこけて滑っていきました。彼は手足を伸ばしたうつ伏せ状態で、お笑い芸人以上の望まない顔面スライディングに対する羞恥に耐えているのか、微かにブルブルと震えています。人々の固定観念を覆すような小っ恥ずかしい赤司征十郎の姿。本当は、一縷の優しさを捨てて、爆笑してしまいたいですが、やはり大切なチームメイトであり、僕をどん底から引き上げてくれた恩恵のある彼ですから、どうにか笑いを堪えました。

「あの、赤司くん……絶対どこか痛めましたよね……?」
「痛めてなんかない……僕がドジを踏んで身体を痛めるわけないだろ。いいから、早く体育館に行ってくれないか」

   かなりの勢いで顔面から床へ突っ込んだ為、絶対に身体(特に顔)の痛みは半端じゃないでしょう。そんな痛々しい彼を心配して何度か声をかけましたが、赤司くんは僕に即刻立ち去って欲しいらしいので……、

「……そうですか。では、お大事に。先に体育館へ行ってますね」
「は?!……ちょ、ちょっと、テツヤッ!! 辛いんだけど!!」

僕は赤司くんの言葉を素直に受け入れて、体育館へ向かおうとすれば、あれ程痛みを否定していた彼は何故かひどく焦ったように辛いと叫ぶ、廊下と顔を突き合わせたまま。

「え、辛い?そんなに、痛かったんですか?」
「えっ、あっ、……べ、別に、痛くなんかないよっ!! ほら、僕は無傷だ!」

   辛いとアピールする彼がやはり心配になり、僕は赤司くんの傍へ駆け寄ってしゃがみ、顔を覗き込もうとしました。すると、彼は僕の行動が予想外だったのか、驚きつつ心なしかちょっと嬉しそうなオーラを発しながら僕の質問に答えて、ガバッと、伏せていた顔を上げたのです。

「あっ……、」

   そうしたら、彼の鼻からトロリと流れるのは、

「っ、ぷ……うっ……、」

赤い赤いトマトケチャップ。

「よ、良かったです……赤司くん、それなりに、軽傷で……、」

   通常ならば、本人がいち早く気付きそうな出血アクシデント。だが、赤司くんは全く気付けていないようで、意識が僕の方へ向いている印象を受けた。陶器のような肌を持つ美人な彼とはかけ離れた、間抜けに映えるその血液を見てしまった僕。どうにか噴き出し笑いを堪え、やんわりと微笑んで誤魔化しました。

「あっ……ぅわ、かわ……」
「……えっ?……“かわ”?」

   そうすると、彼は色違いの綺麗な瞳を大きく見開き、口をプルプル震わせ、謎の“かわ”という呟きをする。川? 河? 皮? 革? KAWA? 何の関係もない単語に思わずオウム返しで問いかけると、

「!!……かっ、かわいい、なんて、思っても、僕は絶対に言わないからなっ!!」
「へ?……“かわいい”?」

   男の僕を“かわいい”と口走るおかしな赤司くん。もしかして、頭でも強打したのでしょうか? それに顔がタコ以上に真っ赤なのは、顔面スライディングの名残りのせいですよね?

「……はっ、う、あっ!! わ……忘れてくれっ!」

   次は、冷や汗を大量にかきながら慌てふためく赤司くん。皆は、赤司くんの表情をポーカーフェイスだとか魔王の暗黒笑みだとか云うけれど、僕はどちらかといえば百面相な人だと思っています。僕と話す時は、色々な顔を見せてくれている気がするんです。

   それにしても、赤いモノを鼻から垂らしながら目が泳ぐ顔面、本気で笑かしにきているとしか思えませんが、彼の名誉の為に頑張って堪えましょう。

「??……なんで忘れなきゃいけないんですか?」
「う、うるさいっ! 忘れろといったら忘れるんだ!! 僕の命令は、絶対だぞ!」

   謎の“かわいい”について言及すれば、怒り始めて魔王の権力を振りかざしてきました……が、全く怖くも何ともありません。それもこれも、赤いケチャップのせいですね。

「(意味不明ですねぇ……あ、)あの……分かりました。さっきの発言はもうどうでもいいんですけど……、」
「なっ?! ど、どうでもいいだと?! テツヤッ……お前は僕をどれだけ辱めればいいと、」
「赤司くん、かなり鼻血出てますよ。そろそろ止血しなきゃいけないですね」

   シーーーーン、静まり返った2人だけの廊下。そこに……ポタリ、ポタッ……赤い点々の落ちる音がこだまするかのよう。

「は……な……ぢ……」
「丁度ポケットティッシュを持っていましたから、どうぞお使い下さい。今、赤司くんの鼻の穴にピッタリな鼻栓を作りますね……」
「っ〜〜〜〜!!! テツヤァァァアアア……バカァァァアアア!!」
「わっ! 赤司くん、興奮すると余計に鼻の毛細血管がはち切れますよ。だから落ち着いて……、」
「黙れっ! デリカシー皆無天使っ!! お前を憎めない自分が憎い! くそぅ……テツヤッ、おぼえておけっ!!」

   ガッ! ダダダダダッ……!!

「わっ!?……え……あ……行っちゃいました。赤司くん、律儀にポケットティッシュはちゃんと貰っていくんですね」

   結局の所、赤司くんは何がしたいのか全く分からない 、おっちょこちょいでおかしな人にしか見えません。理由は分かりませんが、おそらく僕へぶつかろうとしてきて失敗したのでしょう。悪意は多少なりともあるのでしょうか? 心の中にモヤモヤが残りますが、ずっこけて痛くないと強がってガバッと起き上がった彼の鼻からは、トロトロと赤い血が流れてきてて、その間抜け過ぎるオモシロ姿に……

つい、笑って、しまった。

   そうすればすぐに、彼の頬はその流れるモノと同じ色になって呆けたように“かわいい”とか意味の分からないことを呟いたと思ったら、忘れろと強く命令したり急に怒り出して、悪化してきた鼻血を指摘すれば羞恥心が爆発して最後は負け犬の遠吠え的セリフを残して逃走していきました。

   ちょっと腑に落ちないのは、彼は結局一連の言動を忘れて欲しいのか覚えていて欲しいのかという矛盾点…まぁいいか、気にしなくても。

   本当に、赤司くんは、意味不明な人間です。彼の言動が不可解過ぎて、完璧超人である事実は僕にとっては偶像にすら感じてきました。うやむや、ぐにゃぐにゃ、ぼやけて不明瞭な彼の本当の姿。まだその正体が未知数な“赤司征十郎”というひとりの人間。ただ、今の時点で解っていること。それは……、


「赤ち〜ん、どったの? 部室の隅っこで体育座りして、しかも鼻栓しながら」
「……ほっといてくれ、敦」
「どうせ、黒ちん絡みでしょ、赤ちんが悩むことなんて」
「……いま、それに、ふれてくれるな」
「やっぱり黒ちんかぁ、好きだねぇ」
「……悪いか、僕がテツヤを好きで悪いか」
「悪くないよー悪くないけど、」
「……なんだ、言ってみろ」
「好きな子の前で、鼻血ぶっ放すって、超かっこ悪いよね」
「………………」


赤司くんは、意外に鼻血が似合うこと。お笑い向きかもしれませんね。鼻司く……あ、間違えた。赤司くんは、今日だけでなく、僕を通せんぼしたりして度々ちょっかいをかけることがありますが、もしかして僕を嫌ってるんですかね? もしそうなら、ちょっとかなしいです。僕は……、


「てゆうかぁ〜赤ちんは黒ちんに何をしようとしてたの? 最近やけにつっかかってたじゃん。わざと飛び出してぶつかろうとしたのはなんで?」
「……誰にも言わないなら……敦にだけ教える」
「言わないってば、いいから教えてよ」
「……憧れてたんだ、あわよくば成功させて、僕を意識させようかと目論んだのに……」
「……何を?」
「じ、じ、じ、事故チューを(ポッ)」
「…………わ〜ドン引き〜〜」


赤司くんを、嫌いじゃないから。本当はどんな人か知りたいから。もっと、君の色んな顔を見たい、そう思っているから、


「はぁ……どうして僕は好きな子の前だと、こんなにもおかしくなっちゃうんだろう……」


君が僕を嫌いじゃなければいいなぁ、確かな理由は無いけれど、そう願っているのです。


「テツヤのほほえみが、可愛過ぎて辛い……憂鬱だ」











・メランコリー Lv.1











「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -