林檎、トマト、苺、嫌い嫌い

とても美味しいけれど、嫌い嫌い

どうして、嫌いなのかって?

確固たる理由を述べろというの?

そんなの彼等の共通事項に決まっている

彩るその色は、



「黒子っち、俺の事、嫌い?好き?」

「黒子…お前は、俺の事……一体、どう思ってるんだ…嫌いなのか?好きなのか?」

「…なぁ、テツ……俺の事、嫌いになる訳ないよな?好きだろ?」

「ね〜黒ち〜ん……俺の事、嫌いだなんて言わないでね?好きって、言って?」


別に、嫌いじゃない

黄色も緑色も青色も紫色も、みんな嫌いなんかじゃない

どちらかといえば、好きなのか、な?

よく分からない、何が好きで何が嫌いかを明確に分別するのは、もう面倒なんだ

共に汗を流し、コートを駆け抜けた、頼もしい仲間たちが、大好きだった

ずっとこのまま、みんなと一緒にバスケを楽しみたい

そう願っていたのに、あの夏の日、バラバラになってしまったカラフルな絵の具たち

全ての色が大切だった、とりわけ愛していたのは、あの色だった

一番先に見えなくなってしまった、大好きで大嫌いな色

好きになれば、好きになっただけ、嫌いになって、僕は傷ついてしまう

その大失敗を経験した僕は、周囲から向けられた好意を放棄する癖がついてしまった

それ以上に、自分の方から誰かに好意なんて抱きたくない

誰かを好きになるのがイヤなら、全てを嫌いになってしまえばいい

未だに僕に好意を向けてくれる絵の具さえもゴミ箱に捨ててしまえばいい、なんて

そうヤケになろうかと血迷えども、嫌いという醜い感情は、いつもいつも僕を自己嫌悪に陥らせる

彼等をそう簡単に嫌いにもなれない、そして、嫌いの反対へ自殺覚悟で素直になる事も、無関心という忘却の彼方へ身を捧げる事も、最弱の僕には出来なくて

せめて、ただひとつだけ、あの色だけを、一生懸命、嫌いになる

嫌い、嫌い、嫌い

動脈血のように鮮やかな赤色なんか、


「涼太・真太郎・大輝・敦……テツヤ、久しぶりだね」


素知らぬ顔で、僕の名前を呼ぶ、赤司君なんか、大嫌い

“元・キャプテン”の呼びかけで、久しぶりに顔を突き合わせた、カラフルな絵の具たち

白黒じみた視界で、ボヤけながらも感知可能なのは、今の僕が嫌いではない色たちだ

純粋に僕を好きだと宣う、かつての仲間の色は、おそらく綺麗に違いないのだけれど、どうして僕の心は何も感じられないのか

好かれるって嬉しいことなのに、どうして僕の心はあの頃のようにきらめかないのか

そんな中、眼の錐体細胞が全く受け容れようとしない色彩がひとつ

それは、僕の大嫌いなあの人の色

かつて愛した僕に見向きもせず、僕以外へ宝石のように美しい瞳を向ける、彼の色は確か、赤色

僕が亡くした、“赤司征十郎”の色だ

おかしな世界、一番美しい血潮の色を失った、僕だけしか知らない世界が広がる

ザーー、ザーーーー、ザァーーー、

だんだんと、あんなに心地よく聴いていたはずの彼の声すら、波音に掻き消されて、上手く耳に入らなくなってきた

かつて、僕が入水自殺した海へ、ひとり舞い戻る

ブクブクブク、溺れる、ノイズ

地上の深海で、淡々と息をしている僕が、いずれ酸欠になって溺死しても、きっと誰も気付かないだろう

(僕シカ僕ヲ知ラナイ、ボクノ心ナンテ君ハ知ラナイ)

呼吸の意義を成さぬまま、彼が僕をただの人形として扱ったまま、拷問のような時間だけが過ぎてゆく

どうして、こんなに、生き苦しいの?

いつから、こんなに、


『さよなら、黒子、愛して、たよ』


そうか、僕はあの時から、あの色に別れを告げられた時から、残り僅かな余命を生きていたのか

生きているようで死んでいるような、モノクロームの水槽で、僕はずっと浮いたり沈んだり、ふらふら彷徨ったまま

そう、いつまでも、


「それじゃあ…みんなの健闘を祈るよ……またね、涼太・真太郎・大輝・敦………さよなら、テツヤ」


僕はキミを好きにも嫌いにもなりきれていない

嫌い嫌い嫌いと呪文を唱えて、好き好き好きと呪いが返ってくる

赤司君は、嫌い以上に、僕に対して無関心なのでしょう

ひとりでも強いみんなと違う、弱くしか生きられない僕とはもうコート上で会えない

キミはその別れの言葉を伝えたいのですね

二度目のさよならは、僕の心を葬り去るには十分だった

そう、十分過ぎて、何かが死んで、何かが蘇生されたような感覚が、僕の心を縦横無尽に駆け巡る

本当にキミは、どこまで僕を痛めつければ気が済むのだろう

僕の気も知らないで、僕の本心を駆り立てる


赤を、好きなのに、届かない

届かないから、赤を、嫌いになりたい

どうしても、赤を、嫌いになれないから、赤から、逃げ出したい

どうせ、赤から、逃げ出しても、赤を、好きにしかなれない

だから、


「さよなら、赤司君…また逢う日まで」


今は届かなくても、この想いが届くまで、必死に追いかけるしかないのですね

決意を秘めた僕の言葉で、あの時のように赤司君の柔和な鉄仮面が歪んだ気がした

けれど、逆光で見えない、だけど、それでいい

キミの本当のカオは、いつかの強い僕が見る為にある

僕の世界へ一等愛した赤色を塗り直し、黄色も緑色も青色も紫色も鮮明に蘇るその瞬間まで、どんなに辛くても戦い続けよう

未だ無色の神様の子どもの瞳に、僕は久方ぶりの笑顔を浮かべて、誓った


“カラフルだった僕の世界を取り戻す”







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