そよそよと、肌を澄ます爽やかな風が、僕らのわずかな隙間を通り過ぎる

若葉が茂るどっしりとした大木の足元で、やんわりと手を繋いだ僕と彼は、太い幹にゆったりと寄りかかっていた

この場所は、ふたりだけの、安らかなゆりかご

ザワザワ雑音ばかりの騒がしい俗世から切り離された、フワフワ呼吸音だけのやさしい浮世

清らかな水面の空には、まっさらな綿あめが、ぽつり・ぽつり

まるで、僕らのように、ぴったり寄り添うふたつの白雲は、この広い川をどこまでも一緒にさまよっている

木陰の中にいる僕と彼は、それをボンヤリみつめながら、ユメとウツツの境目をウトウト行ったり来たり

そうだよ、僕らだって、いつでもどこでも、ふたりいっしょにいたい

夢の最中だって、現実の途中だって、ささやかな喜びの時も、打ちひしがれる悲しみの時も、どこまでもどこまでも

信じている、きっと、遠い未来も、ふたりは


「…ねぇ、黒子」
「なんですか、赤司君」
「お前は、俺と、一緒にいたいかい?」
「はい、もちろん、一緒にいたいですよ」
「ほんとうに?」
「えぇ、こうして、赤司君の隣に、ずっとそばに、いたいです」


嘘偽りのない言葉、無知な幼子の頭、覚悟の足りぬ愚か者の心

それを、特別な瞳をもった彼に、見抜かれない訳がないのだ


「…約束、出来る?」
「…約束、ですか?」
「そう…俺と、何があっても、絶対に離れない…決して裏切らない…一生、俺だけを愛してくれる…そう、約束出来るのか?」
「……あかしくん?」
「もし、約束出来ないなら…」
「……、……ぁ……」


「いっそ、消えてくれないか」


陽の光を浴びて、鮮やかな赤色をきらめかせる彼は、笑った

泣きながら微笑んでいる彼は、僕の手に大切な運命を託した

そんな僕は人生の岐路に立たせられているともいざ知らず、ホロホロとこぼれる彼の美しい涙に見惚れるだけで

時計が壊れている、この幸せが永遠に続くとばかり思っていた

色褪せていくのは、手元にある写真だけではない

脳裏に映し出される想い出のフィルムも同様に

そして、たった今、息をしているこの映像さえもカラフルのままだと、思い違えてはいけないんだ

あの頃の僕の世界は、どうしてあんなにも、美しかったのか

昔の僕は、わかりますか?
わからないでしょうね
今の僕は、わかるでしょう?

いつのまにか雲散してしまった、大空のキャンバスは、一体どこへ破り捨てられたのだろう

セピア色に寂れた彼の横顔は、透明な空気へ溶けて消えそうで

あの瞬間を、思い出す度、胸がビリビリ引き裂かれる

全てを見透かす赤いレンズから、彼はそう遠くない未来の果てを、知り尽くしていたのだろう


「赤司君…僕は、キミの前から、消えませんよ、絶対に」


浅はかな裏切り者は、朗らかな微笑み返す

いずれ、この世界から色彩と最愛を失うとも、知らずに





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