横暴な道理が、断崖絶壁まで、二つの大切なモノを抱えた僕を、追いやる

さあ、今すぐ、運命の選択をせよ

この崖から落ちるのは、自分の心か、自分の宝物か

本当に、大切なのは、どっち?








背中に、冷たい汗が、スッーー…伝った


「…黄瀬くん、…僕達は確かに血こそ繋がってはいませんが…仲の良いれっきとした“兄弟”ですよ」


動揺した訳では、無い

少し、強張って震えた、声帯

嘘はひとつも無いのに、平静が崩れそうなのは、何故


「…それにしては、仲が良過ぎるっス!しかも、ただ仲が良いだけじゃない……」


あぁ、もう、これ以上は、やめてください


「…俺、前々から、怪しいと思ってたんスよ……、」


僕達“兄弟”の事を、他人の目から判断され、他人の口から指摘されたく、無い


「少なくとも…絶対に、赤司っちは、黒子っちを、“兄弟”だなんて思って、無、」


やめて、いわないで、たすけて、





「黄瀬涼太、」

ドクン、

「……征く、ん……、」

「…あ、赤司っち……、」


現実から逃げたい、空っぽになりかけた心

そこへ、僕の“弟”が発信した音が、凛として重々しく響き渡る

僕に押し寄せる恐怖心を打ち消すかのように、僕を追い詰める黄瀬くんのイヤな言葉を遮断してくれた

たすかった、

彼の登場にホッとしたのも束の間、ヒシヒシと感じたのは、僕の心を貫くように見据える二色の瞳

あっ、だめ、だ

ある危機感をおぼえた僕は、反射的に床へ視線を逸らす

今は、征くんの真っ直ぐな瞳を、真っ当に見られなかった

僕の瞳で、征くんの心を、見抜くのも

征くんの瞳で、僕の心を、見抜かれるのも

どうしようもなく、怖くて

そうして、自己防衛ばかりの臆病者に成り下がった僕

辛うじて塞ぐ事を躊躇われた耳で、彼の声だけを聴こうとする


「…さっきから、キャンキャンキャンキャン喚いて下らない事を問い詰めて……、テツヤ兄さんを困らせているようだね…?」


そんなぎこちない態度をとる僕に、洞察力の優れた征くんが気付かない訳が無い

けれど、何も触れずに“兄”を庇う優しくて強い“弟”がそこにいた

彼は僕と黄瀬くんの間に身体を割り込んで、震える僕を隠すように黄瀬くんと対峙している

視界の端に映る、彼の背中からは、何も読み取れない

そもそも、僕がそれを読み取る勇気が無い

ただ、黄瀬くんを威圧する凄みだけは、空気が震える程に伝わってくる


「…ぁ、…赤司っち、…これには深い訳が……、」


ひどく狼狽えたような黄瀬くんのか細い声

常日頃、征くんの無慈悲な制裁を受け、その恐怖に慣れているはずの黄瀬くんが、こんなにも畏縮しているのはとても珍しい

おそらく征くんは、とてつもなく恐ろしい微笑を浮かべているのだろう

背筋が凍る程の冷たい、美し過ぎる笑みを


「よく聞け、バカ犬。僕と兄さんは、低脳なお前が考えている以上に、深い“愛”で繋がった“兄弟”なんだ。それを無関係な外野のお前が邪な詮索をし、どうこう口出す権利なんて皆無なんだよ。解ったら、さっさと、消えろ」


深い“愛”

そうだ、僕達は、血の繋がりを超えた“愛”で深く繋がっている、ただ仲の良い“兄弟”なんだ

征くんの揺るぎ無い言葉で、グラグラと断崖から落ちてしまいそうだった僕は、どうにか一命を取り留めた気がしました

他ならぬ、“弟”である征くんの口から力強く定義された、僕達“兄弟”の形

安心してしまったのです、平穏無事を求める余りに僕は、すっかり見落してしまっていました


「なっ、で、でも…、ふたりは、血が繋がっていない上に、赤司っちは赤司の姓を名乗って、必要以上に黒子っちを俺達から離そうと躍起になって…この年で一緒に眠るとか…おかしいっスよ!!赤司っちの黒子っちへの“愛”は、異じょ、」

ビッ…!!

「征くんっ…!!」

「!!…ぁ…あっ、…」


一点へ鋭く向けられた凶刃が、


「黙れ、その口、切り刻むぞ」


微かに、震えていたのを、僕は知らない


「僕は、ただ、テツヤ兄さんが、すごくすごく大切なだけだ…」


真っ直ぐ一直線、心へ届く言葉とは裏腹に、


「かけがえの無い、…唯一無二の“兄弟”なのだから…」


征くんの声帯が、哀しみで震えていたなんて、知らなかったんだ

ジワリ、

その二色の瞳に滲むものを、見抜こうとしなかった僕は、自分の心しか守れない最低な“兄”に違いない





がしゃんっ、

真っ暗な崖の底、

壊れた宝物は、

ひとりぼっち、

ぽろぽろ、わらう





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