それから僕達はいつもよりちょっと急ぎながら朝練へ

途中、中等部のバスケ部顧問に呼び止められた征くんとは別行動になり、急ぎ足で体育館へ向かうと、ほとんどの部員が集まっています

遅刻ではないにしても、集合時間スレスレに滑り込んだ僕は、早く着替えをしようと、直ぐにロッカールームへ入りました

いつもの時間だったら、それなりに混んでいるこの部屋、駄々っ子征くんのおかげで、もう誰もいません

早くしなきゃとブレザーを脱ぎ、ネクタイを解いて、カッターシャツのボタンに手を掛けた時、


「あっ!黒子っちー!!こんな遅くに珍しいっスね!おはようございますっス!」


ガバッ、ギュウ〜〜!!いつもながらの黄色い駄犬の抱擁


「…黄瀬くん、おはようございます、朝から不快な程に暑苦しいです」


遅刻スレスレ常習犯の黄瀬くんがやって来て、僕を認識した途端、すぐさま背後から抱き付いてきました…あぁ煩わしい

この場面に駄犬駆除のプロ・征くんがいれば、黄瀬くんの迷惑行動を先読みして、僕をガードしてくれるのでしょうけれど

生憎、今は席を外していたので、僕の鈍い反射神経では、無駄にすばしっこい犬っコロへ対応する事が出来ませんでした


「はぁ〜……朝の気怠さも黒子っちの可愛さで吹っ飛んじゃうっス……お目覚め天使…もう、可愛い過ぎっス」

「はぁ、そうですか」


どうしてでしょう、不思議な疑問が浮かびます

黄瀬くんに可愛いと言われても、僕は何とも思いません

男が男に可愛いと言われて何か特別な気持ちが生じる方こそおかしいとは分かっていますし、むしろ不快なはずです

いつも可愛い可愛い、耳にタコが出来る程言われてるせいで、黄瀬くんの可愛いは挨拶以上に慣れてしまった感もありますが

どうして、どうしてなのでしょう

征くんという気心知れた“弟”に言われる“かわいい”は、どうしてあんなにも、頬がポワリと熱くなってしまうのでしょうか

僕達は男同士で義理の“兄弟”という家族なのに

どうして、

そんな答えの出ない疑問に意識が飛んでボンヤリしていた僕は、すっかり油断していました

何時の間にか黄瀬くんは僕を抱き締める力を強くし、肩口に顔を埋めていたのです

黄瀬くんのなまぬるい吐息を耳にゾワリと感じ、触れている手の動きがどこかいやらしいと寒気が走った時にはもう遅くて、


ペロペロ、欲に濡れた舌が、僕を舐め回す


「ひゃっ、…なっ、何するんですか!?…黄瀬く、…やめてください…!!」

「ん…黒子っちのうなじ、おいしい…」


ペロペロペロ…チュウッ、


「っ、う…ぅ…やっ、…黄瀬くんは、発情犬なんですか!?…バカみたいに舐めないで下さい、言う事聞いて…、」


ガッチリとホールドされてしまった僕は、黄瀬くんの不躾な赤い舌の猥褻から逃げる事が出来ず、四苦八苦していました


「これは…飼い主への愛情表現っスよ…黒子っち大好、」


が、ピタリとその動きが止まったのです

急に、ガチリと固まった黄瀬くんのセクハラから解放され、安堵したのも束の間、


「えっ…まさか、そんな…、」


クンクンクン…、


「ちょっ、と…黄瀬くん、何なんですか?人の匂いを嗅いで…、」


次は、僕の首元や髪などに鼻を近づけて、しきりにクンクン匂いを嗅いでくるのです

警察犬の取り調べを受けているかのような複雑な気分になり、ましてやそれが盛りのついたオス犬なので、気持ち悪い事甚だしいのですが

もういい加減にしてくれ、黄瀬くんにウンザリしながら足でも思い切り踏みつけてやろうかとキレかけた時、


クンッ…!!


「うっ、うわああああんっ…!!!」

「わっ?!…黄瀬くん!やかましいです!!」


匂いを探索していた鼻が何かを突き止めたかと思えば、黄瀬くんは急に顔を手で覆いながら、女の人のような金切り声で泣き喚いています

一体どうしたというのか、感情の移り変わりが激しいこのウザ犬は

彼の泣く理由が解らず、ただただ訝しんでいると、やっと落ち着き始めた泣きじゃくり犬が涙声で言い放ったのは、


「うっ…うっ……嫌っス…信じたくないっス……俺の、黒子っちから……いつもより数十倍濃厚な赤司っちの匂いがするうううぅぅうああああぁぁあいやぁあああ!!!昨日の夜一体何があったんスかぁあああ!?!?」


何とも、ドン引きせざるを得ない、僕の匂い検知結果だった


「…黄瀬くんは、やはりマトモな人間ではなく、ただの犬だったんですね。人の体臭を嗅ぎ分けられるなんて…気色悪、いや、その並外れた嗅覚を活かして、厄介な変態駄犬から役立つ凄腕警察犬にでも成り上がったらどうですか?…征くんとは一晩一緒のベッドで眠っただけなのに、よく分かりましたね」

「え……、いっしょに、…ねむった……?あかしっち、と…?」


僕と征くんが一緒に眠ったのは、本当に久しぶりだった

眠っている時、征くん特有の高潔な匂いが漂っていた気がしたけれど

それは何となく感じたものであって、まさか黄瀬くんに匂いを嗅ぎ分けられるなんて驚いた

僕達は、香水を使っている訳でも無く、シャンプーもボディーソープも同じモノを使用し、生活の場を共有している為、ほぼ同じ匂いがするはずです

差異があるとしたら、それこそ個人の体臭

普通の人間の鼻では、その微かな違いをそこまで正確に分別出来ないのに

黄瀬くんときたらそれをやってのけるのですから、色んな意味で天才ですね…今回は、気持ち悪い意味で

それにしても、征くんの言った通りになりましたね

彼のおかげにより、一晩で僕の体は綺麗に消毒されていたようで、一安心しました

だけれども、先程の変態犬のペロペロを思い出し、今日も念入りな消毒が必要かもしれないなぁとぼんやり考えていると、


「…、っ、黒子っち…!!」

「…!!…いっ、…いたいです、黄瀬くん、」


茫然としながら沈黙していた黄瀬くんは、弾かれたように僕の両肩をガッと掴み、キッと強く僕を見つめて、荒だった声で僕へ詰問してきたのです

本能的に生きている彼が、僕達“兄弟”に対して抱いた疑惑

それは、


「黒子っち、正直に答えて!黒子っちと赤司っちは、ただの“兄弟”じゃないでしょ!?」


“兄”の僕がひっそりと目を背けている、“弟”に対する半透明な疑念だった



ピシリ、僕の平穏なはずの日常が、ヒビ割れ、始める





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