いつもより遅い朝食を2人で向かい合って食べる
カチャ、カチャ…コトン、…モグ、…
この家には、僕と征くん、ふたり分の生活の音しかしない
父親は僕が中学二年生の頃から仕事で海外へ赴任しており、父の手伝いをしていた母親も僕が高校生に進学したのを機に、父の元へ行きました
実質、僕と征くんの、ふたり暮らし
それまで母さんが担っていた家事まで、僕達自身で行わなくてはならなくなりましたが、昔からお手伝いをしていたので、その延長だと思えば気が楽ですし、何より出来た弟がいるので特に不安はなかったですね
征くんと役割分担をして助け合いながら家事をこなし、あとは気ままな時間を過ごしているので、何気にこのふたり暮らしを楽しんでいます
基本的に、料理は征くん、洗い物等の片付けと風呂掃除は僕、洗濯や自分の部屋の掃除は各自行い、家の中全体の掃除と食糧や日用品の買い出しはふたりで協力しています
休日に沢山買い出しをした後、ふたりで買い物袋を提げながら帰り道を歩いていれば、近所のおばさま方に『テッちゃんと征ちゃんは、相変わらず仲良しねぇ』なんて微笑まれて照れてしまう事も度々あったり
征くんは平然として、『えぇ、昔から変わらず、僕は兄さんが大好きですからね』と紳士スマイルで微笑み返しをするのですから、僕はますます嬉しいやら照れ臭いやら
自他ともに認める“仲良し兄弟”である僕達は昨日の夜、久しぶりに一緒に眠りました
僕を飼い主だと勘違いしている黄色い駄犬・黄瀬くんへ、何故か嫉妬のような感情を抱いた征くん
この家に来た頃は感情が上手く表出する事が出来なかったり急に感情が爆発したりと、情緒不安定な所もありましたが、年を重ねるにつれて冷静沈着な面が顕著になりました
ただ、僕が中学に上がり、キセキの面々と出会ってから、少しずつ過激な部分が出始めて来た気がしたのです
そういえば、昔から武器やお守り代わりに、彼は赤い鋏を常備していますが、それを威嚇がてら人に向ける事が多くなってきましたね
特に、僕に対してこれでもかと構い倒す黄瀬くんには、お約束と言わんばかりにその凶器を向けています
聞いた話によると、何故か緑間くんをそれで脅したり紫原くんに警戒線を張ったり…ただ僕の相棒である青峰くんには、まだ何もしていないようですが、それがまた逆に怖いです
僕を彼らに盗られそうだ、と不安になっているようですけれど
征くんは僕にとって一番大切な“弟”、何にも替え難い特別な存在
それをもっと自覚してくれれば、そんな杞憂なんて綺麗さっぱり霧散すると思うのですけれど…、
「兄さん、ついてる」
「えっ、」
征くんの事についてグルグル考えながら朝食を食べていたせいで、口元にヨーグルトが付着していたようです
それを、征くんの綺麗に整った指先でスッと拭われて、赤い舌でペロリ、微量の発酵食品は彼の口の中へ
その姿に、一瞬目を奪われて、ドキリとしたのは、多分僕の“弟”が、人並み以上にキレイ過ぎるからだ
「まるで、ちいさなこどもみたいだよ、テツヤ兄さん」
僕を、からかうように、だけど、どこかうれしそうに、笑う
「すみません、年甲斐もなくボーっとしていました…恥ずかしいです」
僕の方が年上なのに、僕の方が手のかかる弟みたいで、ちょっと情けない気もしましたが、征くんのやわらかな表情を見て、そんな気持ちはすぐに消えました
「しっかりしているのに時々抜けているテツヤ兄さん……かわいい」
甘ったるいココアを飲んだ気分にさせる声で、僕を可愛いと言う征くんの薄い唇は綺麗な弧をゆるりと描く
「…もう、可愛いなんて言われても男の僕は嬉しくないですよ…」
まるで女の子扱いをされているような気分になる、征くんの甘い空気によって、僕の頬には情けなさと入れ替わりに気恥ずかしさが訪れる
「…ふふっ……兄さんてば、りんごほっぺになってるよ…ますます、可愛いな…」
一層、征くんの事しか考えられなくなる美しい微笑みに、なんだか胸がいっぱいになる僕
ふぅわ、ふぅわ、ふわぁり
ふたりの間に紡がれる
穏やかなこの時間が
とてもとてもいとおしいのです