いつも、ずっと、いっしょにいる




「おはようテツヤ兄さん。今日も昨日よりずっと、愛してるよ」

   彼の朝の挨拶は、いつも愛に溢れている。

「おはようございます、征くん。僕も君を愛してますよ」

   フワリ、笑いながら、僕の頬に優しいキスをひとつ落とす、美しい少年は、僕の弟。

   血の繋がらない、だけど、強く心が繋がっている、弟。

   彼とは、僕が7歳の頃、出逢った。


『テツヤ、今日から僕達の家族になる赤司征十郎くんだ。征十郎はお前より2つ下、だからお前はお兄ちゃんになる。仲良くしなさい』

   スッと礼儀正しく正座をするのは、とても綺麗な赤い髪をした“赤司征十郎”くん。

『……よろしくおねがいします……テツヤ兄さん』

   急な出来事に頭が追い付かない僕とは正反対。深々とお辞儀をした冷静な彼は、その年齢よりずっと大人びていた 。所作も一朝一夕で培われたものではない。ひとつひとつの動きから滲み出る、優美さと高潔さが感じられる。幼子でさえ、自分とは全く違う世界で生きてきたのだと、容易に感じ取れる雰囲気を纏っていた。

『ぁ……よ、よろしく……おねがいします』

   未だに状況が整理出来ていない僕だったけれど、彼の動きにつられ正座のまま慣れない深々としたお辞儀をしてみる。ぎこちなさは、否めない。

   こうして空気を読んで頭を下げて見たものの、次の一手が分からない。これからどうすればいいんだろう。気まずくてひたすら床を見つめている僕に聞こえてきたのは『じゃあ僕は今から母さんと征十郎の歓迎パーティーの買い物に行ってくるから。テツヤ、あとよろしくね』という無責任な父の声。え、ちょっと、まってください。制止の言葉は声にならないまま、パクパク金魚のように口を動かしている間、父は部屋を出て行ってしまって……

   見知らぬ子と会って数分で、ふたりきり。ピッと、部屋の中に緊張感が走る。僕は明るくフレンドリーな人間ではない。人見知りって程ではないけれど、初対面の人とベラベラ話す気にはなれなかった。この突然現れた大人のような小さな男の子と、どういう風に接するべきか、大いに悩む。シーーンとする部屋の空気は、どんより重苦しくはないけれど、警戒線が無数に張られているようで、居心地が良いとは言えなかった。

   しかし、このまま黙りでは良くない。何よりも征十郎くんの方がどうしていいか分からない立場なのではないだろうかと、心配になってくる。僕は床からおずおずと顔あげて、再び彼の顔を見てみた……

   が、視線が全く合わない。 彼だけ一点を見つめる僕の瞳とは一向に交わらず、彼の瞳はどこかボンヤリ宙に浮いていた。心、此処に在らず。あぁ、きっとこの子は、好きで此処に来た訳では無いんだ。 何かしらの深い事情のせいでやむを得ず、ココに置かれてしまったのかもしれない。自分が生きてきた高貴な世界とは全く違う、未知の平凡な場所へ。

   じぃっ……、なぁんだ、よくよく彼を観察してみれば、解るじゃないか。不安、寂しさ、やるせなさ、怒り、哀しみ。“帰りたい”けど“帰りたくない”という苦しいジレンマを、瞳の奥に秘めていること。

   キュッと心臓が悲鳴をあげるように締め付けられる。この傷ついた小さな男の子の心を想うと、切なくて切なくて。いつのまにか、触れていた。膝の上でギュウッと固く握られたままの、かわいそうな彼の拳へソッと手を触れていた。その瞬間、彼は少しだけ表情を崩し、怯えて震えてしまって。こんなにも、人に傷つけられてきたのだと思い知った。雪遊びをした後のよう、冷えきった小さな手は、僕が考えている以上に、色んな痛みを受けてきたんだ。“赤司征十郎”くんについて僕は何も知らない、知らないけれど。彼の閉ざされた心がちょっとずつ開き始め、僕の心へジワジワ伝搬してくることを、僕の触れた手は知っていた。彼の深い心の傷に胸を痛めながら、僕の口はゆるやかに動いていく。7歳ではじめて“兄”となった僕は、決意した。

『征十郎くん、……征くん。僕、とても嬉しいです……征くんが僕の家族になってくれて』

   その言葉を予期していなかったのだろうか。彼はとても驚いて、伏せていた瞼が大きく開かれる。だけど、まだ視線は合わない、僕の触れた手を、ただひたすら凝視したまま。

『僕はこれから……家族として、ひとりの兄として、征くんを支えてあげられたらいいなって思います……頼りない兄で申し訳ないですけど』

   ちょっとだけ、色違いの瞳が、僕という対象を捉え始める。その微かな変化が、大きな喜びになって、兄としての自覚をより一層奮い立たせる。

『これから……征くんといっしょにご飯を食べたりお風呂に入ったりバスケをするのが、とっても楽しみです……ほんとうに』

   そんな楽しい日々を想像して思わず笑みがこぼれると、征くんは僕を真っ直ぐ見つめた。涙がこぼれ落ちそうな顔で、ゆらゆらと見つめた。

『……テツヤ兄さんは、僕が、こわくないの?……じゃま、じゃないの……?……きら、いじゃ、ないの……?』

   途切れ途切れの言葉で問いかけてくる征くんは、とてもとても弱々しく、今にも儚く消えてしまいそうで。守ってあげたい、率直にそう思えた。

『……僕は、出会ったばかりの征くんのこと、まだ全然分かってはいませんけど……こわい理由もきらいになる理由も……全く見当たりません。こんなかわいい弟ができて、僕は幸せですよ……』

   征くんの手を優しく触れながら本心を伝えれば、僕の可愛い弟は弾かれたように突然抱きついてきた。ギュウギュウと僕の胸にしがみつきながら、生まれたばかりの赤ん坊のようにワアワア激しく泣き始める。不思議ですね、それがとても嬉しいのです。出逢って間もない間柄なのに、この男の子に対して温かな感情が次々と溢れてくる理由。小さく弱い僕の弟を守りたい。自然と生まれた新しい気持ち。英才教育を施された何事にも動じない完璧少年の真実、それは繊細で脆く深い心の傷を負った5歳の男の子。

   征くんを、優しく包んで癒して愛していく。そんな新しい“黒子テツヤ”が生まれていました。

『……テツヤ、にいさん……』

   泣き疲れて眠ってしまった征くんは、本当に天使のように愛らしい子で。安心したのでしょう、僕の名前を呼ぶやわらかな声に、心へ満ちていく愛おしさ。毎日、この愛情を征くんへ包み隠さず伝えよう。征くんの心が僕の愛情でいっぱいになるように。



   この日から、僕には、宝物が、出来ました

   “征くん”というひとりの大切な弟が





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