テツヤ兄さんはきっとずっと、僕と“兄弟”でいたいのだろうね

登校時に呼び止められた顧問との話をしている間、ザワリと胸騒ぎがした僕は早急に話を終わらせて、体育館へ急ぎ足で向かった

テツヤ兄さんは、どこだ

到着して見渡したコートの中には、目的の人物は見当たらない

そうならば、まだ着替えているだろう

ロッカールームに向かい、ドアノブに手をかけようとすると、中から聴こえてくる黄瀬涼太と兄さんの不穏な声

珍しく何かを口論しているようで、不思議に思い聞き耳を立てていると、


『…それにしては、仲が良過ぎるっス!しかも、ただ仲が良いだけじゃない……』


黄瀬涼太が一段と声を張り上げた言葉を聞いて、嫌な予感がした


『…俺、前々から、怪しいと思ってたんスよ……、』


僕達“兄弟”の事を、他人の目から判断され、他人の口から指摘されたく、無い

きっと、兄さんはそう感じて、深く傷付くはずだ

僕自身は、他人からどう見られようと、どう言われようと、どうでもいい

大好きなテツヤ兄さんが中心となっている僕の世界には、彼以外の人間が存在しないから

そう、テツヤ兄さんが傷付けば、僕も彼の心に呼応して傷付くだけの仕組み

僕の大切なテツヤ兄さんを、傷付ける奴は、誰であろうと、


『少なくとも…絶対に、赤司っちは、黒子っちを、“兄弟”だなんて思って、無、』


この僕が、ユルサナイ


『黄瀬涼太、』


あぁ、なんて、かわいそうに

今にも泣き出しそうなカオに、ズキリと心が痛む

僕が兄さんから目を離した隙に、こんな目に遭うなんて

やっぱり、僕らは片時も離れちゃいけないんだ

でももう大丈夫、僕が雑音を切り裂いてあげる


『……征く、ん……、』

『…あ、赤司っち……、』


僕に気付いた直後、パッと、逸らされた、透明に濁る瞳

混濁しているのは、僕に対する疑念のせいだろうか

僕の瞳すら見たくない程、テツヤ兄さんはすごくすごく傷付いているんだね

僕の視線から逃れるように、無機質な床を見つめ、微かに震えている弱々しい姿

貴方が怖がっているのは、


兄さんの瞳で、僕の心を、見抜く事?

僕の瞳で、兄さんの心を、見抜かれる事?


おそらく、どっちもなのかな?

どうしようもなく怖いのだろうね、理屈や常識を捨てた真実に向き合うのは

あぁ可哀想に、僕がちゃんと守ってあげなくちゃ


『…さっきから、キャンキャンキャンキャン喚いて下らない事を問い詰めて……、テツヤ兄さんを困らせているようだね…?』


テツヤ兄さんは、聡明な人間だ

僕の表出する“兄への愛情”に秘めてきた積年の想いを、感じ取れない訳が無い

その想いを滅茶苦茶に押し殺したって、僕がテツヤ兄さんの存在を知覚すれば、死んだはずの感情は何度でも蘇生してしまう

永遠に、“不純な愛”は、止まらない

だが、無意味なループであれど、殺したフリをしなければならない

完璧な“兄弟愛”に徹さなければいけない

身体をふたりの間に割り込み、震える兄さんを隠すように敵と対峙しながら、僕の法律を改めて心の中で唱える

優しい兄さんは、何も心配しなくていい

僕たちふたりの世界へ泥塗れの足を身勝手に踏み入れた、


『…ぁ、…赤司っち、…これには深い訳が……、』


重罪に値する侵入者を懲らしめてあげるから

沸々と湧き上がる黒い感情がキレイに僕の表情へ反映されて、それを見た黄瀬涼太はひどく狼狽えている

あぁ、可笑しいなぁ、ひどく滑稽だ

馬鹿が、今更悔やんでも既に遅い


『よく聞け、バカ犬。僕と兄さんは、低脳なお前が考えている以上に、深い“愛”で繋がった“兄弟”なんだ。それを無関係な外野のお前が邪な詮索をし、どうこう口出す権利なんて皆無なんだよ。解ったら、さっさと、消えろ』


深い“愛”

その言葉に、嘘偽りは無い

僕達は、血の繋がりを超えた“愛”で深く繋がっているのは事実

たとえ、片一方の人間がモラルを無視した“愛”を根底で這わせていたとしても

“兄弟愛”を公に主張して、事実を捏造しなければいけない

ただの仲の良い“兄弟”だと、力強く宣言すれば、テツヤ兄さんの心は、救われるのだから

僕達“兄弟”の形を定義した事で、兄さんの僕に対する疑いも晴れるだろう

そう、安心したのも束の間、


『なっ、で、でも…、ふたりは、血が繋がっていない上に、赤司っちは赤司の姓を名乗って、必要以上に黒子っちを俺達から離そうと躍起になって…この年で一緒に眠るとか…おかしいっスよ!!赤司っちの黒子っちへの“愛”は、異じょ、』


僕の怒りの琴線をブチ切る、愚劣な発言によって、


ビッ…!!


『征くんっ…!!』

『!!…ぁ…あっ、…』


反射的に、穢らしいある一点へ、鋭利で凶暴な刄を向けた、


『黙れ、その口、切り刻むぞ』


自分の手が、情けなく、微かに、震えていたのを、僕は認めたく無い


『僕は、ただ、テツヤ兄さんが、すごくすごく大切なだけだ…』


真っ直ぐ、空気へ響く言葉とは裏腹に、


『かけがえの無い、…唯一無二の“兄弟”なのだから…』


僕の声帯が、哀しみで震えていたなんて、悟られたく無かった


ジワリ、


射抜き殺そうとしたはずの瞳に滲んでしまったものを、よりよって敵に見られてしまった僕は、なんて弱い人間なのだろう

自分の弱みなんか、誰にも見せたく無かった、ひとりの人間を除いて

それに付け込まれて、大切なものを奪われてしまいそうだから

僕の弱さを吐き出せるのは、唯一テツヤ兄さんだけ

そして、僕の本当の弱味は、最愛の黒子テツヤ自身なんだ





[] []





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -