好きだから、解ること

好き過ぎるから、解ってしまうこと





『黄瀬涼太くん、ですね。僕は黒子テツヤといいます。今日から僕が君の教育係です。どうぞよろしくお願いしますね。』


中学二年生、バスケを始めた俺を待っていたのは、憧れの人間ではなくどうでもいい人間

初心者の俺の教育係に任命された同い年のバスケのセンパイ

ニコリともせず、淡々と話す無愛想な透明人間

第一印象は、良くは無かった、むしろ悪かったと思う

今では全然考えられないけれど、『どうしてこんなショボい奴が俺のお目付役なんだ?』という不満が瞬時に浮かんだ

俺が初めて憧れた青峰っちだったら物凄く喜んだだろうし、それぞれのバスケ能力に長けた緑間っちや紫原っちでも異論は無かっただろう

彼らはバスケ素人の俺から見ても、“キセキ”と呼ばれる所以が十二分に理解出来るから

それに対して、上背もなく身体能力も並以下、影が薄過ぎて見落としてしまいそうな黒子テツヤの存在意義は、無色透明なまま

昔からあらゆるスポーツを軽々とこなし、天才肌と讃えられバスケ部の即戦力として期待された俺

そのせいもあって、黒子テツヤと対面した時、率直に感じた事がある

明らかに自分より下の人間から教わる事なんてあるのか??

俺はそんな高慢な疑念を抱きながらも、素知らぬ顔で淡々とバスケの基礎を説明してくれる黒子テツヤの言葉を淡々と聞き流して、淡々と完璧に指定された動作をこなす


サラッと出来て、反吐が出ちゃうな
目の前のセンパイ、ヘッタクソだなぁ
あーぁ、すっげぇ、つまんない
基礎ばっかり黒子テツヤばっかり
はやく青峰っちとバスケがしたい


お得意の、テキトーな当たり障りないヘラヘラ笑顔を作りながらも、時間が経つにつれて、イライラ不満が増大していく

確かに俺はバスケ初心者だけれど、いずれ、いや、すぐにレギュラーになって青峰っち達と肩を並べて完璧なプレーをする自信があった

はやく、はやく、追いつきたいのに

隣にいるのは、前途有望な俺とは違う、“無”の人

最低な事に、俺は黒子っちを“無能”な人間だと早合点して、思い切り見下していた

退屈な基礎練習から中々抜けられず力を持て余したフラストレーションと、それまでの挫折知らずの天狗人生からくる不遜さが相成って、そんな捻じ曲がった判断をしていた俺

とんでもなく無知で浅はかだったと、痛痛しい程いっそ清々しい程気付くのは、初めて出場した試合の日だった


ガシャッ、…ポロッ…、


自信は過信、ゴールリングに当たって情けなくこぼれ落ちるボール、自身の精神の弱さを自覚する

“百戦百勝”というスローガンが掲げられた横断幕

視界に入った瞬間、ゾクリと身震い、背中に冷たい汗が伝った

柄にもなく緊張してしまった俺は、起用してくれた監督の期待に応えられず、凡ミスを連発

役立たずな自分が恥ずかし過ぎて、もう自分で自分が何をやっているのか分からない

冷静さを欠いて頭に血が上った俺は、周りをちゃんと見てチームプレーをする余裕なんて残っていなかった

ただ、ミスをした自分を誤魔化そうとがむしゃらに点を獲りにいこうとしては失敗する、自己中プレイスタイル

不穏な空気が漂うコートの中、ひとりぼっちで足掻き続ける、楽しくないバスケをしていた

今度こそ決める、そうは思えど、頭の片隅に潜み続ける、失敗の二文字

自分を信じ切れない、微かに震える手から放たれた、ふらつくボール

何十回目かの正直、だけれど、バスケの神様は俺にやさしく微笑んでくれない

シュートをはずした人間の苦虫を潰した表情は、この日定着した光景だった

リングから弾かれたボールがコートに落ちて、第2クォーターが終わる

悪足掻きの才能無駄遣い、ベンチへ戻った俺に言い渡されたのは、交代という惨めな宣告

そこで代わりに選ばれたのは、あの黒子テツヤ

どうして、と驚き、ふざけんな、とムカつき、いやだ、と悔しくて唇を噛み締めた


『お疲れ様です、黄瀬くん』


立ち尽くす無様な俺へ近付き、気遣うように労ってくれた彼の言葉

しかし、それがプライドズタズタな俺を逆撫でしてしまい、


『…なんで……なんで、アンタみたいな何にも無い人間が、この俺の代わりに出るんスか…ホント、胸糞悪いっスね』


殴られてもおかしくない、無神経な侮辱の言葉

しかし予想に反して、最悪な八つ当たりをした俺には何の痛みも返って来ない

ただただ俺を真っ直ぐ見つめて、いつもと変わらない黒子テツヤがそこにいただけだった

驚きもしない怒りもしない悔しがりもしない、無反応

意に介さない、そんな態度がなんだか気に食わなくて、眉を顰めていると、

感じる、自分に突き刺さる、ギラリと、異様に、鋭い視線

なんだ、この、怨念じみた、激しい殺気は

ゾクゾクと悪寒がして、恐る恐るその気の流れを辿ってみると、目がかち合ったのは、

真っ赤な髪、赤と金の色違いの目をした、美しい少年

ベンチに近い観客席からこちらを見つめる、小学校高学年位のその男の子は、初めて見る顔だった

面識はないはずなのに、因縁をつけられるおぼえもないのに、自分をその二色の瞳で射殺そうとしてくるのは、何故だ?

単純に恐怖を抱き、張り詰められた緊張感から、自然に喉がゴクリと鳴る

あの視線から逃れたい、と目を逸らし瞼を伏せて、心臓の怯えを感じていると、


『そうですね…僕は、黄瀬くんには到底敵いません。君の代わりになれる器量も力も…ましてや、バスケの才能すらありませんから』


静かに自嘲めいた言葉を口にする黒子テツヤが、フッと、儚げに微笑んで、俺は急激に意識を持っていかれる

ツキリ、彼の感情が胸にかすってきて、荒だっていた自分の心が鎮まってゆく

俺は、もしかしたら、言ってはいけない言葉を彼にぶつけてしまったのかもしれない

ジィっと見つめてくる、まあるい瞳にゆらめくのは、長年蓄積された心の傷

驚きも怒りも悔しがりもしなかったのは、これが初めてじゃないからだ

言われ慣れ過ぎて、怒りを通り越してしまったのだろう

これまでずっと、あらゆる心無い人間に暴言を吐かれ続けてきたんだ、この小さな少年は

いくら黒子テツヤが無表情だからって、無感情である訳がないのに

俺は自分の保身の為に彼を傷付けた、最低最悪な人間なのかもしれない

そんな汚ない自分にやっと気が付いて、バツが悪くなる

黒子テツヤの傷を知って、濁流のように押し寄せる罪悪感


『…あの、…黒子クン………俺、…』


謝罪の言葉を出そうか迷っていると、タイミング悪く、集合のホイッスルが遮ってきて、


『じゃあ、僕は行きますね』


黒子テツヤは俺に背を向け、真っ直ぐ前を見て、歩き出そうとした

振り返りもせず、離れていく小さな体

それが、どうしてか、すごく、つらい

いつも、隣にいてくれたのに、ひどいよ

俺を置いてけぼりにするなんて、


『…待って!…っ、…ぁ……』


反射的に、出てしまった、思いがけない制しの言葉

自分でもどうして引き留めたのか、理解出来なくて、混乱する

黒子テツヤは足を止めて、びっくりしたように再度こちらへ向き直ってくれた

それが、嬉しくて安心するなんて、もう答えはほとんど出てしまっているのに、


『あの……、試合、頑張って下さいっス……』


どさくさ紛れに言えたのは、ぶっきらぼうな応援の言葉

先程の横柄な態度も加味されると、普通の人間ならば、それが嫌味に聴こえて気分が悪くなってもおかしくない

だけれど、黒子テツヤは、普通の人間ではなかった


『はい……、頑張ります。僕は黄瀬くんではなく僕自身の役目を果たしますから…どうか見守ってて頂けたら嬉しいです』


おどろいてみつめてうれしそうにわらって

弱ってる俺に、そんな笑顔を初めて見せるなんて、反則だ

そして、独自のプロフェッショナルなプレイスタイルを隠し持っていたなんて、黒子テツヤは俺を惚れ殺す気に違いない

彼の素晴らしいパスの数々を、食らいつくように凝視しながら、強く願ってしまった事

あんなに待ち焦がれていた憧れの人よりも、はやくはやく、黒子テツヤと共にバスケがしたい、と


『黄瀬くん、君の本当の力を、みんなに見せつけて下さい。ずっと僕が君を見てきて確信しましたから。君にはバスケの才能が溢れている…“キセキ”のみんなのように。だから、自分の力を信じて、一緒にバスケを楽しみましょう』


第4クォーター、夢のような時間が始まって、本当の笑顔で終了のホイッスルを聴いた





『黒子っち、』

『黄瀬くん、…何ですか、その、黒子っちって』

『俺は、尊敬する人をそう呼ぶ事に決めてるっス……』

『…僕を、尊敬?黄瀬くんが…?』

『黒子っちのプレイスタイルは…俺には、きっと、真似出来ない。黒子っちは俺の代わりにはなれないって言ったけど……黒子っちこそ、誰も代わりにはなれないバスケ選手っスよ』

『…………、』

『……、って、俺が偉そうにそんな事言う資格なんてないっスよね…』


あぁ、


『…ありがとう、黄瀬くん…嬉しいです』


好きに、なってしまった


君の、やわらかな笑みに、心を奪われた


全身へ急激に愛しさが巡り出して、彼を抱き締めずにはいられない


そうして、黒子テツヤへ、つい、伸ばした、手を



『オイ、貴様、テツヤ兄さんを侮辱した分際で、気安く触れようとするな、切り殺すぞ』



危うく、切られそうになった、赤い鋏を手にした、あの赤い少年に



それが、俺の宿敵・赤司征十郎との邂逅だった







黒子っちを好きになった途端、過敏になった黒子っちに関する感覚

黒子っちを守ろうとする赤司征十郎の瞳にゆらめくもの

それは、




“黒子テツヤは僕のモノだ”




異常なまでの、独占欲




その原動力は、“兄弟愛”からくるものだと、勘違いしていたあの頃

赤司っちが中学に進学して、同じ校舎で同じ部活動をしていく内に、黒子っちへの接触を執拗に妨害してくる彼の言動から、その間違いに気が付き始める

それは、彼らが血の繋がらない兄弟である事だけでは理由にはならない

そんなものを抜きにしても、疑わずにはいられなかった



確証は、

ふたりの仲を問い詰めた俺へ見せた、

黒子テツヤには、きっと、見せていない、

どんな言葉よりも行動よりも何よりも、

彼の心の底に隠された真実を物語っていたもの





「かけがえの無い、…唯一無二の“兄弟”なのだから…」





くるおしい程いたましい程

純粋無垢な“愛”を

ジワリと滲ませるかなしい瞳


解らないほうが、良かった


黒子テツヤが望む

“兄弟”という繋がりを

どうしても断ち切れない

“兄”からの“弟”への“愛”に

雁字搦めにされた

赤司征十郎が、そこにいたことを






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