あの時、彼は何を言わんとしていたのか、ハッキリとはわからなかった。それでも僕が改めて強く感じたのは、彼が僕に対してひどくやさしい、ということ。これまで僕は、周囲の人々から忘れられてばかりで、認識という自然行為すら受けずに生きてきた。普通の人間が、なんの気なしに与えられるやさしさは、消えた僕の元には届かない。そんな自分を諦めるのは、僕は影だから仕方ない、という自己暗示でどうにか達成出来たけれど。彼は、僕の存在価値を、諦めずに信じてくれている。僕にやさしくない世界の中で、飛び抜けてやさしい、神様みたいな男の子。黒子テツヤを、この世界の背景を成す影ではなく、ひとりの人間として、あらゆる感情を向けてくれる。みんなは、君を、怖い厳しい冷たい、などと口にするけれど、僕は安易にそうは思えなかった。君が僕の潰れかけた心臓をやさしくいたわってまもってくれるおかげで、僕はやっと呼吸が上手く出来るようになったのだから。やさしいひと、そんなやさしいひとを、くるしませている。それはきっと、僕しかいない。今にも、壊れてしまいそうな、誰よりも強く気高い君の肩が、カタカタと震えている。ずっとずっと、押し殺し続けていたのですね、自分の本心を。僕を想うあまりに、自分の心を犠牲にする人を、


「嗤えません」


長い沈黙の後に、ポツリと一言
シ……ン…、痛痛しい静寂が訪れる


「ハハッ…いっそ、嗤ってくれたら、諦めがつくのにね。…もしかしなくても、嗤えない程僕の好意が気色悪いから…無表情の裏側でその顔を嫌悪で歪ませるのかい?」

口火を切った君の質問、薄暗い色をしているのは、きっと僕を疑っているからだ、あの時の僕のように。その一見人間として汚い行為の、根底にある気持ちを、僕は知っている。

「じゃあ、わらってもいいんですか?」

僕の直球の言葉に、潤んだ二色の双眸を大きく開き、瞼を伏せる赤司くんは、僕と同じ臆病な人間だ。

「…お前が、嗤いたければ、嗤えばいい…黒子テツヤへ抑えきれない程の恋慕の情を抱いている気色悪い男、赤司征十郎をな…」

卑屈になるのは、自分を否定せざるを得ない、とてもとても辛くて苦しい経験をした為に、自分を信じる勇気がないのですね。僕を好きな自分の心が正しい、と信じる勇気が、今の君には湧かない。自分が誰よりも何よりも正しいと信じている君が、自分を信じきれない。


僕が君の心を拒絶する、と


「わらうしか、ないじゃないですか、」


怖くて怖くてたまらなくて、僕を信じられない


「笑う、しかないですよ」


ねぇ赤司くん、お願いだから信じて下さい


「うれしくて、うれしくて、たまらないので、笑ってもいいですか?」


僕を見つけて守って信じて愛してくれたやさしい君を、僕が好きにならない訳がないのですから

僕の本心を、どうか、信じて下さい


「ずっと、待ってました、君の“好き”を。君が、僕に、やさし過ぎる理由を、知りたかった。君が、僕を、“好き”で、やさしいのならば、この上ない幸せだと、夢見ていました」


僕が自分の本当の想いを言葉にする中、無感情で茫然とする赤司くんは、とても美しい人形のようだった。やがて、ポロポロと涙が雨垂れのようにこぼれてきて、彼はやはりあたたかい心を持った人間なのだと再認識する。


「……本当なのかい?…信じて、いいのか…?」


僕も何度も、君の言葉を疑いましたね。どうしても信じられない程、すごくすごく嬉しかったから。


「えぇ…君の想いを信じられなかった僕を信じるのは難しいのかもしれませんが……どうか信じて下さい、僕の想いを」


きっと、君も、信じられない程の喜びが、生まれているのでしょう。


「大好きです、赤司くん」


君のせいで、僕は嬉し過ぎて、生まれて初めて、笑顔が弾けちゃいました。


「……テツヤっ!!」


だから、赤司くんも、安心して、僕のように、


「その笑顔を、ずっとずっと見たかったんだ……」


笑って、ください


「ずっとずっと大好きだった…お前を愛しているんだ、テツヤ」


笑顔の君は、燦燦と輝く、僕の太陽だ

君という愛おしい光に満ち溢れて、ひっくり返ってしまった、僕の世界

さよなら、わらえない翳りの日々たちよ

僕は、赤い光に溶けて、生きていく





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