わらったところ、みたことないの



雨曇が立ち込める空間で、君と僕はふたりきり。わらえない、状況。僕を壁際に追い詰め、両腕で逃げ道を塞ぎ、強制的に向き合わせ、ある質問を投げかける。


「テツヤ、僕がお前を好きだと伝えたら、嗤うかい?」


嗤う訳が、なかった。何故なら、嗤えない表情を僕に向ける、僕を本気で好きな人間が目の前にいるからだ。切なげに、狂おしく、甘やかに、恋心を綴る君は、嗤ってなどいない。ただただ、綺麗に、スゥーっと、高純度の雫を、美しい瞳から、生み出していた。その成分は、僕に対する、紛れもない“好き”だ。これは、衝撃的な事実、なのかもしれない。一般論を基に考えるのならば、すんなりとは受け入れ難い、ある種の恋情。だが、僕の中では、さしたる驚きはなく。心の片隅に潜んでいた、不確かな予想が的中、しただけ。現状として、遂に、本人の口から、揺るぎない確信を与えられただけ、だから。冗談ですよね?ではなく、やっぱりそうなんですか、という感想。いつからだったろうか、赤司征十郎が黒子テツヤを特別視したのは。もしかしたら、出逢った瞬間からだったのかもしれない。初めて言葉を交わす前に、自分が遠巻きに見てきた赤司征十郎は、全てを達観しているような光のない瞳をしていたように思える。そして、自分を見つけ出した時、それまでの彼からは見受けられなかった、光のまたたきがキラキラと輝いた気がしたのです。それは、はじめ物珍しさから来る一種の好奇心であれ、全てを知り尽くしている彼が未知との遭遇をしたと言っても過言ではなかったのだから。




『テツヤみたいな人間がこの世にいるんだな』

ある日、僕にそう言った、赤司くん。

『いや、それは、こっちのセリフですよ。赤司くんみたいな完璧超人、僕は初めて出会いました』

僕はこの世に存在するものではない、とするならば、生きている幽霊かもしれないな、そう自嘲しながら、尊敬の意を示した言葉を返す。

『そうかい?僕はこんなにも空気に溶け込む人間、初めてで本当に驚いたよ…気を付けないと見失ってしまいそうな美しい透明感だからね…まぁ、僕は必ずテツヤを見つける自信があるから大丈夫だけれど』

影が薄い、だと、ネガティブな色を心に塗り付けられるのに、彼の放つ言葉達はどれもこれもポジティブな色ばかり。そんな風に、自分を評価された事なんてなかった、赤司くんに見つけられる前までは。口煩く言われ続けた薄暗い言葉達が僕の体に繁殖している中で、彼の鮮やかな言葉達が浸入し始めていたけれど、あの頃の僕はやんわりと拒絶反応を起こしていた。アレルギーショックに陥ってしまいそうです、僕には似合わないキラキラ輝く希望は。

『…僕はただ、人より極端に影が薄いだけですよ。赤司くんの表現は、とても綺麗過ぎて…なんだか申し訳ないです、』
『“こんな僕に”、と言うんだろう?』

言うつもりだったお決まりの言葉は、それを代わりに言う才気溢れる彼には、とても似合わない。見抜かれている僕の卑屈さ、それを指摘する彼は、悲しんでいるような怒っているような、複雑な表情で、僕は何も言えなくなった。

『…テツヤは、自分を極度に卑下する所が少ない欠点のひとつだね。人によっては、影が薄いという簡素な言葉で片付けるのかもしれないが、それはテツヤの事を何も知らない愚鈍な人間が考えなしに口にする下らないものさ』

僕になのか、僕をないがしろにする世間一般になのか、彼は苛立ちを露わにする。その不満は、いつかの僕の中にあったものでもあるけれど、どう足掻いても自分は踏みつけられるだけの影だと諦めて、世論を支持して力を抜いた。いつかの僕を見ているかのような赤司くんは、唯一僕を心から支持してくれているのですが、

『そうでしょうか…』
『あぁ、そうだ。僕の言う言葉は信じられないかい?』

信じたくても、信じきれない。自分の事は、自分が一番よくわかっているから。キセキと称賛され勝利しか知らない彼のような人間が、正反対な僕をわかるはずもないと、根底では疑っているから。やさしい君を信じきれないでいる。やさし過ぎて、信じられないから。こんな僕の下らない猜疑心まで、君に見抜かれているだろうか。

『…いえ、決してそういう訳ではないのですが……赤司くんは、僕という取るに足らない存在を買いかぶり過ぎな気がして…』

君には、嫌われたくは無かった。その為に、本心を濁しながら、君の盲信を薄暗い言葉で否定して、

『テツヤ、』
『…!……あっ、』
『もう、やめて』

純粋なおもいやりを、痛めつけてしまったんだ。

『これ以上、他ならぬお前に、僕の想いを否定されてしまったら、とても哀しいよ』
『…ぁ…すみません、赤司くん…』

そんな顔をさせたかった訳ではないのに、僕は彼をひどく傷つけてしまった。自分が傷つきたくなくて、自分を守ってくれるやさしい人を、傷つけるなんて、僕は本当に臆病な利己主義者だ。最低だ、口の中に苦くて塩からいものが広がり、僕の無表情を歪ませる。そうすると、

『……ぁ、あ…違うんだよ、テツヤ…僕はお前を責めたかった訳ではなくて、ただ、…お前に、…っ、あ、ダメだ…、』
『赤司くん?』

急に赤司くんは大きく動揺し始めた、今にも泣きそうな表情で。いつもの彼なら、例えば緊急事態が起きても全く動じずに解決の指揮を執る、冷徹無比な人間だ。なのに、今僕の目の前にいる彼は、情緒が不安定になりひどく取り乱している、誰も知らない赤司征十郎。彼の完璧さを崩したのは、僕?え、どうして、君は、そんなにも、

『…あかし、くん、…きみは、』
『!…すまない、…大丈夫だよテツヤ、何でも、ないんだ』
『……、…そう、ですか。そうなら、いいんです…』
『…とにかく、テツヤはもっと自分を認めた方が良い。お前は僕が見出した、特別な人間なのだから』
『…はい、ありがとうございます…赤司くん』

訊きたかった言葉は、心の片隅にそっと置いた






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