ピンポーン…カチッ、ガチャリ、


「あっ!黒子っち!!…えへへ、会いたくて会いに来ちゃったっス!」


突然の訪問者、それは同じバスケ部に所属し、何かと僕に構い倒してくる友人・黄瀬涼太くんだった。押し掛け女房よろしく、押し掛けワンコ。モデルもこなすイケメン代表のくせに、その頭からはピーンと立った耳、お尻からは左右に勢いよく振るしっぽがあり、ご主人さま大好きな犬っころにしか見えない残念ぶり。


「黄瀬くんですか…僕は今勉強中です…それに突然のアポなし訪問はやめ、」

「おい、今すぐ出ていけ、この駄犬」

「あっ、赤司くん!」

「えっ、…な、なんスか?!この子!!」


僕の後ろにいたはずの赤司くんは、何時の間にか僕と黄瀬くんの間に割り込んで、あの鋏を彼曰く“邪魔者”へ向けて威嚇している。彼のカオは僕からは見えないけれど、黄瀬くんのカオはひどく引きつっていた。後姿しか見えない僕にも伝わってくる、赤司くんの殺気立ったオーラ。どうしてここまで、彼が怒っているのか、僕には到底理解出来ない。だって、赤司くんは、僕の、


「僕はテツヤのカテキョ兼カレシだ」

「え」

「ええっ?!?!」


天才小学生家庭教師、のはず。あれっ?赤司くんって僕のカレシだったんですか?あぁ、そうか、だからさっき押し倒してきて……いやいやいや、違う、そんなはずない、ありえないでしょう。


「赤司くん!貴方はカテキョですがカレシでは無、」


無い、と完全否定しようとすれば、振り返った小さな男の子は、途端に赤色の瞳が揺らめき出す。ウルウルウルウル、まるでチワワのように潤んだ罪悪感を抱かせる姿。あ、ヤバイ、赤司くんを傷つけてしまったのか、いやでも、誤解されちゃ困るし、ど、どうしよう…。


「ひどいよ…テツヤ…僕の心を弄んだの??」

「えっ?!そ、そんなつもりは…、」

「うわあああん!僕はテツヤの事本気で好きなのにっ…!全力で心を込めて手取り足取り腰取り熱い戦いを繰り広げたのにっ…!!僕の愛を裏切るなんてヒドイよぉっ…!!」

「ちょっ…?!赤司くん!話を捏造し過ぎです…!!」


こんな赤司くん、見た事がない。恋人に裏切られ悲痛な叫びをあげる失意の人を見事に演じている。しかもそれが小学生だから余計にこちらの良心が痛む。この昼ドラめいた状況、どうやって収拾しよう。とりあえず、涙をボロボロこぼす赤司くんをぎこちなく抱きしめて背中をさすってあやしていると、僕の背中にも彼の腕が回されてキツくキツく抱き締められる。赤司くんは、意外に甘えん坊なのかもしれない。妙に強引だったりグイグイ迫ってきたり名演技で状況を引っ掻き回したり…厄介な男の子だけどやはり憎めない。そんな彼が可愛くて優しく頭を撫でてあげると、僕の胸の中にいる赤司くんは、こちらを見上げて不服そうに睨みつけてきた。なんとなく、“僕はコドモじゃない”と強く訴えかけているように。

と、そこへ、ガクン!と何かが落ちてぶつかった音が聞こえてビックリする。反射的に目を向けると、玄関の床に膝を打ち付け、四つん這いになり項垂れている絶望の人。


「…く、くろこっち…それ、ほんと?…うそ、ッスよね…?だって、くろこっちは、じゅんけつそのものッスよね…?」

「えっ、あ…そういえば黄瀬くん、いたんですよね…スッカリ忘れてました」

ボソッ「チッ、邪魔だな…さっさとハウスしろよ雑魚犬が…」


顔面蒼白、ブルブル震える、黄瀬くんはどこからどうみても様子がおかしい。何がそんなにショックだったのだろうか。不思議に思っていれば、急にピタリと震えが止まる。そうして次の瞬間には、


「ひどいッス!ひどいっスーー!!黒子っちぃいいいぃいっ…!!!俺というものがありながらっ…そんな生意気でクソ意地悪いガキンチョに貞操を奪われていたなんて…悪夢ッス…こんな寝取られ展開最悪っスーー!!」

「ちょっ、黄瀬くん、静かにして下さい!!ご近所にまで、誤解され、」


突然噴火した黄瀬くんは異様にキンキン響く声で喚き出した。ヤバイ、このままでは近所の人にまで誤解されてある事ない事触れ回されてしまう。今すぐ止めなければ、


「オイ貴様、誰がガキンチョだって?ふざけるな…」

「うっ…!…だっ、て…どこからどうみても、アンタ小学生じゃないッスか…」

「…バカめ、僕はれっきとしたひとりの男だ。年齢なんて恋愛に関係ない。僕はお前よりも誰よりもテツヤを愛している。寝取られるも何もテツヤは元々僕のモノなのだから、無関係なお前がヒステリックに泣き喚く理由がどこにある?足りない頭でも理解出来るだろ?お前はキャンキャン吠えるだけの、ただの負け犬。僕はテツヤの心も身体も支配した、勝者であり恋人なんだよ。」


凛としているのに、重くのしかかる声が、僕を守る。言っていることは事実無根、めちゃくちゃなのに、彼の本気が伝わってきて笑い飛ばす事なんて出来ない。愛している、の言葉を、素直に受け入れる僕の心、どうなっているの?解らない、僕は彼を嫌いじゃない、一筋縄ではいかない、やけに大人びいた男の子だけど、綺麗で賢くて愛らしくて、そばにいて苦痛じゃない、むしろ心地良い、こんな気持ち初めてで、自分の気持ちがよく解らないまま、


「うっ、…うわぁぁああんっ!!覚えてろっスーー!!!」

「あっ!黄瀬くん!!」

「はっ!口ほどにもないな、ガキ犬が…さぁて、テツヤ……さっきの続きを…、いや、気分転換に保健体育の勉強をしようか…ちゃんと実践でレクチャーしてあげるよ??」

「へっ?け、結構です……僕は英文の続きを…えっ、ちょ、や、」

「僕に、任せて」

「待っ、」



赤い唇は、焦れたように、襲ってきた



どうしよう、逃げなきゃいけないのに、逃げられない、逃げなくていいなんて、そんなことを思ってる僕は赤司くんに心を囚われ始めているのでしょうか?








第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -