キスぶちかまし事件から約一週間後。昼休み、学校のトイレの中、個室のひとつからウ〜ンウ〜ンという声が聴こえる。苦しげな唸り声、一体どんなモノを生み出そうとしているのだろうか。他のトイレ利用者が彼の事を気にしながら用を足すが、中の人物は一向にそこから出る気配はなく、悩ましい声をあげている。白い便座の上、優雅に脚を組み、顎に手を添えているのは、赤司征十郎その人だった。現在彼は、とある悩みを抱えてる。初恋の相手・黒子テツヤが口をきいてくれない、そばに近づく事すら許されず、無視され、一方的な絶交状態。打たれ弱い赤司は大きなショックを受け、この事態をどう打開するか思考を巡らした。しかし、どんなに頭を悩ましても、自分の犯した過ちには気付けなかった。それ程までに彼は認識出来ずにいたのだ、自身の一般的常識との大きなズレを。どうして黒子に絶交されてしまったのか、一目瞭然の理由を理解していない。そんな彼の方が常人には理解し難いといえる。完璧人間と褒め称えられる彼だが、恋愛でな正常な感覚が欠落した不完全人間だ。何らかの問題が発生した場合、普段の彼ならば人に相談する事は一切ない。何故なら、自分の頭で一番正しい方法を見つけ、寸分の狂いもなく正解へと物事を運ぶ力を持っているからだ。しかしながら、今回ばかりは、自信に満ちた正しい方策が浮かばない。そもそも何で黒子が自分に対して激怒したのかも分からずじまいで、解決の糸口すら見つからない。ただ一つ、本能的な仲直りの方法は既に見つかってはいるが…それを強行すべきか否か、悩みどころである。このままでは埒があかない。いっそのこと、プライドを捨てて腹を括るか。そうして赤司は長々と居座った便座から立ち上がりトイレを後にする。昼食を食べ終えた生徒達で賑やかな廊下を、黒子の事を考え過ぎて眉間に深い皺が彫られてしまった赤司が通る。視線で人殺しが可能な険しい表情、近付けば毒されそうな禍々しいオーラ、そこにいる全ての者が赤司を避けてひれ伏しそうな勢いだ。当の本人は黒子テツヤで頭がいっぱい、周囲の反応など気にする余地もないのだけれど。ズンズンと歩み進め辿り着いたのは、ある人物がこの時間に過ごしているという屋上。八方塞がりの赤司は生まれて初めて、友人に相談するという選択肢をとり、重い口を開いたのだった。


「黒子が口をきいてくれない」
「へー、ふーん」
「おい、鼻をほじるな。俺の悩みに興味を持て。とにかくどうにかしろ、アホ峰」
「おい、アホ峰ってなんだよ、ふざけんな。アホはアホでも真っ向からアホ呼ばわりなんてされたくねーよ」
「はぁ…どうしよう、アホ峰…大好きな黒子の心を掴む為に、一発キスをぶちかましてみたのだが…何故か最低呼ばわり、終いには絶交された」
「お前こそ人の話聞けよな…つーか、何故も何も当たり前の結果だろ、バカ司」
「なにっ?!この俺をバカだと?!アホ峰のくせに生意気なっ!こうなったら絶交だっ!!」
「あ?別にいーぞ。俺にはテツがいればそれでいーし」
「え」


黒子の親友であり相棒の青峰に相談してはみたものの、バカ呼ばわりされ終いには絶交。しかも青峰のそばには黒子がついている。思わぬ失敗、墓穴を掘ってしまった。これでは、ますます黒子から遠ざかり、大きな繋がりが断ち切れる。感情に流されて失言した赤司は、ガクンと膝を地面に打ち頭を抱えた。自分から絶交すると言った手前、撤回するのも気が引ける。青峰はこちらが蹲ってプルプル震えて後悔しているのも気に留めず、グラビアアイドルの雑誌を発情サルのようなアホ面で眺めているではないか。この余裕、やはり黒子と堅い友情で繋がっているからか、羨ましい。すごくすごく羨ましい。気兼ねなく黒子のそばにいられる青峰になれたら、どんなに良かっただろうか。それに引き換え、自分ときたら…。悲しみと悔しさに沈む赤司が下唇を噛んで泣きそうになるのを堪えていれば、


「…バカ司さんよぉ…情けねーカオすんなよな。とりあえず、お前は極端なんだよ。キスをぶちかませばテツがお前を好きになる根拠がどこにあったんだ?お前は突発的にテツを好きになったのか?それなりに段階があっただろ?だからテツがお前を好きになるには少しずつ段階を踏ませなきゃいけねーだろ。付き合ってもいねーのにいきなりキスされたら誰だってビックリするだろうが。赤司…テツの気持ち、もっとちゃんと、考えてみろよ」


あのアホ峰が珍しく、真面目に赤司へ諭し始めたではないか。手元で開いている如何わしいページとは裏腹に、その口から語られる言葉は至極真っ当で、その天と地のギャップに赤司は驚いた。目をひんむく程驚き過ぎて、青峰の有難いお言葉を半分も理解出来ないという悲劇が起こった。ただ、最後の黒子の気持ちをよく考えろというフレーズだけは頭の中へインプットされる。赤司は問題解決の手掛かりを与えてもらい、意気消沈していた瞳へいつものような力強さが舞い戻る。


「アホみ、……いや、青峰…ありがとう…僕の大切な黒子の気持ち、じっくりしっかり考えてみるよ…」


こうして赤司は正常な判断能力を獲得した…、



かに、見えた







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