「灰崎ィ…オメー、ちょいちょい手抜きしてんじゃねーぞ!コラァ!!」

「イッテェェエエエ…!!頭潰れるっ手ェ放せ…!!やめろ!やめて、くださいっ!!おねがいします!!」


今日のバスケ部の練習で、一年生は筋力トレーニング中心のメニューを与えられた。筋肉への負荷が徐々に高まり乳酸がどんどん生み出されていく過酷なメニューの数々に、皆が大粒の汗を流していた。その監視・指導についていた虹村先輩は怠け癖のある問題児・灰崎の手抜きを見つけ、いつもながらの制裁を加える。黒い爽やかな笑顔を浮かべながら、背後からゆらりと近付き、灰色の頭を鷲掴んで握り潰そうとしている姿はまさに鬼軍曹。これには灰崎もたまらず青ざめた顔で必死に解放を求めた。


「あ?放して欲しかったら死に物狂いで練習に励むと誓え。…ったく、黒子を見ろ。今にも死にそうな程ボロボロなのに、弱音を吐かず一生懸命練習してんだろーが」


すると、虹村先輩はテツヤを見つめながら、その姿勢を見習えと灰崎に注意する。汗はダラダラ、足はフラフラ、今にも倒れてしまいそうなテツヤを盗み見ながら心配していた僕は、先輩の発言を耳にして心がざわめく。やっぱり、虹村先輩は、テツヤをよく見ている。その事実は、僕にとって不都合で不愉快でしかない。


「…はぁ?アイツみんなより遅れてんじゃん。つーか、虹村サン、テツヤを贔屓し過ぎだろ!!いくらアイツが小っちゃくて弱っちいからって甘やかすなよなー。センパイはぁ、そんなにテツヤがスキナンデスカーー??」


そうだ、先輩はテツヤを贔屓し過ぎている。テツヤを贔屓するのは僕だけで十分なのに。確かにテツヤは庇護欲をそそられる小さくて弱々しい小動物のようで、非常に可愛らしいのは認める。だけど、そんな彼をとりわけ愛でててもらっちゃ困るんだ。ただでさえ、分が悪いのに。虹村先輩と仲良くなりたいテツヤが、本人から特別目をかけてもらえて喜ばないわけがない。灰崎が皮肉混じりの冗談で訊ねた質問。不安になる、その返答で僕の運命がまたねじ曲がりそうで、


「俺が、黒子を?まぁ生意気揃いの後輩中じゃダントツで好きだな。そりゃ体力なくてすぐへばるけど、礼儀正しくて頑張り屋で…何より可愛いだろ」


怖くて聴きたくない、テツヤの耳も自分の耳も塞いでしまいたかった。でも、もう遅い。虹村先輩の発言にピクリと反応したテツヤの耳はみるみる内に赤くなっていく。後ろ姿だけで、彼の表情は見えない。いや、見えなくて正解だったのかもしれない。また僕が深く傷付くだけだ。あぁもうどうして、悪い流ればかり僕へ押し寄せるのだろうか。堂々とテツヤ贔屓を認めた先輩は、自然に“可愛い”とさえ言葉にする。冗談ならよかったのに、冗談にはきこえない。


「うわっ…なに、マジに、返してんだよ……引くわ…」

「あぁっ?!なんだと?!先輩に向かって失礼な奴だな!本気で頭握り潰すぞ灰崎ィ…!!可愛い後輩を可愛いって言って何が悪いんだよ!!」

「イデデデデデデ!!!やめろ!頭蓋骨壊れるっ!脳みそ飛び出すだろ…!!」

「黒子はなぁ!小っちゃいなりに弱っちいなりに必死に頑張ってんだよ!俺が飼ってるハムスターみたいで可愛いーだろーがっ!!!」

「知らねーよ!!まず凶悪なアンタがハムスター飼ってるとか冗談も大概にしろよな!!」

「なんだと?!俺が可愛いーもん愛でてたっていーだろ!!俺だって癒されてーんだよ!必死な黒子を見てるとハムスターが回し車を一生懸命走っている姿と被んだよ…すげぇ可愛いんだからな…。家ではハムスター、部活では黒子!それ位大目に見ろっ…!!」

「…あ、あの…虹村先輩……みんなに丸聞こえです…やめて下さい…か、可愛いとか……恥ずかしいので…」


頭を握られたままの灰崎と虹村先輩が人目も憚らず口論していると、おずおずと声をかけたのは、小さくて弱い僕の幼なじみ。先程の発言が効いているのだろう、テツヤの顔は予想通りの色に染まっており、僕は思わず目を逸らした。


「おっ、わりーわりー。つーか、黒子顔真っ赤だな」

「なっ…誰のせいだと思って…!」

「ハハッ!やっぱお前かわいーな!なんだかヒマワリの種あげたくなるわ」

「…僕はハムスターじゃありません!人間です!くれるなら、バニラシェイクを下さいっ…!!」

「りょーかい。じゃあ今日の部活終わったら奢ってやる………灰崎が」

「なんで俺なんだよ!つーかいい加減頭から手放せよ!!」

「灰崎くんのお金なら遠慮しません…ごちそうさまです」

「ちょっ、」

「おう、だから今日は一緒に帰ろぜ。あ、灰崎は代金だけ置いて体育館の隅からすみまで綺麗に掃除してろ」

「はぁっ?!ふ、ふざけん…、」

「オイオイ…灰崎…逆らったらどうなるか分かってんだろーなぁ…?」

「…うっ……クソっ…、こ、今回だけだぞ!…まぁ、テツヤはヘボなりに足掻いてるからな……ハァ…仕方ねーから、俺がバニラシェイク奢ってやる」

「……ありがとうございます……、」

「…べ、べつに…礼なんていら、」

「虹村先輩、ありがとうございます」

「いーよ。お前は人一倍体力ないけど、人の二倍三倍根性あっていつも頑張ってるからな。日に日にちゃんと少しずつ成長していってるぞ、自信もて黒子」

「…虹村、先輩……。すごく嬉しい、です……その言葉で、もっと、頑張れそうです…ありがとうございます」

「…ま、頑張るのはいーけど、頑張り過ぎてぶっ倒れんなよ?ま、そん時は俺が助けてやるけどさ」

「…せんぱい、」

「…おい、…俺はただの金づるかよ…ガン無視空気かよ…ふたりの世界かよ、……やってらんねぇ…」


ふたりだけの世界、それは僕とテツヤのものだったのに、虹村先輩にとって変わられたようだ。それもこれも、抗えない運命なのだろうか。意地悪で正しい神様が僕への当てつけのように出逢わせたのは、“かわいい”や“すき”と、僕の秘めたる言葉をいとも簡単に吐き出す人。僕とは正反対、素直で妬ましい、虹村修造先輩。







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