もしもの話B
あちこちを走り回って、くぐって、通り抜けた先は、見たことある場所だった。薄暗くて誰もいない屋敷。ホグワーツからそれほど離れていない。でも、病院からはどれほどの距離だろうとか、いろいろ考えながら。見つけた。
明かりのない部屋で、埃だらけの床に座り込んでいた。願望を達成した英雄の顔ではない。私が近づいても反応せず、警戒もしないことが悲しかった。杖を持たない私は、連絡手段に悩んだけれどちゃんと追跡していた騎士団の人間がすでにマクゴナガルに一報を伝えてくれている。見つけた以上、離れるわけにもいかなかったので本当にありがたい。

「何を、しているんですか」

咄嗟に出た言葉は、かすれていた。そんな無防備な恰好で、こんな世間が落ち着いていない時に、何を。呼ばれた声に、かろうじて反応があった。重たい頭が億劫そうにこちらを向いた。生気のない目。警戒すら示さない顔。

「君は、誰だ。マクゴナガルの知り合いか」

自分のことを忘れている。それは喜びと言いようのない喪失感があった。そしてそれは、私が希望したことであり、願ったことであった。今は私の気持ち何てどうでもいい。早急に、彼の安全の確保がいる。

「私は、なぜ生きている。私は死ぬはずであったのだ」

絶望を通り過ぎて自分すらなくしたようで。ゆらゆらと寄る辺ない様子で。その一言をぽつりとつぶやいた後、彼は気を失った。

かけつけたマクゴナガル教授と病室にいた騎士団のメンバー。彼らはまず、セブルスが無事であることに安堵し、そして私を見て引いた。びっくりするくらいドン引きしてくれた。

「セシル、一つ聞きます」
「はい・・・」
「何故セブルスよりあなたがぼろぼろなんですか」
「それには、ふれないでください」

こんなに走ったのは何年ぶりだろう。東洋の魔女からの品物は鳥の姿をかたどった後、ひたすら飛んだ。そりゃあもう、追いかけるこちらの身を一切気にせずノンストップで飛びぬけてくださった。聖マンゴ院から、現実的な距離を走ってはいないはず。なぜか途中で標識と壁の隙間とか、塀の下とか、変なところを通り抜けた。今の私は土汚れとか木の枝とかでとんでもない状況なんだけど、あれがなにかしらのスイッチだったらしい。ある程度の距離を走ったのは事実で。落ち着いて自覚すれば、のどが引きつりすぎてちょっと吐き気もする。

「気にしないでください」
「けががないなら、いいですが」

私がそういうなら、と教授たちは簡単にセブルスの状確認していく。外傷は見られないけど、何をされても反応しないのは心が問題だろうという声が聞こえる。私を置いて、教授と騎士団と、マンゴ院の職員がひそひそと話していた。私が聞いてはいけない話だろうと、少し距離を置いていたら呼ばれた。

「セシル」
「はい」
「あなたにセブルスを預けます」
「え」

今なんとおっしゃいましたか。マクゴナガル教授は厳しい表情のまま続けた。

「傷のほうはほとんど治っています。あと必要なのはゆっくりと療養できる環境でしょう」
「待ってください。なぜ、私なのですか」

彼に私の記憶がないことはマクゴナガル教授にはすでに伝わっていることだ。なのに、なぜ。

「だからこそ、いいのでしょう。世間はいまだにセブルスにたいして、賛否両論でホグワーツではとても落ち着けないでしょう。少し、静かな環境が必要です」
「しかし、彼が護衛もなしにいるのは、危険です」
「そのための秘密の守り人です」

何て皮肉だ。今度は彼が、その秘匿の術で守られるというのか。

「騎士団が時々巡回にいきましょう。知人であればセブルスはおそらく、今までのこともあり気を緩めない。委細すべて、あなたに任せます」



とんでもないことになったと、頭を抱える。あれからセブルス・スネイプは眠らされ、担架で私の自宅に運ばれた。自宅というか、ただの高原にぽつんと立っている一軒家なんだけど。私とヴェルヴァルデだけで十分だった家に、もう一名追加になった。

「どうしよう」
『悩むならなぜ断らん』
「まったくもって、そのとおりなんだけど」
「セシルさん」
「うわっ、はい」

急に呼ばれてとび上がる。そうでした。今この家には、私、ヴェルヴァルデ、セブルスともう一人、いらしたのでした。

「私、そろそろ帰ります」
「あ、はい。ここまでありがとう、Msグレンジャー」
「いいえ。本当に目覚めるまでいなくて大丈夫ですか?」
「何かあったら、緊急ベルを鳴らすよ」

ふわふわとした髪の毛をした彼女は、少し視線をさまよわせた。何か言いたそうで、戸惑っている。促せば言いづらそうに口を開いた。

「本当は、ハリーが希望したんです。秘密の守り人」
「そう、なの?」
「だけど、ハリーはこれからも人が注目しすぎるだろうからと、私に」

そうなのか。あの小さな英雄殿が。

「ハリーも難しい顔をしていました。スネイプ教授がハリーをずっと守っていたことは憂いの篩で知りました。それでも」
「複雑?」
「のようです」
「そりゃあ」

こんこんと眠り続ける彼の横顔を見る。前よりやつれた。

「守ろうとはしていたけど、嫌っていたというか、苦手に思っていたのは本当だと思うよ」
「そうですよね!?」

ずずいと目をひん剥いた顔が近づいてきて驚く。

「あのいやにむかつく態度が演技だったらものすごくだまされた感じですけど、そこまでじゃなかったですよね?」
「あーうん、むしろあそこまで嫌がらせする必要はなかったはずだよね、今考えても」
「はー。スネイプ教授と仲のいいセシルさんに言われてやっとすっきりしました」

どうやら、もやもやとしていたようだ。興奮したように上気した顔がかわいらしい。

「あ、私ったら興奮してすみませんでした」
「いえいえ」
「今日は本当に帰ります。何かあったら連絡ください」
「ありがとう」

すっきりした顔で、ハーマイオニー・グレンジャーは帰って行った。急に静かになった我が家。さて。これからどうしよう。


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