後日談 @
ホグワーツがどれほど騒がしくても、ここ教授室は静かである。薬の管理上、日光は来ず、湿度を保つために外気とも極力厚みのある壁が遮る。

静か、なのです。そして、そうなれば自然と、眠いのです。

大丈夫、指示された材料の選定と下処理は終わった。ついでに掃除もしたし、教授がいつ帰ってきてもいいようにお茶菓子も準備した。ちゃんと、バジリスクの毒に関する資料もまとめた。教授はきっと今、授業中だ。グリフィンドールとスリザリンの合同授業だからまた神経すり減らしているんでしょうねー。

ねむ・・・。

どこかで蛇のあきれたため息が聞こえた気もしないでもないけど、眠い。寝る。おやすみ。





教授室に戻ってすぐに、じとりとした視線を感じた。敵が潜んでいる、わけでもない。が、理由も分からない。

「何だ」
『何が』
「何もないなら、いい」
『あれをどうにかしろ』
「…私に責任はあるまい」

つい、言い訳がましいことを言ってしまった。心底、意味が分からない。どうして、自分のソファに彼女が熟睡しているのだ。しかも、暖かくなったとはいえこの教授室は薬品庫に置いていない材料の管理のため冷えている。うたた寝なぞしていれば、すぐ風邪をひくだろう。自分の体がいかに貧弱かわかっていないのか。そもそも、成人女性が男の来る部屋で寝るとは何事だ。ローブがめくれあがって足が見えているではないか。だらしない。けしからん。まさか他の場所で同じようにうたた寝をしていないだろうな。男子学生や教員が行きかうこの学校で。ちょっと起きたら問い詰めねば。

ぶつくさと文句を言いながら自らのローブでセシルを覆う教授を、蛇はひたすら含み笑いをしつつ眺めていた。





まどろみの中で、教授の夢を見た。いつものように薄暗い教授の部屋で、いつものように難しい顔をして羊皮紙とにらめっこ。私はそれをただ、見ている。いいな。見ているのは生徒のレポートだろうか。にらめっこをしているけども、あの暗い時代の、ぴりぴりとした感じはない。
何でもない日が、とても平和だ。ついつい、自分の顔がだらしなくゆるむ。ずっといつまでも、この夢を見ていたい。でも、せっかくならば、こんな平和な日々の教授にかかわってみたい。

「せいとのですかー?」
「…そうだ」
「おなやみですかー?」
「……。採点基準を、今まで厳しくしすぎていたからな」

いい夢だ。幸せだ。教授が答えてくれた。

「なぜ、笑う」
「せいとのれぽーとになやまされるきょうじゅがみられるなんてー」
「…」

あったかい。ぬくぬくとした、まどろみの夢。

「だいじょうぶですよう、きょうじゅ」

あなたはどんな時でも、どんな手段を使っても、それで自分が傷つこうとも、生徒を守ろうとした、ただの恥ずかしがり屋のぶきっちょさんです。私はそんな教授を見れて、ただただ、幸せ、です。幸せな、夢。

もっと、そんな教授を見ていたいけども、ほかほかとした体がさらに深く、夢をも見ないところへ連れていく。そろそろ、起きないと、いけないんだけど、なー。

最後にどんな顔を教授がしていたのか、ぼやけて見えなくなって。それだけが少し、残念です。




言いたいことだけ言って、また眠りだした同僚に、私は思わずうめき声を漏らして頭を抱えた。すべてを見ていた蛇が蛇なのに腹を抱えて笑っている。生徒の課題レポートを投げつけてやろうか。

「寝ぼけているからか」
『言動は起きているときと変わりないぞ』

蛇が容赦なく訂正してくる。やめてくれ。さらに居たたまれない。あんな警戒心のない顔で。

「こやつは私の母親か」
『なんだ、母では不服か?』
「…」

セシルが浮かべていたのは、ふにゃりとした締まりのない、子どものような、それでいて慈悲を感じさせる笑みだ。私が何をしても受け入れると言わんばかりの。そんな、慈しみを受けるいわれなど、私にはないのだ。なぜセシルが私に執着したのかはマクゴナガルから聞いている。しかし、あれとてたまたまセシルを見つけたから気にかけただけだ。学生時代、自分よりも哀れだと思えるから関わっただけだ。傲慢でしかない、理由だからだ。

なのに、今でも目が離せないのは、何だかんだで世話を焼いてしまうのは、この同僚の自己管理がなっていないからで。


なんて、言い訳でしかないと、自分でも分かっている。


先日、それをまざまざと思わされたのは、マクゴナガルとの会話中にだ。どうしてそうなったのか、校長室で生徒の指導に話しをしていたはずなのに、いつのまにかセシルの話題になった。

「セシルは相変わらずですね。あなたが歩いている姿を見るだけで、今でも目を潤ませていることがあります」

セシルの、自分に対する態度が自分も知らぬ理想の母のようではないかと。いまだにセシルは生徒と並びたてるほど、年若い姿でしかない。それほど彼女自身の時間を犠牲にして成し遂げられた結果が、この珍妙な関係なのだ。

「あれは、母性でしかない。私があやつに抱いているのはもっと…」
「もっと?」
「…くだらないことを言いました」

しまった、と顔をしかめたがもう遅い。笑われるかと思った。からかわれると、覚悟した。しかし予想に反して、マクゴナガルは真摯な顔で言った。

「セブルス、あなたは自らの心を形にする練習が必要かもしれませんね」
「なに?」

意味が分からなかった。自分が、何を求められているのか。

「もう誰も、あなたを縛り付けることも、ないのですよ」
「形にする、だと。こんな混沌とした、ものを」

セシルには見せられない。今日も生徒にあいさつしてもらえたと、嬉しそうに報告するあやつに。こんな、自分が彼女に抱く心など、形にしていったい誰が得をするだろう。

「あの子はきっと、そんなあなたをも見たいと言うでしょうね」
「自分ですら保てない、これをか」
「それでもそんなあなたを、見たいのでしょう」
「そんなもの、妄信とどう違う」

セシルのためを思うならば、いっそ離れたほうがいいのかもしれない。しかし、自分以外の誰かが今の自分のように関わるのだとしたら、しかもそれが男だとしたら、考えるだけで見えぬ敵に杖を構えたくなる自分がいる。

「そういうあなただから、大丈夫なのです」
「これは、これは、凶器にもなり得る」

思わず自分の胸のあたりをわしづかんだ。

「リリー・ポッターとは、違いますか」
「リリーには、こんな」

こんな、どろどろとしたものでは、なかったはずだ。そういう自分に、マクゴナガルはほほえまし気に言った。

「誰かが言っていました。誰かのために死んでもいいというのは恋で、誰かのために生きなければと思うのは…」




『どうした。急に机に額を打ち付けて。新たな呪いの練習か』
「…聞くな。見るな。話すな」

ほう、と蛇が舌を出す。ずいぶん人間臭くなったものだと、自分を棚上げして思う。この蛇がセシルと自分の関係をただ面白がっているだけではないのは、知っている。油断すればこの蛇は自分の敵ともなり得てしまう。自分が、少しでもセシルにとって負担となりえるならば、この蛇は容赦しないだろう。即死の眼がなくなったとしても、毒蛇の王と謳われた存在だ。だからこそ、自分も冷静になれる。冷静に、ならなければいけないのだ。

『セシルが起きるまでに、その赤い顔をどうにかするべきだな』

己はその珍妙な顔が愉快ではあるがと、言葉を残して蛇は去った。余計なことを。自覚はしている。いや、待て、なぜ二人きりにした。この状況で、どうしろというのだ。もはや生徒のレポートを見ていても、採点できるわけがない。今材料の下ごしらえをしたとしても、自分の手を切りそうでさえある。

恨めし気に見た先のソファで、寝返りを打ったセシルからローブがずり落ちたのを見て、さらにセブルスは頭を抱え込んだ。



〜あとがき〜

あちこち視点が変わって読みにくかったかと思います。


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