布に包まれた感触。ローブのポケット、か?虚ろながら吾が寝ていたことに気づく。仄かに体は暖かい。人間の気配が近くにある。人間も寝ているらしい。昼下がりだ。しかし、少し肌寒い。鈍い思考の元、さらに暖かいところを目指そうと凝り固まった体を動かす。暖かそうなところ。一か所、見つける。
「ひゃう!?」
びくりと、人間が動く。が、気にせずその首筋に巻き付いて暖をとることにした。
「ちょ、ま、それ駄目、ほんと駄目っ」
吾の鱗肌は人間にとってひんやりとしているらしい。睡眠中に首が冷やされるのは飛び上がるほど驚くらしいが、知らん。吾は寒い。
「無理無理無理、ちょ、ヴァルヴェルデ!寝ぼけてないで起きて!」
名を呼ばれたため、仕方なく目を開ける。そこには若干涙目で未だ震えてる人間がいた。
『何だ、今更吾に恐れを抱いたか』
「首、駄目、絶対!」
『は?』
時々、というか割と頻繁に。この人間は訳の分からぬことを言う。水槽から(人目につかない、人を襲わないという面倒な条件の元)出られるようになったため、この人間がいかに周りから認識されず忘れられやすいか見ることができた。危うくどころか実際に人にぶつかられ、それでも気づかれぬ場面もあった。よほど魔力、というか存在が薄いらしい。
しかし、存在が異常なほど希薄であることとは別に、この人間は言動がおかしいように思う。まず人前と吾の前では言葉使いが違うのだ。本人はただの区別だというが。
そういえば、前の主も他者の前では優等生でいた(比べるのも失礼な話だ)
『そもそも、吾をローブのポケットに仕舞うとは。侮辱か』
「ヴァルヴェルデ寒いっていうから入れたのに」
蛇の体質で気温が下がれば動きが鈍る。寒さは苦手だ。吾自身が無防備になる。
故に暖を求めたのだが。聊か選択肢を誤った気がする。
『なら潔く首を差し出せ』
「気のせいかな、意味が違うように聞こえる」
『気のせいではあるまい』
何で私の周りの人ってこうも容赦ないかな、と遠い目をする人間を放置して。
改めて周りを見れば常の用務員室でないと気づく。
『ここ、は』
それどころか校内でもない。
うっそうと立つ木々にざわつく茂み。遠くに聞こえる魔法生物のざわめき。
禁じられた森だ。
「たまには外に出ようかと思って」
『ほう。引きこもりが珍しい』
「50年引きこもってたヴァルヴェルデに言われたくないよ」
『一緒にするな』
それで、と吾はあたりを見渡す。
人間が座っている横にはランチボックスと本が置かれていた。
匂いからしてランチボックスの中はサンドイッチか。おそらく出かける際に屋敷しもべ妖精に持たされていたのだろう。手を付けられていないためまた食事を忘れ読書をしていたか。だんだんとこの人間の行動がわかってきた吾に嫌気がさす。
「さて、帰ろうかな」
人間は本を閉じて立ち上がった。ランチボックスは放置するらしい。
「嵐が来るね」
そう人間がつぶやいたところで吾には関係ない。
魔法生物がうごめく森の中人の匂いを漂わせる黒い犬がこちらを見つめていようが、吾には関係ない。犬の視線がランチボックスに釘付けになっていようが、人間が満足そうに笑っていようが、吾には関係ないのだ。
「あ、ヴァルヴェルデ」
名を呼ばれ、魔法契約に縛られた吾は人間を見る。
「しばらくはネズミ食べるの禁止ね。お腹壊すから」