両片思い、私とあなた
「チョコの用意は?」
「万端であります隊長!」
「ちゃんとお手紙も入れてありましゅか?」
「もちろんであります!」
「下着も上下あわせてるでしょうねぇ?」
「ひ、ひやあああ!!!トモミちゃんのえっちい!!」

じゃあ行って来い!!と体をくるりと回され背中を叩かれる。
バシン!

「いたっ」
「早くいかないと帰っちゃいましゅよ!」
「だ、だめだめ!!まだ帰っちゃダメ!!」

言いながら彼女は大急ぎで昇降口へ向かう。
きっと彼のクラスはもうHRも終わっただろうから、向かう先は自宅か部室。どちらにしても一度昇降口で靴を履きかえるはずだ。

「(あ、でも掃除当番だったらまだ教室にいるかも!
でももし他の子に呼び出されてたら裏庭?
ってもしそうだったら私もう駄目じゃない!!)」

うわぁあああと踊場で一人顔を青ざめる不思議な少女が一人。

「剣道部だしあんな格好いいし…モテないわけないもんなぁ」
駆け下りていた階段をいつのまにかトボトボと降りていく。

彼と初めて会ったのは入学してすぐのこと。移動教室で皆とはぐれてしまい、途方に暮れていたら体操着の彼に助けてもらった。一目惚れするしかなかった。前髪だけちょっと金髪という目立つ髪型だったけど彼女は気にならなかった。それも格好いいとさえ思った。

時間がたつにつれて友達が増えた。同時に彼女の恋心を友人らが気付くのも自然なことで。けれど純粋な彼女の友達も純粋だった。ただ純粋に撫子を応援し、ちょっかいはかけられたものの色んな手助けをしてくれた。

「(全ては今日のため!!)」

再び気合を入れるとようやっと昇降口に着く。丁度目当ての男子生徒は一人で靴を履きかえていた。彼の友達と思しき子たちは周りにはいない。更に言うと女子も男子も誰もいない。奇跡的すぎる。

「皆本…くん?」
「ん?あ、大和さん」
「(私の名前知ってた!?)こ、れから…部活?」
「そうだよ」

靴を履きかえてもなおゴソゴソとしている皆本。彼女にはそれが自分を待っていてくれてるように思えた。
昨日作って可愛くラッピングしたチョコを紙袋ごと下から大切そうに持ち直す。
「あの、これ…」
「ん?あぁバレンタインか。誰に渡せばいい?」
「え?」
「庄左エ門?兵太夫?きり丸ならもう帰ったけど…。あ、虎若?」

そこから次々と出される知らない名前に撫子はえ、あ…ちょ、まっ…。と切れ切れに静止の言葉を漏らす。
「それとも団蔵かな?伊助だったら委員会で科学室にいると思うよ」

とても優しそうな笑みを携えながら言われ続ける言葉は、まるで相手と自分はつり合わないと言われているようだった。
確かにつり合わないかもしれない。相手が自分の名前を知っているだけで驚きだったけれど、彼が彼女のことをどう認識しているのかもわからない。他の女の子たちと騒ぐだけのうるさいやつと思われていたらどうしよう。
もし、もしも…嫌われていたらどうしよう。


「ご、ごめん。何でもない」
「あ、大和さん!?」

…トサッ。

彼女は走って走って走って走った。
教室に戻ろうとも思ったけれど、彼女に階段をあがる気力なんてなかった。

「(そうだよ、私嫌われてるんだよ。だから違う人の名前言うんだ!!彼女いるのかもしれない。友達の情報なんてウワサだし、確証ないもん)」

走りながらぽろりぽろりと涙がこぼれる。撫子は想いを伝える前に拒まれた。
走って走って、いつの間にか作法委員で使ってる花壇がある校舎裏に来ていた。無人の花壇。ちょうどいいやとばかりに撫子はしゃがみこんだ。

「…うっ…ふぇっぐ……うぅ………ふ」
ダメだった。一年未満の片思いじゃ何も足らなかった。もう少し勇気出して話しかけたりして、仲よくなっておけばよかった。同じ委員会に入るとか、最初に会った時にアドレス交換するとか…。

「(委員会は無理だよ、だって皆本くん体育委員だもん…。私体力ないし…なぁ)」

チョコが無駄になってしまった。せっかく手紙も書いてきたというのに…。もうしょうがないから自分で食べてしまおうか。
そう思って傍らにあるだろう袋に手を突っ込む。

「あれ?」
何も触れない手に違和感を感じて紙袋を覗くも、その中には何もなかった。手作りチョコも手紙も。
はぁ。
ため息と一緒に脱力する体。どこかで落としたんだろう。

「(もういいよ別に。誰かに踏まれてぐちゃぐちゃになって捨てられちゃえ)」

せっかく買った可愛いレターセットも無駄になった。いらないプリントの裏にたくさん下書きして恥ずかしい…告白文を…

「手紙!!」

ハッと気づいた撫子がもう一度紙袋を見てもピンクの封筒はない。
大慌てで空っぽの紙袋を片手でかきまぜても恥ずかしい封筒はない。
ないったらないのだ。

「(あんなの他の誰かに見られたら恥ずかしくて死ぬ!!!)」

撫子は必死に手紙を探す。
風に飛ばされてなければ来た道にあるはず。今日の風が強いか弱いかなんて彼女は知らないし気にもしていなかったが、どうか今の間だけでも吹かないでいてほしいと願う。
もし中を見た性格の嫌な人にネットかどこかに晒されたりしたら、彼女は恥ずかしくてそれこそ登校拒否してしまうだろう。もしいい人でも良心で皆本に渡されでもしたら彼女はどうなるだろう。

「(もう大変だ!)」

ひぃひぃともと来た道を戻る。

彼女は下しか見ていなかった。
だから角から迫る影に気付かなかったし、影の方も走って曲がってきたために気付く暇もなかった。

「ぐふっ!?」

ゆえに皆本はその腹で撫子の頭突きを受けることになったのだが。

「いった…み、皆本くん!?うぁ、ごめんなさい!あの…大丈夫!?」
「だ、大丈夫。あの、委員会と部活で鍛えてるから。アハハ…」
「…」
撫子は笑っているのか恥ずかしいのか、よくわからない顔をしていた。

ただ沈黙する二人。気まずい。
頭突きを受けて座り込む皆本と向かい合ってぺたりと座る撫子。

「(あ、手紙…)」
彼はその手に紙袋からこぼれたのであろうチョコと手紙を持っていた。
どうしよう、どうすればいいのだろう。握りしめられた手紙は封が開いている。
撫子の視線に気づき、皆本は乾いた声で話しだした。

「ごめん、僕…鈍感で」
「…。私も、意気地なしで…ごめんなさい」

今ならきちんと言える気がした。
「皆本君…あの、ね」
ぐっと両手を握りしめて下を向く顔。皆本は彼女の手に自分の手を重ねた。

「好きです」
「…え、ま…待って違うの!同情とかそんなのいらないからっ」
「僕が同情なんかで誰かと付き合うと思ってるの?」
「…そうじゃない…けど」

「僕も初めて見たときから好きだったのかも」
「かもって…」
「気が付いたら好きだったんだ。いつからなんてわかんないや」

だから、ねぇ
「付き合って」
「…はい」

***


「部活…は?」
「こんなときに好きな人より部活を優先させることなんてできないよ」

皆本はそう苦笑いした。
それもそうだと撫子は納得する。しかも両片思いだったのだから。

「でも、もう行かなきゃいけないんでしょ?」
「名残惜しいけどね。そうだ、アドレス教えてよ」

「あ、うん!私も教えて!」

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