まだまだこれから
そんなわけで、私は食堂で先ほどのおばさんの手伝いをすることになった。
こちらの文字もわからないだろうが、掃除などの雑用もやるように命じられた。


そして私は今、指の股を治療するために山本に医務室へ案内されている。
「撫子さん、野村先生のこと…お気を悪くしないで頂戴ね」

野村…?
『誰のことですか?』
「あぁ、ごめんなさい。野村先生はまだあなたに自己紹介していなかったわね。撫子さんにちょっと困った質問をした、眼鏡をかけた男性のことよ」

あぁ、あれか。少しムスッとして答えよう。

『山本さんが謝る必要はありません。それに私はご本人から謝罪の言葉を戴けるまで許しはしませんから』
「私たち忍者は人を疑う生き物なのよ。これからもあなたの話を信用せずに酷いことを言う生徒もいるかもしれないわ」

『…。なんだか忍者ってあまり良いお仕事ではなさそうですね…』
「そうね。未来には、忍者はいないのよね?」
『えぇ、私の知る限りでは。でも似たような仕事はあるかもしれませんね。もう少し詳しく教えていただけますか?』
「忍者はー…そうね、闇に忍ぶ者。城や人に仕え、任務をまっとうするもの。任務は調査や護衛、暗殺などが主かしら」

『暗殺…。今はそんなことをする時代なんですね』
「えぇ」

話しながら歩いていると突然「ここよ」と言われた。
医務室、と書かれてある札をジッと見る。口を馬鹿みたいに半開きにするのも忘れない。

「新野先生、失礼します」
「はいどうぞ」


中に入った山本のあとを慌てたようについて入ると、白い忍び装束の中年男が薬を煎じていた。

「こちらの女の子が足の指の股を切ったので…」
「あぁ、はいはい。ちょっと待っててくださいね」

皆まで聞かずとも、とでもいうように男はさっさと治療の準備をしだした。治療薬は山でも手には入るごく一般的なものを使っているのか。
とりあえず再びジッと、治療してる様と塗り薬を見つめる。

「珍しいのですか?」
『あ、はい。とっても』

新野、と呼ばれる男はニコニコと朗らかな笑みを向けた。この男も忍びだろうか。保険医にもただの小児科医を使わない…。随分徹底しているようだ。

「随分歩いてきたようですが、学園長にご用でしたか?それとも生徒の誰かのお姉さんでしょうか?」


この男は何の他意もなく聞いたのだろうが…さて、ペラペラと未来から来たなどと言ってもいいのだろうか?

『えっと…』
チラッと山本を見る。
「どうしたの?」

何を迷っているの?とでも言いたげな顔。なるほど。
『あっ…い、いいえ何でも。先生、私は未来から来たんです』
「そうですか。未来から歩いて来られたのですか。それは随分遠かったでしょう」
ははははは。

ギョッとしたように横の山本を見ると、同じようにくすくすと笑っていた。
『あっ、えっ、違います!!あー…そうではなくて、えーっと、えーっと…』
慌てたように手を振り否定する。

「わかっていますよ。ははは、冗談です」

私は顔を真っ赤にして
『恥ずかしい。穴があったら入りたいです』と言っておいた。
当然のことながら私自身はそんなことを思っているわけがない。
あんな返答をされるとは思っていなかったが、しょうもない笑いに何故私が付き合わねばならん。


二人がまだ小さく笑っていたら、鐘の音と妙な鳴き声…?いや、笑い声を耳にした。
何の声だ?いや、もしかしたらこの学園の秘密の合図かもしれん。


「今のは授業が終わりの鐘でね、子どもたちは今から休憩時間に入るのよ」

なるほど。というように頷く。
はたして本当にそれだけか…?

「新野先生、彼女をしばらく学園で働かせることになりました」
「あぁ、そうですか。保険医の新野です。宜しくお願いします」

深々と頭を下げてきたため、こちらも慌てて頭を下げる。



「さぁ、あなたがこれから使う部屋に案内するわね」
『はい!』

再び山本について立ち上がる。
馬鹿に成りきっているとはいえ、後をついてばかりではそのうち本当に馬鹿になりそうだ。いや、そんなことあってはならない。これも城の脅威となるものを潰すため。邪魔な芽を早めに摘むために、今はただ従っていればいいのだ。

あ、誰かが小走りで来た。生徒だな。音の軽さからして上級生か?
ふむ。

それでは。と振り返りながら頭を下げる。

段々近付いてくる足音と合わせるように廊下へ出ると

「わっ」
『!』

計算通り緑色の装束を着た生徒とぶつかった。
「おやおや、大丈夫ですか?」
「ごめんなさい!」

勢いがよければ転んでしまおうとも思っていたが、先に山本が外に出ていたために速度を落とされたようだ。

『すみません、大丈夫です』
口を動かしてから、あっ。と口元を隠して頭を下げた。
相手も少しキョトンとはしたものの頭を下げて医務室へ入っていく。

そういえば、口唇術は生徒らにはわかるのだろうか?
あの三人ではわからなかったようだが、先の緑色くらいの学年になれば学んでいるだろうか。
それぞれの学年の装束も知らねばな。
それよりも、未来からの訪問客だなど軽々しく口にしていいものだろうか?
さっきは保健医であったからよいものの、子供らに言うと無駄な関心を寄せ注目されるのではないだろうか。子供らにしても勉学に支障がでるだろうに…。大川はどう考えているのか。

先を歩く山本の肩を叩く。
「どうかした?」
『あまり未来から来たことは言わない方がいいですよね…?』
「あら、どうして?」

『普通、そんなこと言っても誰も信じませんし…。ここは学校なんでしょう?子供たちに妙な影響が出てはいけないのではありませんか?』
「そうね…学園長先生に後で聞いておきましょう」
『よろしくお願いします』


この女は私のことをまるで信用していない。医務室で、廊下でじっと観察していたし、さっきの新野との会話の際は顔は笑っていたが意識が完全にこちらを向いていた。


なに、これくらい構わん。生徒を手中に収めれば勝手にあっちが味方してくれるさ。
それに少々警戒されている方がやりがいがある。

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