予定調和のうち
こちらから質問はできないので2人から繰り出される質問に終始笑顔で答える。子供というのは随分好奇心旺盛だ。

「お姉さーん」
と手に筆やら紙やらをたくさん持って猪名寺乱太郎が戻ってきた。

「お、乱太郎気がきくぅ!」
「お姉さん、名前教えてください!」
よしきた。笑顔で頷きすらすらと書きやる。
すると案の定そこにいる私以外の者が口を半開きにした。

「…見たことない字」
「変わった字体だねぇ」
「お姉さんの字、なんかうねうねしてるー」

そんなことないよ!
と書く。
「なぁにこれ?」
すまないな、猪名寺乱太郎。君は善意で持ってきたのに混乱を生み出してしまったよ。予定通りだがな。

「筆貸して!」
摂津のが言って紙に少し歪な字で名前を書き出した。
「俺の名前こう書くの!」
『へぇー』
「次わたしー!…はい!」
「僕もー!…できた!」
感心したような顔をして小さく拍手した。そしてありがとう、と口にする。

「お姉さんくのいち?」
『くの…?それはなに?』
書くのとついでに首をかしげておいた。
「くのいちのこと、わからないんじゃないかしら」
「くのいちはー、忍者の女性版!忍者はわかるよね?」
頷く。文字じゃ伝わらないだろうと思ったので、記号でしるした。

「あ、これ×だ!お姉さんくのいちじゃないんだー」
「じゃあじゃあ、お姉さんどっから来たの?」
『遠い未来。かな?』

「ねぇ、これハテナじゃない?」
「あ、ホントだちょっと似てる!」
おいおい城の馬鹿部下ども、早くも子どもなんぞに暴かれていっているぞ…。

『あなたたちはいくつなの?』
「あ、またハテナだ。」
「お姉さん何か聞きたいの?」
うーん、と苦笑い。これはやりにくい。

「声も出ない上に筆談もできないんじゃ、意思疎通も大変ねぇ」
おばちゃんの言葉にも苦笑い。おや、誰かの気配が近づいてきた。

「楽しそうなところ申し訳ないが、撫子大和さん少し来てもらえますかな」
「山田先生、なんでお姉さんの名前知ってるんですか?」
「その話はまた後だ」
私は頷いて駆け寄った。そうだ、こけてみよう。

つるっ

「危ない!」
ぱしっ。と山田先生なる人は腕で受けとめた。なかなかいい反応だった。

「大丈夫ですかな?」
『あ、す、すみません!』
「お嬢さん大丈夫?」

おばちゃんもなかなか優しい人のようだ。中年女性ではよくいる程度の。口元を隠して苦笑い、そして軽く一礼して食堂を出た。


***

「待たせてすまなかったの」
座るように指定された位置は先ほどと同じ学園長どのの真正面。その周りを先生方らしい黒い装束が並ぶ。ふすまを開けられた瞬間びっくりおろおろ、今も落ち着かないように視線をさまよわせ肩に妙な力を加えて、あたかも内気で臆病な女を演じる私。
おや、上にも誰か居るな。

「学園長、入門表と似たような字柄のものが食堂にありました」
いつのまに取ったのか、先ほどの筆談の紙を山田が学園長に手渡した。ん?山田…あぁ、山田伝蔵か。確か優秀なせがれが居たと聞いたな。

「ふむ、これはおぬしの言う未来での字かな?」
『は…はい』
「では聞くが、おぬしは何のために未来から来た?」

目を少し大きく開き息をハッとのんで、慌てて首を振る。
『違います!!自分の意思で来たのではありません!いつの間にかあそこにいたんです!!』
「いつのまにか…。では戻る方法もわからないと、そういうことかの?」
『…はい、そう…なります』

「学園長、私からいくつか質問してよろしいですか?」
と唯一女性の…多分教師だろう…が手をあげた。
「好きにしなさい」
「ありがとうございます。では撫子さん、あなたがその畑からこちらに至るまでのことを事細かに教えていただけますか?」

何ともつり目の厳つい女である。肌は美しいが…強気な女は婚期を逃すぞ。

『まず…お婆さんに肩を叩いて起こされて、気がついたら茶色の粉の上に寝ていました。お婆さんから色々と聞かれましたが声が出なくて…答えられませんでした。今までそんなことはなくて…声が出ないことにびっくりして…ただひたすら泣いていました。
お婆さんは泣き止むまで背中をさすってくれて、その日はお爺さんと三人でご飯をいただき、寝ました。でも会話も何一つできなくて…えっとー…。次の日朝、お爺さんに出掛けるぞって言われて…ここまで来ました』

下を向いたり居もしない婆を思い出して若干嬉しそうにしたりと表情をころころ変えながら話した。

「ありがとう。ちなみに、道は覚えている?」
眉間に思い切り皺を寄せて思い出そうとする。元々ない記憶を思い出すわけもないが。しばらくして申し訳なさそうに頭を振った。

「それじゃあ衣服なんだけど、それはその農家のお婆さんが着せてくれたものよね?」
『はい』
「あなたの着物はどういうものだったの?」
よし来た。この1ヶ月で身に着けたひどい絵心の見せどきだ。

女がすっとサラの紙と筆を出したので嬉しそうに線を書き始めた。時には思い出す仕草をしながら、時には「あれ?」と首をかしげながらできたものは、私も見たことも聞いたこともない、これをどうやって人が着るのかというわけのわからない図だった。

それに私は更にわけのわからない説明を加える。
『ここから頭が出るんですが、ここをこうするとヒュッと縮んで体にひっつくんです!それから、ここが――』
女は紙を見ながら私の話を無言で聞き、周りの男たちは数人私の話す顔をじっと見ていた。

「よくわかったわ。ありがとう」
『どういたしまして!』
絶対わかっていないだろうに。

「学園長、私からも質問が」
「うむ、どうぞ」
今度はメガネをかけた妙な唇の男が手をあげた。さぁこい。どんとこい。
「あなたはどうしてそんなに堂々と嘘を話せるのですか?」

…は?
きっとこれは顔にも出ていただろう。他の教師共もやつの顔を見たり私の顔を見たりするが、誰も物音一つ立てず様子を伺っている。
『嘘…じゃ、ありません。本当のことです!どうして私が嘘を言うんですか!?』
「では全て事実…だと?」
『当然です!嘘は人の心を傷つけ信頼を失わせる凶器。未来では嘘をつくのは犯罪で、犯罪者は問答無用の死刑です!私はまだ死にたくはありません!』
「未来では…ねぇ」

「他に誰か質問は?」
なるほど良い忍者もいるものだ。全てを否定してかかってくるその心意気、私はお前を有能な人間と認知しよう。だがしかし、不安な目でお前を睨んでおかなくてはならん。許せよ。

「あのー…私からも質問してよろしいでしょうか?」
上からか。姿なき声にきょろきょろと辺りを見回す。
「あ、上です上」
上と言われて向くも、ただの天井板。一度学園長殿の方を見たが声など何もくれなかった。これはこのまま適当に視線をさまよわせておくか。

「どうぞ」
「あなたは未来ではお仕事はされていたんですか?」
『私はまだ学生です。勉強するのが仕事でした』
「ありがとうございますー」

結局顔は見せず終いか。声の野太さからして大分大柄な男だろうな。話し方からして少々の引っ込み思案とみた。

「ほう、勉強というのは?」
『歴史学です。王ができるまでや、どういった王が今まで君臨されてきたかを学んでいます』
「では今が君の時からどれくらい昔なのかもわかりますかな?」
『残念ながら、王族歴史しか学んでおりませんので…』
すまんな山田。

「もうよろしいかな?ワシは彼女が害ある人間ではないとみた。帰る術が見つかるまで仕事をさせようと思う!」
おぉ、そんな話を当人の前でするなよ…。

「私も賛成ですわ」
「私もですー…」
と何人かが賛同し、その声に段々嬉しそうな顔をする。眼鏡の男は未だ険しい顔をしているが…多分これは賛成数が多いな。

「では決まりじゃ。これからよろしく頼むぞ」
『ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします』
土下座などしない。そんな習慣。未来にはないのだ。

「あなたには私の隣の部屋を使ってもらうわ。いいかしら?」
『そんな、住み込みで働いていいんですか?』
「ここは町からも遠くてね、住み込みでないと働けないわよ?」
『そうなんですか、ありがとうございます』

「そうじゃ、撫子大和さんは─」
『あのー、その呼び方…なんだか少し困るんですが…』
「ではなんと呼べば良いのじゃ?」
『子どもたちと少し話していたんですが、どうもここは苗字と名前の並びが逆のようで…。猪名寺乱太郎くんは、乱太郎が名前でしょう?私は撫子が名前なんです。
この時代ではどうかわかりませんが、畏まった場合のみ苗字で呼び、それ以外は名前で呼んでいました。そのようにしていただけると嬉しいのですが』

「ほー、文化の違いというやつですな。では撫子さん、私は山田伝蔵といいます。こちらでは親しい間柄にしか名前では呼びませんので、山田先生とでもお呼びなさい」
『わかりました、山田さん、でもよろしいですか?』
「構いませんよ」
「私は山本シナというの。くのいち教室で唯一の教師をしているわ」
『くのいち…あぁ。女性の忍者の?』
「知っていたのね、未来にもいるのかしら」
『先ほど子どもたちに教えていただきました。よろしくお願いします。山本さん、とお呼びしても?』
「お好きなように」

それからそこにいる何人かと挨拶を交わし、名を教えてもらった。残念ながら眼鏡男は早々に出て行ってしまい、名前を聞けなかったが、まぁいい。

prev next

Back/Top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -