可愛いかもしれない
「はー…。随分自分勝手なご老人じゃったのう。まぁ、よい。押しつけられたがお前さん、帰るところがないのじゃろ?簡単な仕事しかさせてやれんが、うちで働くか?」

私は悩む仕草をした。いや、これは本心で少し悩んだ。正直こんな展開は予想外すぎる。組頭ももう少し話の運びやすいようにしてくれればよいものを…。これではどうしようどうしようと悩んだ末流れで雇われる…ことにするのか、なるほど。
組頭の意向をくみ取り、私は恐る恐るといった風に頷き、深々と頭を下げた。

「して、お主名前は?」
少し逡巡したあと、紙と筆が欲しいという仕草をした。
「大丈夫じゃ、わしは元忍者でな、唇の動きだけでなんと言うとるかわかる。」
ほっほっと大川は笑う。あぁ、これからは学園長とお呼びした方がいいのかもしれないな。
そうなんですか、と感心したような顔をしておく。そんなもの忍者としてなくてはならない術の一つだ。あって当然。

『撫子大和といいます。』
「ほう、珍しい名じゃのう。まぁいい。では食堂の手伝いか事務仕事でもやってもらうとしようかの!ついてきなさい」

『その前に…ここがどこか…教えていただけますか?』
「おぉ、なんじゃ門の表札を見ておらんのか。ここは将来の忍者を育てる学校でな、忍術学園という」
『忍者…?』
「そうじゃ。闇に紛れて任務を行う、言わば影の存在じゃな。城に仕えたり、フリーで任務だけ行う者もおる」
聞いたこともあるじゃろう?と問われるが残念ながら未来には忍者はいない設定になっている。

私は視線を落としきょろきょろとし、意を決したような顔をして言いやった。

『…どうやらここは、私の暮らしていたところとは随分違うみたいです。』
「ほう。というと?」
『私は…この様な建物を見たことがないんです。それにわたしがあのご老人と会った場所、茶色い粉がそこら中にまかれていましたが、あんなの…見たことありませんでした…。』
「茶色い粉?おぬしが居たのは畑ではないのか?」
『畑?…お爺さんが確かそんなことを言っていた気も…。なんだかふかふかしていて…足下が不安定でした。』
「ではおぬしは耕した後のところを歩いたのじゃな。うーむ、おぬしは一体どこから来たのじゃ?どこかの城の姫君ではあるまいな?」

『お姫様だなんてそんな!私はただの一般庶民です!』
「じゃろうのう。顔を見ればわかる。姫君というのはもっと凛々しい目鼻立ちをなさっておるものじゃ。」

おぉ、随分とまたおかしな偏見を持ったご老人なことだ。姫や殿など色んな種類の人間がいる。きっとこの大川は仕える城が少なかったんだろう。私が正しいとは決して言えないが、顔だちなんぞうちの姫は大変貧相な顔をしている。
部下もあれは影武者なんじゃあと疑うほどどこかの農民に平気で居そうな顔をしているのだ。

『それで、いくつか質問なのですが…』
「うむ。好きなだけ聞くがよい」
『今の王様は誰ですか?』
「王…?なんじゃそれは?」
『今、この地を治めている方です』
「この地を治める…。言うておる言葉の意味がよくわからんのう」

よしよし、この調子だ。

『では、591657200にある建物はわかりますか?』
「ごぉきゅ…?す、すまんが何を言うておるのかさっぱりわからんわい」
『すみません…。これは私が居たところでの場所の表し方なんです。ここは、随分昔のようですね』
「昔?」

『まず、一つ目に聞いた王の話ですが――』
これも外国のものを採用させてもらった。国を治める王、外国ではキングやらと言われている。わが国の殿様のようなものか。国の象徴とされ政を管理し、全ての生物に愛されるという人間だ。それが国を納めたのは何千年も前で、それを知らないということはここがその何千年も前の時間であるということになる。
そして591657200。これはその王が暮らす場所のことを指す数字だ。それを知っているのが生きる人の常識。

というのを砕いて学園長殿に説明した。

「随分…面妖な話じゃな。すまんが他の先生とも話してみようと思う」
『…はい。私は…じゃあ外でお待ちしております』
「いや、食堂で待っていなさい。乱太郎、きり丸、しんべヱ!」
学園長が何者かの名前を呼ぶと子供の返事がした。生徒か?

「お呼びですかー?」
「すまんがこの方を食堂へ連れて行ってあげなさい」
「お駄賃はぁ?」「ご褒美はー?」

眼鏡に現金にデブ。
なんとも先行き不安な生徒だ。しかも目上の者、学園長に物をねだるなど随分な教育を受けているとみた。
「すまんが今回は何もなしじゃ。大切なお客様での、しっかり頼んだぞ。あと職員室にいる先生方を呼んできてくれ」

「「えー?」」「わかりました」
眼鏡の子は比較的素直なようだ。先ほども何もねだらなかったし。
「こちらです」
『ありがとう。では、失礼します』


***

「お姉さん、名前なんて言うの?」
おっと、この子らでは流石に口唇術は無理だろう。
口の前で罰を作り、喋れないというジェスチャーをした。

「お姉さん喋れないのー?」
「なんでなんで?」
あぁ、そういえば喋れない理由を決めるのを忘れていたな…。不明でいいか。首を振っておいた。

「首を振るってことはー、昔から喋れないんですか?」
「違うよ乱太郎、わかんないんだよ。な、お姉さん」
正しい解釈をしたのはつり目。軽く頭を撫でておいた、が、この頃の年代は頭を撫でられるのを恥ずかしがっていたな。本人は笑っているからいいか。
「えへへっ!」

「あ、私猪名寺乱太郎といいます!家は農家です!」
「俺は摂津のきり丸!」
「僕福富しんべヱでーす!実家は貿易商をしていまっす!」

子供だからといってそんなにポンポン個人情報を出すものじゃないぞ。届くかはわからなかったが、『よろしくね』と口パクしておいた。伝わったかわからないが、にこにこしているのでよしとしよう。

などとやっていたらあっという間に食堂とやらについた。大きなしゃもじにでかでかと書いてある。
「つっきましたー!」
「おばちゃーん、お茶くださーい!」
「あらあら三人とも、今日はおやつないわよ。あら、どちら様?」

奥から恰幅の良いおばちゃんが出てきた。
そういえば少し前に阿呆のドクタケが食堂のおばちゃんをどうこうと騒いでいたらしいな。馬鹿馬鹿しくてすぐ忘れていた。確か料理が大変美味いんだったか。これからお世話になるだろうし、挨拶しておかねばな。

「学園長のお客様です!」
「このお姉さん喋れないんですって」
「学園長先生たちの会議が終わるまで一緒に待ってるのー!」

なんの打ち合わせもしていないだろうに順序良く状況説明がされる。これは面白いな。すると猪名寺乱太郎が あっ! と言いだした。
「先生たち呼びに行かないといけないんだった!私ちょっといってくる!!」
「気をつけてねぇ」


「適当に座ろうよ」
「ねーねー、お姉さん美味しいもの好き?」
笑顔で頷く。
何故か私の両隣に2人が座る形になった。
「ねぇお嬢さん、お茶熱くても平気?」
先ほどよりも勢い良く頷いておいた。ついでにありがとう、と口にしておいたが、見られてなくてもまぁいい。

「お姉さん、ここに何しに来たの?」
「お姉さんどこから来たのー?」
「お姉さんここの卒業生?」
お姉さんお姉さんお姉さん…。

「二人とも、そんな一気に質問しちゃ何も答えられないわよ。それにそんな質問喋れないのにどうやって答えるのよ。ねぇ?」
はい、お茶できたよ。とおばちゃんが持ってきた。
ありがとうございます。と口を動かして湯飲みを受け取る。

「あ、わかった。今ありがとうございますって言っただろ!」

少し驚いたが満面の笑みで頷き返す。この子は吸収が早いな。
「えー、きり丸ずるいー。僕にも見せてー」
「あら本当?おばちゃんわからわなかったわ」
「だってさっきもその口やってたんだ!」
今度は福富しんべヱに向いてゆっくり言葉をかたどった。
「おおー!僕もわかったよ!」

この子供らは単純で面白いなぁ。これを愛いというのかもしれん。

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