止まらない口
その日の朝のこと、私は組頭に呼び出された。

「今は少し喋ろう」
慌てたように首振る
「お前は頭が硬いなぁ」
照れたように口元をあげ、肩をすくめる。
「今回の任務、失敗は許されない。このために大きな時間と金をかけてきたんだ。殿は最初から、お前ならできると信じている。宜しく頼んだぞ」
眉間を寄せ口をへの字にし、強い目をしたようにして頷く。
「…ふっ、お前のそのような顔、今まで見たこともなかったわ」
何のことかわからないかのように小首を傾げる。

ふふっ…完璧だ。

ように、ように、としているのは本心では何も思っていないから。無論本心で思うのが一番なのだが、どうとも思えないものは仕方がない。この数ヶ月何も無いのに無言で泣く練習や息を荒くして泣くもした。運動はほとんどせず週に何度か城の周りを歩く程度のもの。おかげで筋肉は脂肪へと変化、見事に町娘の体型となった。
それ以外は女中の手伝いをしたり文字を書いたり、仕事中だろうに暇だと遊びにくる馬鹿共の相手をしていた。これでくの一だと気づかれることはないだろう。しかしこれで安心しきり、迂闊なことはせぬよう身を引き締めなければな。

支度をしてこいと組頭が申せられたので退室させていただいた。着物を私に着せるのは部下と女中。いつもは奥方様の世話係である女中だが、今回は農家の老婆が着せたようにするため老婆がもってそうな薄汚れた布、それっぽい着方をされた。やはり自分でやるのとされるのは見栄えが違うな。あぁそうだ、向こうでも着方がわからないようにしなければ。

準備の間もこの馬鹿な部下はやたらと話しかけてきた。

「せんぱぁい、ついに今日なんですねえ!頑張ってくださいよお?あたしらも一生懸命いっぱい考えたんですからあ!」
笑顔で頷く。口パクで頑張るね!と言ってみるが、この馬鹿にはわからんだろう。
「先輩ってぇ、ちょっと真面目すぎるところがあると思うんですよぉ。だからぁ、今回のこれ、ちょっと休暇だと思って羽伸ばして来たらどうっすかぁ?」
大馬鹿者め、任務だと何度も言われただろうに…。
滅相もない!といったリアクションをとる。両手を顔の前でブンブン振るあれだ。

「まったまたぁ!ちょっとくらいいいでしょ!先輩いつも頑張ってんだもぉん、ね?楽しんできなよ!」
そうしなって!

とまるで良案のように言うがこの女、最初に頑張れと言っておきながら休暇と思えなどと矛盾したことを言い、敬語は外れ、貴様が帯ひもの端をその足で踏んでいるせいで女中が困っているのに気付いているのだろうか?
まぁいい。そんなことはどうでもいい。

準備ができたのか、女中は立ち上がった。
「はい、これでいいと思います」
優しそうな笑顔でありがとう、と口パクで示す。
「いえ、そのような。お仕事の方大変かとは思われますが、どうか頑張ってきてください」
と手を握られた。
ちなみにこの女中とはこれが初対面である。なかなか馴れ馴れしいものだ。今回の任務などわかってもいないくせに、私などより自分の仕事を全うしろ。私の調査ミスか?世の女とはこのようなものだったのか、まぁいい。私が演じるのは遠くから来た故に不安いっぱいで臆病な女だ。これは関係がない。
私は私の仕事をこなすだけだ。

「あはっ!なんか先輩超農家みたーい!」
お前は黙れ。


***

門へ行くと農家の格好をした知らない老人がいた。
「さぁ、行くぞ」

よいのだろうか、といった風に眉根を寄せきょろきょろする。この方が組頭であることは声を聞いてわかったがな。
それにしてもここから学園までは距離があるのではなかろうか。これを歩いていくのは普通の女では辛いだろうな…。私を試しておられるのだろうか?

「せーんぱーい、行ってらっしゃーい!!」
上から馬鹿の声が聞こえる。
それを見上げ、笑顔で大きく手を振った。


***

道は大変遠かった。鼻緒で指の股は切れて血が出るわ、足は棒のようになるわ、息はまともに吸えないわで運動しないとこのようになるのかとよく思い知らされた。

「はっはっは、体力は随分ないようじゃのう。あんたをおぶってやりたいがこの老体じゃ無理でのう、すまんなぁ」
休憩にするか、と言われたが敢えて断った。あまりのんびりしていても組頭が城へ帰れなくなる。

「あんたぁ優しい子じゃのう」
と優しい目で私を見る組頭。
今の私の行動のどこにもこれといった優しさは見えない、つまり演技…。組頭の変装術にはいつも驚かされる。本当にそう思っているように見えるのだから。それどころか声も少しいつもより低く皺が寄っている。流石です組頭。

「もうちょいじゃて、ほれっ、頑張れ頑張れ」

ようやく学園に着いた頃には日がいくらか傾いていた。。
コンコン

「はーい、今開けますねぇ。
よいしょ、入門表にサインお願いしまーす」
「すまんがわしは読み書きができんでな。ほれあんた、ここに名前書きなさい」

と、いきなりここであの字を披露するのか。
入門表と書かれたすぐ下に撫子大和と書いた。外国では順が逆なのだそうで、そちらを取り入れた。そうそう、南蛮と言うのはもう古いのだそうだ。

「あれぇ?これなんて読むんですか?」
「わしにも分からんのじゃ、この子は声が出んそうでなぁ…」
「えぇー?そうなんですか!?大変ですねぇ…。学園長先生にご用事なら案内しますよ」
「いやー、有り難い有り難い。すまんな若いの」
私も頭を下げ、口パクでありがとうございます。と言っておいた。

この男は忍び装束を着ているが忍者なのだろうか?
事務と書かれているしただの事務員かもしれんな。
話し方からしてあの馬鹿と同じニオイがするが…装って隙を見せているだけかもしれん。

「こちらでーす。学園長ー、お客さまがお見えですー」
「通しなさい」

「へぇ、こりゃ失礼します」
「これはようこそいらっしゃいました。学園長の大川と言います」
「農業やっとります、平作と言います」
「して、そちらは?」

「それが今回此処に来た理由なんですけれどもね?ぃんやー、畑を見たらそこに居たもんですからビックリして。変な着物を着てたんですけどもそんな格好じゃ目立つからって女房が着替えさせたんでさ。
どこから来たとかなんだか聞いてもこの子ぁ困った顔して一切答えよらん、んで何かと思ったらこの子声が出ん言うんじゃ、んでもわしらも読み書きできんで会話がなりたたん!
わしらぁ見ての通り農家やっとるんじゃが食事もかみさんと二人でいっぱいいっぱいでねぇ。
したらちょっと遠くにこちらがあるって聞いたんで、此処でどうか世話見てやってくれませんかねぇ」

それは恐ろしいスピードで組頭は話した。矢も盾も止まらぬ?そんなものではない。これは人の話を一切聞かないタイプの、自分が言いたいことだけ言うタイプの喋り方だ。勿論普段はこんな方ではない。本当に恐ろしい変装術だ…。

「お、おぉ…ちょ、ちょっと待ってくれんか、早すぎてよく理解できんわ…」
「ほぉ、なんじゃあ先生、あんたもかい?この子もわしが話したらあんたと同じような顔しよったわ。すまんがわしはすぐに帰らんと日が暮れてしまうんじゃ。後はこの子から好きなだけ聞いてくれんか」

そして組頭は私を置いてすまんのぉー。と言いながら帰った。この計画が上がった当初に言っていた「お前は必ず学園に置いてもらえる」というのはこのことだったのか。
遠くで出門表にサインをー!という声が聞こえる。

こうして部屋には私と、この忍術学園の学園長、大川平次渦正が呆然と残った。

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