川西左近の受難



夜行バス
黒猫
いちごみるく

という題を兄から振られたので一話。


***
黒猫が目の前を横切る。

「うげぇ」
なんて不運だろうと左近は思った。
なんかもう今のだけでこれからの小旅行が台無しになった気がする。もうだめだ。

「剛。日を改めよう」
「おま。今からバス乗るってのにそれはねーわ」
「僕自信なくなってきた」
「何の?ねぇ何の?」

あーぁあ。左近は心の中でため息をついた。
進学校に通い息の詰まりそうな日々を抜け出し、気分転換にと剛が誘った小旅行。行き先は関西。夜行バスに乗ってとりあえず大阪まで。

楽しみな反面で生まれる前からの呪縛、前世の不運委員という枷が川西左近の行く先々で彼にちょっかいをかけていた。

剛は前世の記憶も持っていないし左近の記憶の端にも居ないただの一般人。
普通のツラしたフツメン。
普通の友だちのフツトモ。


「荷物お願いしまーす」
「はーい。そこに置いててください」
「…」

さっさと大きな荷物を片付けていく、制服を着たおっさん。おっさんをボーっと見ながら左近はひたすら考えを巡らせた。

これから来る不運はなんだろうか。
この人が急にお腹を下すとか?
突然タイヤがパンクするとか?
だとしたらせめて発車前がいい。まだ担当者を変えるだけで済むだろうから。


旅行に行くのが同じ時代を生きた時友や能勢、池田なんかだったら別に何とも思わなかったろう。今更だとあきらめ気味に笑ってついて来てくれたろうから。

だけどこいつを自分の不運に巻き込ませてしまうのは…。
仲良くなって随分経つ。けれどまだ心に引っかかりがある。

どんな不幸が訪れる?
今まで大した事故は起きなかったが今回は旅行だ。
目的地で不慮の事故なんかが起こると昔の仲間も呼べない、手を出せない。


「左近、さーこん!オイコラさ昆布!!」
「!?な、なんだよ剛!!」
「んだよじゃねぇよさっさと荷物預けろバカ!」
後ろつまってんだよ!!

そう言われて振り向けば苛立ったように睨みつけてくるいくつもの眼。

「ぅご、ごめんなさいっ!!」

慌てて荷物をおっさんの近くに置く。剛の方を見るともうバスに乗ったところで、ステップを上がる靴の端が消えてった。





結果的に言うと、全て川西左近の取り越し苦労だった。大阪は雑誌やテレビの通り異文化の街で、とても面白かったし、実際着いて数時間もしないうちに左近も猫のことは忘れ去っていた。

「左近ー。俺荷物入んないからそっち入れて」
「えー?しょうがないなー」

ポイッと渡されたのは彼女へのお土産だという特大いちごみるくジュース。なんでもかんでも特大なのがあったので、物珍しさで買ったもの。

試しに左近のキャリーに入れる。
「入らないこともないけど…」

ちょっとぎゅうぎゅうだ。
まぁいいかとグッと力を入れて閉めれば荷造り終了。元い組らしく計画的に時間通りの行動をとれた。

「楽しかったなぁ」
「あぁ!また来たいな!」
「初日に自信ないとか言ってたの、あれなんだったんだよ?」
「自信ない…あ」

そこでやっと左近は黒猫のことを思い出した。でも今から帰るのだ。軽い笑い話として適当に話すと剛も笑ってくれた。
気にしすぎだったようだ。


地元に着いて、じゃあなと手を振った。意気揚々と帰宅して洗い物を出さなくちゃ、とキャリーをがぱりと開けたところ…
「…不運だ。最悪だ」

荷物の上を堂々と陣取る特大のいちごみるく。
壊れた容器から徐々に漏れ出たいちごみるく。
お土産も洗い物も全て濡らしたいちごみるく。


なぜいちごみるくの容器が破損している?

あ。もしかしたらあのおっさんが荷物をぞんざいに扱ったのかもしれない。
そうだ。バスの荷台に積み込むときガンガン音がしてた気がする。そうじゃなくても走行中他の人の荷物とぶつかったとかな。

ちくしょう、あのおっさん最悪だ。客の荷物なんだから丁寧に扱うのが当然だろ


って、

「違うだろ!!元凶はあいつだよ!!なんで僕があいつの、しかも彼女なんかのお土産持って帰ってきてんだよ頭おかしいだろ!!!」

結局僕は不運だよ!
それも剛のせいでな!!
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