※パロ要素強


 この世界は狂っている。田島はそう強く思った。
 かつては緑で溢れ、子供達の楽しそうな声が響いていたこの町も、今ではその面影を微塵も残っておらず、完全に腐り果ててしまっていた。

「……しのーか、寒くないか」
「ううん、平気だよ。田島くんこそ」
「ヘーキ。大丈夫」

 この町には二人の他に人は居るのだろうか。生物は存在して居るのだろうかと疑ってしまうような、そんな空間だった。一体今は何時なのか、太陽は、月は何処にあるのか、それすらもわからないのである。

 視界は靄で遮られている所為で辺りを見渡すことが出来ない。気付くと呼吸のペースが早くなっている。ここ一帯は特に酸素が薄いのだろう。視線を移すと、篠岡も肩で呼吸しているのがわかった。あの運動量を毎日こなしていた田島でさえ苦しいのだ。女の身である篠岡ならば倍以上に苦しく、辛いであろう。しかし、それがわかっていても田島にはどうすることも出来ない。
 今までもそうだった。すぐ隣で苦しそうに嗚咽する仲間の背中を、震えるてで摩ることしか出来なかった。その背中を見て、彼らの顔を見てしまって、励ましの言葉すら出てこなかった。
 大丈夫だ、心配するなと告げて何になる。助かる見込みもない、この先どうなるかわからない自分が彼らに説得して何になるというのだ。例え告げたところで、死んでしまった彼らにとっては田島の言葉はただの嘘になってしまう。
 そう考えると、もう何も口にすることが出来なくなってしまったのだ。

 かつて共に笑い、共に泣いた仲間たち。叱られたり、喧嘩をしたり、色んな時間を過ごした仲間たち。彼らは皆、もう此処には居ない。もう彼らと過ごすことは出来ない。
 死とは一体何なのだろう。死んでしまった彼らは向こうで元気にやっているのだろうか。寒くはないだろうか。息苦しくないだろうか。そもそも、死後の世界など存在するのだろうか。
 もしその死後の世界とやらが存在するのであれば、この腐った世界で生死を彷徨いながら生きるよりも、死んでしまった方が楽なのではないだろうか。此処に無意味に居続けることが、本来の『死』という言葉の本当の意味なのではないのだろうか。

 いずれかは此処に独りで残ることになる。それはお互いに確認はし合わないものの、田島も篠岡も十分過ぎるほどに理解していたことだった。そして、田島は独りになることが何よりも怖かった。今は篠岡を危険から守るために生きていると言っても過言ではない。しかし、その生きる目的としていた篠岡がこの世から去ってしまったら。田島は一体何を目的に生きれば良いのだろう。誰もいないこの町で、腐り狂ったこの世界で、独りでただひたすらに生きる意味などあるのだろうか。
 そうしたところで、田島は最期に何を得ることが出来るのだろう。

「……しにたい」

 心の何処かで拒んでいた言葉。絶対に言ってはいけないと思い留まっていた言葉。それが今、絞り出されるかのように田島の口からポツリと零れた。

「おれ、死にたい」

 二度目となる言葉はただはっきりと、強い意志を持って生まれてきた。篠岡はゆっくりと田島に視線を寄越す。田島の表情には動揺が現れているが、瞳だけは本気であった。

「死んだら、花井たちに会えるかな」
「……」
「また、野球できっかな」
「……」
「なあ、しのーか。なんとか言ってくれよ。なんで何も言わねーんだよ」

 篠岡は田島の言葉を無視し、その場からゆっくり立ち上がると、近くにある大きなガラスの破片を持って田島にかざした。

「しのーか……?」
「死にたいんでしょう? 楽になりたいんでしょう? いいよ、死なせてあげる。そしたら田島くん、花井くんたちに会えるし野球もいっぱいできるよ」
「ま、待てよ、何でだよ。俺が死ぬならしのーかも死なねーと、しのーか独りじゃん。独りぼっちじゃん!」
「私、独りになるの怖くないもん。田島くんは怖いんでしょ? 私が死んだら田島くんは独りだもんね。孤独だもんね。いつも周りに人が沢山居た田島くんにとって、独りぼっちなんて、無縁だったもんね」
「ーーしのーか、おれ」
「いいよ、死なせてあげる」

 もう一度言うと篠岡の持つ破片は田島の額で止まった。
 田島は恐怖で体が動かなかった。全身が信じられないほどに震えている。この恐怖は何だろう。篠岡に? 破片に? 孤独に?
 いいや、違う。田島は、今目の前にある『死』に怯えているのだ。

「しのーか、俺」
「……」
「俺、いきたい。生きたいよ、しのーか。そばに居てよ」
「……うん、居るよ、ずっと」
「ごめんしのーか。ごめん」

 田島の額から破片が離れる。篠岡はその破片を足元にそっと置いた。

 強い風が二人を仰ぐ。辺りの靄が少し晴れたような気がした。

「しのーか、寒くないか」
「ううん、平気だよ。田島くんこそ」




title by 神葬

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