津々と降り積もる雪を見つめながら、かじかんだ手をゆっくりと擦り合わせた。既に手の感覚は皆無に等しく、最早冷たいのかさえも解らなかった。その手で頭に積もる雪を払い、一度小さなくしゃみをしたあと、再度目の前の雪景色に目を向けた。

 もしもこの雪に自分が埋れてしまったら、どうなるのだろう。凍えてしまうだろうか。息苦しいのだろうか。
 こんなにも白く穢れのない雪なのに、連想されるのはそんな恐ろしいものばかりである。例えば凍えてしまうことも、息苦しいこともなく、ただ津々と積もりゆく雪だとしたら、この手はかじかむこともないし、そもそも自分はここで雪を見ていないかもしれない。
 では何故、自分は今ここで雪を見ているのだろう。この雪に、自分は何を期待しているのだろう。

「ーーああ、いた。リュウ」

 突然の声に体を震わせた。振り向けば、そこには第二王子の側近である木々が立っていた。彼女も暫く外に出ていたのか、鼻の頭が赤く、頭や肩に薄っすら雪が積もっている。

「白雪が心配してた。どこ探してもリュウが居ないって」
「……うん」
「雪、見てたの?」
「……うん」

 クラリネスじゃ雪も珍しくないのにと、木々はそう言ってリュウの隣にしゃがみ込んだ。リュウは木々に帰るのを急かされるのかと思ったが、そんな様子はなく、木々も黙って雪を眺めている。

「帰れって言わないの?」
「リュウはまだ、帰りたくないんでしょ」
「……うん」
「だから、もう少しだけね」

 寒そうに肩を震わせる木々を見るとなんだか申し訳なくなってくるが、だからと言って帰る気分にもなれないリュウは、木々の言葉の通りにすることにした。



***



「ーーねえ、木々さん。この雪に埋れたら、どうなると思う?」

 リュウの問いに木々は少し反応を遅らせる。本人の顔を見ようとも、目線を寄越そうとしないリュウの表情は判断出来ない。

「俺、何回かあるよ。埋れようと思ったこと」
「……リュウ」
「こんなにきれいだから、きっと埋れたあともきれいな気持ちでいられるんじゃないかなって思った。でも、そうしたら俺が埋れた場所がけがれてしまうんじゃないかって、そう思ったら出来なかった」

 淡々と語るリュウは、誰に聴かせるわけでもなく、ただ口に出しているだけのように思えた。
 未だにちらちらと散る雪一向に止む気配はないが、先程よりかは弱まったような気がする。

「……リュウ。目を閉じて」
「え?」
「いいから、目を閉じて」

 木々に言われた通り、リュウは静かに目を閉じた。すると、目の上に冷たく、そしてどこか温かい感覚があった。木々の手である。

 そこは暗かった。
 目の前にあった筈の沢山の雪が、まるで夜の闇に飲まれてしまったかのように姿を消してしまっている。
 いいや、違う。消えてなどいない。本当は、リュウのすぐ目の前にそれはあるのだ。消えたように見えるのは、リュウが自ら目を閉じているからである。

「……真っ暗だよ、木々さん」
「うん」
「何も、見えないよ」
「うん」
「雪も、月も、木々さんも、何も見えない」

 すうっと、瞼の上の重みが消えた。それと同時にリュウの視界に光が注ぎ込まれた。闇だったそこは一気に白く眩しく変わる。その眩しさに、光に、温もりを感じる。

「帰ろうか、リュウ」

 一面に広がったのは、月に照らされる白い雪であった。





title by 神葬

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