遠くの方で雷が低く轟き唸なる。ザアザアと地面に強く打ちつける音が一段と大きくなった。先程まで水溜まりに映されていた薄暗い雲は水面に何重もの波紋が描かれている所為で今はもう雲かどうかさえもわからない。
 しかし、雨具などを持ち合わせているわけでもなく、これといって雨宿りできそうな建物も近くにないため、ただひっきりなしに降り注がれるシャワーを浴び続ける他なかった。目の前の彼はどこか不機嫌そうに、そして憂鬱そうにふたりを濡らす空を仰ぐ。

 雨に濡れた桃色の髪は、なぜか酷く綺麗に思えた。とてもじゃないが、背景の灰色の空には似合わない。髪同様、水分を染み込ませたユニフォームが彼の身体に張り付き、シルエットがはっきりとわかる。同じ性別だというのに彼の身体は自分のものと比べて随分と細い。それは本当にスポーツをしている身体なのだろうかと疑ってしまうほどである。いつか簡単に折れてしまいそうだ。
 こちらが黙ってしまったせいか、彼は不機嫌そうに視線を寄越した。お前の為に時間を使うほど暇じゃあないんだよと、皆まで言わずとも訴えていることが目を見ただけでわかる。どうやら、思った以上に嫌われているようだ。

「……神童が、アンタの話をよくしていた」
「は?」
「珍しく話しかけてきたと思ったらキリノキリノって、わざわざ待ち受けまで見せられて、こっちはオメーのことなんざ知りもしねえし興味もねえのにベラベラベラベラ喋りやがって」
「お、おい、なんの話だよ」
「だから、そのキリノってのが、あいつの女かなんかだと思ってたんだよ」

 呆然とする霧野をよそに、ほんの数週間前の出来事を思い返す。楽しそうに話す神童の口からは『キリノ』という名前が頻繁に出てきていた。しかし井吹にはその名前が一体誰なのかがさっぱりわからなかったため、剣城に尋ねるとどうやら『キリノ』は神童たちと同じ雷門サッカー部だということがわかった。当時は『キリノ』を女だと思い込んでいた所為でサッカー部というのは少し違和感があったが、今時女子がサッカーをするのはおかしいことでもないだろうし、そもそも選手ではなくマネージャーかもしれないという可能性もあると勝手に決めつけ、勝手に納得していた。そして、その『キリノ』は神童の彼女なのだと思っていた。
 あの神童が好むような女なのだ。上品でおしとやかで、きっと井吹には永遠に縁がないような、そんな人物なのだろうと想像した。デートの時なんかは神童の家で紅茶や菓子を嗜みながら、優雅な時間を過ごすのだろう。ああ、むず痒い。
 だが、そんな想像は神童の待ち受け画面を見て早々に崩れた。泥だらけのユニフォーム姿で神童と『キリノ』が楽しそうに画面の向こうで笑っている。その姿は上品さもおしとやかさも、かけらもなかったのだ。

「……おれ、男だけど」
「んなことはわかってる。思ったよりムカつく奴だったってこともな」
「なんだと」
「けど、神童とお前はそういう仲なんだろう」

 何拍かの間を空けて一気に険しくなった霧野の顔を見て、ああやっぱりと目を細める。同時に待ち受け画面を思い浮かべた。今にも楽しそうな笑い声が聞こえそうな、あの写真。
 あれは、ただの親友なんかにではなく、それ以上に大切な人を想う顔だ。

 気付けば、散々降っていた雨はふたりを濡らしたまま何処かへ行ってしまっていた。雲の隙間から漏れる月影が酷く眩しい。
 無意識に出た一歩から一定の距離を保つように、同じように霧野も一歩下がった。試しに手を翳してみれば、案の定簡単に払われる。
 それはまるで、汚い害虫をあしらうかのように。

「最後に、ひとつだけいいか」

 湿った風がふたりの頬を掠める。濡れた霧野の髪はもう靡かない。
 今度はもっと優しく、そう思ってもう一度手を翳すと、酷く嫌そうに顔をしかめたが、頬に触れても払い除けはされなかった。そのまま、一歩、二歩と霧野に歩み寄り、ふたりの間の距離を縮める。
 それでも、霧野の瞳に井吹が映ることはなかった。


title by 神葬


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