あいつと出会ったことが全ての始まりだったのだと、南雲は悟った。
 夜風に揺られる彼の髪を、自分は何度触ってきただろうか。その髪を優しく撫でてやると、気持ち良さそうに目を細め身体を委ねてくる彼を、何度見てきただろうか。
 それを見て南雲は、自分は一生彼に付くのだろうと毎回思うのだ。



「俺ァあんたのこと、好きだったぜ」

 横たわっている背中に言ってやると、そうかと短く返された。もう少しマシな返事はないものかと呆れたものの、今の南雲には寧ろこれくらいの方が有難い。
 
「随分と関心のねえ返事だな、豪炎寺よお」
「そんなことはない」
「人が告白してるっつうのに、てめえは呑気に読書かよ」
「雰囲気を作らない南雲も悪いんじゃないか」


 彼とやるサッカーはとても熱かった。初めて彼のボールを受けたとき、今までにない興奮が全身を包み込んだことをよく覚えている。胸の芯から熱くなり、身体中がゾクゾクした。彼の生み出すシュートは見たことのないような凄まじい威力で、蹴り返す瞬間なんて足が折れてしまうかと思ったほどだ。
 そんな彼とサッカーがしたい。もっと、熱くなれるサッカーがしたい。そう心から思ったのだ。

 それが叶わないことは南雲が一番十分理解していた。けれど、もしかしたら自分は解らない振りをしてその事実から逃れようとしていたのかもしれない。
 自分には彼とサッカーをやることも、やりたいと願うこともすら出来ないという事実を、見て見ぬ振りをしていたかったのだ。

「あいつには、風介には俺が必要なんだ。あいつは俺が居なくちゃ何もできねぇどうしようもない奴で、弱いくせに強がって、無理ばっかしやがって」
「……優しいんだな」
「優しくなんかねーよ。勝手に善人なんかにしないでくれ。俺は、最低なんだ」

 相変わらず豪炎寺は顔を上げる気配がなく、ぺらりと頁を捲る音だけが室内に響いた。
 南雲は彼のこういったところが好きだった。サッカー以外は何処か冷めたような、けれども決して冷たくはない、彼独特の性格は一緒にいてとても心地よかった。

「だから、俺は風介と一緒にいないといけねえんだ。……ずっと、死ぬまで風介と二人で生きる」
「ーーそれを、わざわざ言いに来たのか」
「俺がスッキリしたかったんだ。悪りぃな、変なこと言って」

 ようやく、豪炎寺が顔を上げた。その顔は何処か寂しそうな、そして僅かに怒りが現れているような気がする。

 これでいい。これで俺も風介も幸せになれる。南雲は自分に言い聞かせた。これでいいんだ。俺が想って良いのは、愛して良いのは、風介ただ一人なのだから。

「……お前は、俺に似ているな」
「はぁ? 何処がだよ」
「秘密だ」
「何だよそれ」

 また読書を始めてしまった豪炎寺はもう返事をする気はないらしい。
 近くにあるミニテーブルに置いてあったカップを口元まで持っていくが、中身を見た途端に元の場所に戻してしまった。恐らく中身は空なのだろう。南雲は仕方ねえなと小さく呟き、その場から立ち上がった。

「淹れてやるよ。紅茶でいいんだろ」
「ああ、すまない」

 引き出しからティーパックを漁り、やかんでお湯を沸かす。豪炎寺はいつもミルクをひとつ入れていたはずだ。そう思いミルクも一緒に取り出した。

「南雲」
「あ? もうすぐ沸くからそっちで待っとけよ」
「ーー俺もお前が好きだった」

 手に持っていたカップが滑り落ち、がちゃんと音を立て床に破片が散らばった。
 南雲は信じられないとでも言いたげな目で豪炎寺を見つめている。しかし言い出した本人である豪炎寺は満更でもなさそうだ。

「だが、俺には円堂がいるからな」

 お前とは一緒に居られない。そう言って南雲の肩をぽんと叩き、先ほど座っていた場所へと戻って行った。

「……クッソ!」

 南雲は徐々に赤くなる顔を隠しながら、落としてしまったカップを片付ける。
 後ろからは湯が沸いたことを知らせる甲高い音が聞こえていたが、最早南雲の耳には全く聞こえていなかった。


title by 神葬


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