それはまるで、自分もコートの中のあの独特の空気を吸って吐き出しているかのようで気持ちよかった。皆でバレーをしている。ひとつのボールを追いかけて、繋いでいる。すぐ目の前で行われる戦いは清水の心をも熱くした。もっと戦いたい。先へ進みたい。コートの中で輝く選手を少しでも長く見ていたい。そう心から思い、願った。
 けれど、清水はただ外から見ていることしかできなかった。いくら大きな声援を送っても、願っても、とてもチームの勝利に貢献しているとは思えなかった。それが心底嫌だった。胸が苦しくなるほどに悔しかった。清水はもっとバレーをする彼らが見たかったのに、彼らがバレーをするための手助けはできなかった。自の無力さにひどく腹が立ってならなかった。
 何か、何かないのか。彼らのために、彼らの力になる何かが。清水は必死に考えた。学校でも、家でも、暇さえあればそれについてただひたすら考えた。考えたが、何も浮かばなかった。ドリンク補給や怪我の応急処置、選手一人一人の健康状態から対戦相手のデータ収集など、練習の中で手伝えるものは今までもできるだけ手伝ってきたつもりだし、試合中だってそれはもちろん同様である。
 やり尽くした末に、もう清水にはわからなくなってしまった。

「清水、何かあったべ」

 いつものようにドリンクのボトルを用意していたときに、声は後ろから降ってきた。清水は「べつに」と何とはなしに返そうと振り向いたが、菅原の表情はいつになく真面目だった。それでも、清水は「べつに」と答えた。嘘ではなかった。ただ菅原に言ってもしょうがなく詰まらない内容で、そもそもこれは清水の問題だからだ。菅原は納得いかなさそうにふうんと鼻を鳴らしたが、すぐに練習に戻っていった。
 清水は感心した。選手同士ならともかく、練習に参加していないマネージャーである清水のちょっとした変化も感じることができる菅原をすごいと思った。菅原のように自分もできたらどんなによいかと考えたが、少し憂鬱になったのでそれはやめにして、ドリンク用の水を入れに体育館を後にした。

「清水、ちょっといい」

 雪がしきりと降り注ぐ中、菅原の声が響いた。練習はすでに終わっていて、体育館には菅原と清水のふたりしかいなかった。菅原の声には怒りの色が見えた気がして清水は少し驚いた。いつも優しく柔らかい彼が、そんな風な声を出すなんて知らなかったからだ。

「なに、菅原」
「やっぱり何かあったんだべ」
「それなら、さっきも言ったでしょう」
「……言いたくないなら俺も無理して聞かない。でも清水、すげえ辛そうな顔してるよ」
「そんなことないよ」
「いつも見てるからわかるんだって。最近の清水はいつもの清水じゃない」

 清水の顔を辛そうだと言っておきながら、菅原の顔の方が辛そうなのではないかというくらいに歪んでいた。菅原がそんな顔をする必要はないのにと、清水はとても申し訳なく感じた。
 菅原は優しすぎるのだと清水は思った。人の痛みをわかってやろうとして、自分まで必要以上に傷付く姿は何度も見てきた。それでも菅原は何ともないような顔をしていつも明るく振舞っているのだ。他人の感情を汲み取ることが得意な菅原だからこそできることであって、それは彼の長所なのかもしれない。けれど清水はどうしても好きになれなかった。清水が思う以上に菅原は強い男だというのは痛いほどにわかっている。だが、人の傷が癒えるまで優しく振舞う彼の傷はいったい誰が癒すというのだろうか。完全に癒えた傷口を安心したように見つめる菅原は無数の痛々しい傷を負っている。傷だらけのまま、また誰か他の人の分の痛みを負ってくるのだ。どんなに痛くても苦しくても彼は一言も零さない。誰にも迷惑を掛けまいと、ずっとずっと奥の方にしまいこんでしまうのだ。
 清水は菅原のそれが好きではなかった。だって、そんなことが続いたとしたら、彼はいつか死んでしまうではないか。

「ーーえーと、清水?」
「……条件」
「へ?」
「これから先、菅原に何かあったら私に話して。どんなことでもいい。話してくれるって約束するなら、私も話す」
「え、俺が? 清水に?」
「うん」

 ぽかんと開いた口が菅原の動揺振りを表していた。清水は先ほど菅原がやっていたように、真剣な眼差しで菅原を見つめた。するとそれに気付いたようで、一、二拍ほど見つめあったあと、堪えきれなかったらしい笑いが菅原の口から零れた。今度は清水が驚く番だった。クックックと喉の奥から押し出されるような声で笑い出した菅原は「ごめんごめん」と言いながらもなお笑い続けた。清水の口はぽかんと開いたままだ。

「いや、清水があまりにもカッコよくて、ははっ、びっくりしたら笑いが」
「……その菅原を見て私がびっくりしてるけど」
「ごめん、ほんとごめん、ははっ」

 涙を浮かべながら笑い転げる菅原を見て、清水もつられて笑ってしまった。笑いを取ったわけではなかったのだが、険しかった菅原の表情がだいぶ柔らかくなったので、まあ良しとしよう。
 一呼吸ついて少し落ち着いた菅原が真面目な顔をして清水の名前を呼んだ。同時に、自然と背筋が伸びた気がした。寒さのせいで張り詰めている体育館の空気が菅原の声で震えた。

「約束するよ。何かあれば清水にちゃんと伝える。だから清水も、今回だけじゃなくてこれからも俺を頼ってよ。力になるからさ」
「頼もしいね」
「清水に言われると、なんか照れるべ」

 清水はなんだか心が軽くなっていることに気が付いた。結局、清水自身チームのために何をすればいいのか答えは出ていなかったが、何となくわかったような気がした。菅原が笑うのを見て、清水も静かに笑う。ふたりの間の空気が、とても心地よかった。

「もう暗いし、雪もだいぶ降ってるし、話聞きがてら送ってくよ」
「でも」
「早い方がいいだろ? それに、明日またこうしてゆっくり話せるかどうかわからないし」
「……それじゃあ、お願いする」
「おう、任せとけ」

 にいっと笑顔を見せた菅原は、清水の眼には輝いて見えた。ああ、太陽のような、とても暖かい人だなと思った。菅原の暖かさは人を幸せにする不思議なものだと思った。
 そういう菅原が好きなのだと、清水は彼の笑顔を見つめながらその想いを心にそっとしまい込んだ。



title by 彼女の為に泣いた


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