※R-18
――そう、こんなはずではなかったのだ。うそではなくて、ほんとうに。飛んで行きそうな自我を必死に手繰り寄せながら、ミツヒデは誰かに訴えるように同じような言い訳を繰り返した。どうして、だなんて、きっと世界中の誰よりもミツヒデが問いたい問題だった。そんな悲痛な叫びを言葉として発することができないくらい、ミツヒデの余裕という余裕が底をついている。
ミツヒデの部屋には木々がいた。視界の端には飲みかけの酒と、そのつまみがちらついている。見ればわかる通りここで飲んでいたのだ、ふたりで。それ自体は別に大した問題ではない。今までも何度か招いたことがあるし、木々から訪ねてきたこともあった――そのうち何度かはオビも同席しているのだけれど――。だから、今夜もそれのひとつだと思ったのだ。というより、それ以外に何か思い付くものがない。やたらと酒を飲むように煽られたときから少しは疑えばよかったのだけれど、今更考えたって後の祭りである。だって、だいたい誰がこうなると予想できただろうか。
「き、き……ま、待ってくれ、ほんとに」
「…………」
「うっ、……いや、咥えたまま首を振るな……、もう、」
限界だ。ひどく情けない声が、ミツヒデの口からこぼれる。あろうことかミツヒデの股の間に居座る木々は、ようやく咥えていたそれを離してミツヒデを見つめた。それは今の今まで行為に及んでいたとは思えないほど涼しい顔で、むしろミツヒデが何かやらかしてしまったのではないかと錯覚してしまいそうなくらいだ。熱に喘ぐ姿を想像しろと言われても困るけれど、彼女はやはりこう言う場面でもその表情は崩れないのだな、とぼんやり考えて、慌てて振るい落とすようにその思考を消す。そんなことはどうだっていいのだ、今は。それよりも。
「……限界の割にはやる気ないけど」
「きっ、木々……! というか、やる気ははなからないぞ、俺は!」
「じゃあ限界も何もないでしょ」
「そ、そうじゃなくてだな……!?」
酒のせいか、それとも木々のせいか、ミツヒデは目の前がチカチカと点滅している。視界までぐらぐら歪んできたので、思わず眉間にしわを寄せた。めまいだろうか。座っているのに。馬鹿な夢のような景色にしては感覚が現実味を帯びすぎているし、かといって夢ではないのならそれはそれで問題なのである。というか、夢だったならさっさと覚めてほしいのだけれど。
「……そっちの気は考えてなかったな。どうしようか」
「ま、まて、違う! 誤解だ! そういうことでもない!」
「だったらなんなの」
「なんで怒ってるんだ……」
怒ってない、と言いながらじろりとミツヒデをにらんだ木々は、ふむ、と真剣に何かを考えはじめた。いったい何をどう悩んでいるのか、ミツヒデは何も知りたくなかったし、同時に知っておかねばならないような気もしている。だって、木々がどのような結論を出したとしても、結果それらは全部ミツヒデに襲いかかるのだ。こうしている間にも脱がされた服を履きなおしてひとまず部屋を出ればいいものを、なんとも情けないことに先ほどの絵面の衝撃と下半身の重さで立ち上がることができなかった。繰り返すが、ミツヒデにやる気はない。ほんとうに。ただ、それとこれとは残念ながら話は別なのである。
「じゃあ、脱ごうか」
「――はっ」
「先にあんたが脱いで」
「えっ、ちょ、待て、待て木々、なんて、」
「ほら、ばんざい」
ばんざい、の言葉に従って両手を天に掲げようとしたが、いやいやいやとミツヒデは首を振る。ばんざいとはなんだ。というより、木々はなんと言った? ――脱ぐ。脱ぐと言った。ではなにを? すでにミツヒデの下半身は脱がされて、ずいぶんと間抜けな格好でいるのだが。
「往生際が悪いな……もう寝て」
「寝てって……――おい、乗るな!」
肩をぐ、と押されて、ミツヒデはいとも簡単にソファに沈んだ。普段のミツヒデならその細い腕を取っ払うこともできただろうが、木々に散々飲まされた酒がここにきてかなり効いている。それをいいことに木々はミツヒデの上に乗り上げ、腹の上に落ち着いた。流れるようにたった一枚の布をめくられて、自身の肌が剥き出しになる。細い指でそこを這うように撫でるので、ひ、と引きつったような声が出た。残念ながら手で口を押さえる余裕はない。
「き、木々……!」
「上と下、どっちから脱いでほしい?」
「どっ……!? い、いや、脱がないでほしいんだ!?」
「まだ足掻くの。……諦めたら? 酔っぱらい」
ふ、と短く息を吐いて、何かを決意したようにミツヒデを見つめた。それから服に手をかけて、ゆっくりとそれを持ち上げる。たくし上げられたそこからなだらかな肌がのぞいて、ミツヒデは声も出せずに硬直した。見てはいけないとわかってはいるのに、縫い付けられたように色白い肌から目が離せない。きき、と弱々しく名前を呼ぶので精一杯だ。
「……やる気、出た?」
「…………、かんべんしてくれ、ほんとうに……どうしたんだ、木々、」
「どうって……、どうかな」
可笑しそうに笑う木々はこの空気には不釣り合いな気がして、ミツヒデは困ったように上に乗る木々を見上げる他ない。
腹を這う指はいつのまにかミツヒデの頬に添えられていて、同時に木々の顔が近づいてくる。ミツヒデの顔が熱いのか、木々の手が熱いのか、その両方か。今の脳みそではいくら考えてもわからなくて、みっともなく目をぐるぐる回しているうちに、くちびるにやわらかいなにかが触れた。それが木々のくちびるだと理解するのに、ずいぶん時間がかかった。
「まあ、酒のせいにすればいいんじゃない」
落ちてくる髪を耳にかけて、ね、と囁くようにミツヒデを誘う。ぶつ、と何かが切れたような気がして、けれどそれに構っていられる余裕はとうにない。無意識に木々の頭を抱き寄せて、再びくちびるを重ねた。せっかく耳にかけた木々の髪がまた落ちてきて、ミツヒデの顔にかかる。ひどく、くすぐったかった。
*
大人ふたりがソファで戯れ合うにはあまりにも狭くて、ミツヒデは上に乗る木々をそのまま抱えて自分ごとベッドになだれ込んだ。――これからすることを戯れ合う、だなんて、幼稚な言葉で片付けてしまうのはなんだか後ろめたいものがあるのだが。
木々が初めに仕掛けたキスから、何度くちびるを重ねただろうか。息継ぎのために離れるのも惜しいくらいに啄んで、口に含んで、また触れる。時折こぼれる木々の吐息がやけに頭に響いて、思わず顔をしかめた。これは、酒よりもタチが悪い。
「ン、……ちょっと、……がっつきすぎ……、」
「誰のせいだ」
「息くらい、吸わせて……、ふ、あっ」
先程自分でめくり上げていた衣服を、今度はミツヒデの手でめくってやる。再び現れたなだらかな肌を這うように、ゆっくりと撫でた。びく、と体を揺らす木々は、じとりとミツヒデをにらんでいる。どうやら、先程までの仕返しがすでにバレてしまったようだった。けれどまあ、バレたところで今はミツヒデが木々に覆いかぶさるようにして逃げ場を奪っているので、どうしようもないだろう。どれだけ文句を言われても、ミツヒデはもう引く気はない。――というより、今更止められる気がしなかった。
「……すまん、木々…………、もう、限界だ」
「さっき聞いたけど、それ」
「いや、さっきのはその、……心境的に、だな……」
「いまは?」
「…………聞くか」
尋ねたくせにいらない、と突っぱねられ、代わりにとばかりに頭を抱き寄せられて呼吸を重ねる。これは先程ミツヒデがしたものだな、とわかると途端に目の前のひとがかわいらしく見えて、たまらなく木々ごと抱きしめた。腕の中ではなせ、とやけに乱暴な声が聞こえるが、知ったことか。宥めるようにこめかみにいくつかキスを落とすと、抵抗を諦めたのか次第に大人しくなっていった。気まぐれに気を許した野良ねこか、と笑ってやろうかと思ったが、鳩尾に膝が入るだろうから心の中で留めておく。酒が入っていながらもある程度理性が残っていてよかった、とミツヒデは静かに思った。この格好で理性だなんだと言っても、説得力も何もないのだけれど。
もぞ、とミツヒデの下で木々が身動ぐ。本当に今更だし情けないのだけれど、ミツヒデは木々に脱がされてからそのままなので、きっと木々はいま直にミツヒデの熱に当てられている。鬱陶しそうに、けれどどこかもどかしそうにしているのをいつまでも見ていたい気持ちはあるが、残念なことに先ほど言った通りミツヒデは限界であった。もう一度すまん、と一言謝って、木々を抱いたままもう片方の手で木々の腰をなぞる。音にならない声がすぐそこに落ちた。
「……いいか、木々」
「だめ、……って言ったら」
「それは困るな……このまま木々を離せそうにない」
「酔っぱらいが調子のいいことを」
「それ、さっきから言ってるが酔ってるのは木々も同じだからな」
「私はあんたみたいなくさいこと言わない」
「いきなり脱がせにきたやつがなにを」
知らない、とでも言うように、木々はそっぽを向く。彼女は、こんなに子どものような素振りをするようなひとだったか。ミツヒデの股の間に落ち着いた時よりも、ずいぶん酒が回っているようだった。
脱がされた分脱がしてやろうと思っていたのに、木々が自分でさっさと脱いでしまった。確かに手間は省けていいのだけれど、なんだか釈然としないので、背中を向けたがる木々をどうにか抑えて仰向けの状態のまま挿入している。枕を抱えてしまっているので顔は見えないのだけれど。
なかを割くようにして、ゆっくりと押し進む。ミツヒデの熱が木々の熱に飲み込まれて、そのまま溶けてしまいそうだった。もしかして木々の方が、よっぽどやる気があったのではないか。――やはり、口が裂けても言えないけれど。
「……――ッ、ふ、…………、ン、」
「…………、声、聞きたいんだが」
「……っ、る、さいな……」
「というより、顔が見たい」
挿れたまま身を乗り出して、大事そうに抱える枕に手を伸ばした。ぐ、とより奥をせめることになり、木々の口からあ、とずいぶんあまい声がこぼれる。すると自然に力は弱まり、ミツヒデは簡単に枕を没収することに成功した。いつもなら背筋が凍る鋭い視線も、涙に濡れてしまえばただミツヒデを煽る材料になるだけである。ミツヒデに組み敷かれる木々を見て、熱を持ったそれがさらにずくんと脈打つように訴えた。
「……――なんか、」
「ふ、ッ、……な、に、」
「……いや」
涙でゆらりと揺れる瞳と、酒か熱さで赤く染まる頬と、熱のこもる吐息と、ぐずぐずになったそこと、――それから、無意識だろうに縋るようにしてミツヒデの手を取る木々。それらを見下ろして、彼女は女なのだな、と思った。そんなのとっくに知っているし――出会った頃のことは、……酒のせいで忘れた――、改めて思うようなことでもないのだけれど、普段はベッドに沈んでいる背を合わせて剣を構え、主人を守り、互いを守り、戦っている。もう何年もしてきたことだった。ミツヒデにとっての木々とは、木々の背中とは、つまり誇り高き剣士のそれで、尊敬つつも相棒として誇らしくあった。この国の未来を担う主人を守るため、背を合わせ、時に並び、時に向かい合ってきた。――それがまさか、このような形で向かい合う時が来ようとは。
「なん、なの……、ンッ、」
「……なんでもない」
「ッ、…………、まぬけ、」
ふ、と小さく笑う木々に頬を軽く叩かれ、直前に言われた言葉がなにを指しているのかをようやく理解する。笑われてしまうくらい、間抜け面を晒していたようだった。
「……なんだ、こう、木々だなあと、」
「は?」
「睨むなって……」
木々が自らが女である事実を意図的に遠ざけようとしていたことは知っていたし、そんな彼女の意図をミツヒデも出来るだけ汲んでやろうとしていた――だいたい女扱いすると人を殺しかねない目で睨まれるので――。それでもこうして男と女らしいことをして、ミツヒデのそれを飲み込んでいる部分こそ木々が女である証で、耐えるように目を濡らし、熱に溺れまいとシーツに皺をつくり、閉じている口からあまい声が漏れている。
女だった。ミツヒデが今組み敷いているひとは、紛れもなく女であった。
「……――ッ!」
ぐん、と一度奥を突くと、音もなく木々の背中はしなる。急に動くな、と目で刺されているような気がした。ひとり呑気に思い耽るな、とも。言い訳をするように、ミツヒデはまたじろりとにらまれる前にと口にする。
「いや、……俺がこうさせてるんだと思うと、ちょっとな」
「……やる気ないとか言ったの、だれ」
「すまん、酒のせいで忘れた」
「いい加減……、――ッ、ンっ」
塞ぐように、ミツヒデのくちびるを押し付けた。んう、と少し不機嫌な声色が混ざった音が漏れて、ぽろぽろとこぼれていく。舌先で木々のくちびるをノックするが木々はどうしてか拒むので、ミツヒデは抉じ開けるようにして舌をねじ込み、木々の咥内を執拗に犯した。上顎をなぞるように撫でると、ふ、と吐息があふれる。ふたりの舌が絡み合って、そのうちひとつになってしまいそうだった。――それは、困る。主を守る者が減ってしまう。けれど、とっくに溶けきっているミツヒデの脳みそはそれでもいいな、なんてぼんやりと考えた。なぜそう思い至ったのかはわからないけれど、ただ、なんとなく。だって、そもそもミツヒデと木々は同じ主をもつ側近で、相棒で、いわゆる“こういうこと”をするような間柄ではないのだし。ではどうして、ミツヒデは木々とこうして体を繋げているのか。
ガリ、舌先を噛まれて、いた、と言葉になったかどうかわからない声を上げてミツヒデは体を引いた。血が出るほどのものではなかったけれど、どろりとした思考から急に切り離されて、ミツヒデはぱちぱちと目を瞬く。不機嫌そうに見上げる木々は、じっとミツヒデを見つめていた。
「…………、な、んだ、急に……!」
「むかつく」
「えっ、なにがだ」
「ぜんぶ」
「えっ?」
「どいて」
「えっ、ちょっと、待て、待て木々、待てって!」
「うるさい」
覆いかぶさるミツヒデを押し退けて、繋がったまま木々は起き上がり今度はミツヒデをベッドに沈めようとした。なに、と問うても木々は何も言わずに、ただ寝転べと口を開かずに訴えている。
「……も、もしかして、」
「言うな」
「俺に好きにされるのが、」
「黙れ」
「……気に障った、とか」
「…………」
反撃する何かを用意しようとしているようだけれど、結局音にならず木々はミツヒデをにらみながら口を噤んだ。嫌なら嘘でも否定すればいいものを無言を貫くなんて、図星を突かれてしまったと言っているようなものだった。
「…………、別に、余裕とかないぞ」
「…………」
「お、怒るなよ……悪かったっ――ッン、」
ふ、と息を吐き出す間も無く、木々に荒くくちびる奪われる。先ほど、ミツヒデがそうしたように。もう喋るな、ということなのだろう。ミツヒデはしばらく考えたあと、素直に降ってくるくちびるを受け入れた。このまま機嫌を損ねてここでやっぱりやめる、なんて言われてしまったら、ミツヒデの熱はどこへやったらいいのだ。
「……寝てよ」
「寝なくたって、動かなければいいだろ」
「…………」
「それに、寝転がると木々が遠くなる」
「……――は、」
笑われた。何を馬鹿なことを、と。そう言われればそうだ。遠いも何も、繋がったままだろうに。たしかにはじめのように見上げるのも悪くはないけれど、こうして向かい合っていた方が顔が見られるので断然いい。転がる気はないと木々の鼻にキスを落とすと、観念したのか、はあ、と深く息を吐いた。
「…………ン、……ふ、」
ゆるりと、木々はミツヒデにしがみついたまま腰を落とす。すでにぐずぐずになっているそこが木々の動きに合わせて水音を立てた。ミツヒデに動かれるのと木々自身が動くのとはわけが違うのかやけに慎重で、時折漏れる吐息が耳元に落ちてきてもどかしい。今すぐ突き上げたくなる衝動を押し殺して、まつげと立てている膝を震わせながら、ミツヒデとは別のものを押し殺している木々を見つめることでなんとか耐える。窓から入り込む月の光で照らされる金の髪が、色白い肌が、きらきらと輝いてまばゆい。つう、となぞるように背中から撫でると、ひ、と逃げるように腰を引いた。ぐずぐずになりすぎて、木々の体全部が快感を拾っているようだった。
「ちょっと、」
「動いてはないだろ」
「そ、だけど…………、あっ!」
じゅ、と音を立てて、木々の胸元に吸い付く。やわらかなそれを弄りながら、片方は下の上で転がす。見上げると木々と目があって、ふる、とわずかに首を振った。
「ま、って、……ミツ、ヒデ、」
「気持ちいいか?」
「……る、さ……っ、……やっ――」
ずる、と木々が崩れるのと同時に、ひあ、と一際高く声を上げてミツヒデにもたれた。う、と小さく唸る彼女はぐったりとしながら肩で息をしている。膝が立たなくなったのか、中途半端なところで止まっていたのが今はもうすっかりミツヒデを飲み込んでいた。
「……代わろうか」
「…………、腹立つ」
「それはむかつくよりさらに上か?」
「うるさい」
ドン、と壁を殴るようにミツヒデの胸を叩いてきたけれど、力が入らないのか痛みは全くない。見ていなければ叩かれたことすら気付かないほど、力なく木々の拳は振り下ろされた。
ゆっくりと背中を支えながら、ミツヒデが覆い被さる形に戻る。キスをしようと顔を寄せたけれど、視線を逸らしてそのまま腕で顔を隠してしまったので、それは叶わなかった。惜しいな、と思いつつも、顔を隠したのを合図に一度ギリギリまで引き抜いてから、ず、と奥を突く。また引き抜いて、突く。簡単なことの繰り返しだ。あ、あ、と言葉にならない声をこぼしながら、木々はミツヒデに揺さぶられている。木々、と浮ついた声で名前をなぞると、返事らしい返事の代わりになかがきゅ、と締まった。
「――呼ばれるの、好きか」
「あっ、……っちが、……や、アッ……ッ!」
木々、きき、とうわごとのように何度も呼ぶと、びく、と体が震えて、仰け反った。抑えられていない声が、涙と一緒にぼろぼろとあふれている。少し遅れて、ミツヒデも奥に熱を吐き出した。
はあ、とどちらのものかわからない息を吐く音がしばらく部屋の中を占めていて、ミツヒデは自身をずるりと引き抜いてそのまま木々に被さるように転がった。間を空けて――というより、ようやく思考が追い付いた頃に――おもい、と文句が出たが、それすらも気怠そうだ。ミツヒデから逃れるように反対側に寝返りをしようとして、ン、と小さく声を漏らす。なんだ、と未だにぼうっとした頭で尋ねようとするが、先ほどの流れを思い出して飛び起きた。呑気にこのまま微睡んでしまおうなんて思っていたけれど、ミツヒデのどうしようもなかった熱はどこにやったのだっけ。
「きっ、木々! すまん……ッ! ええっと、待ってくれ、どうすればいい、」
「……やかましい」
「やかましいって、木々お前、何されたか分かってるのか……!?」
「中に出された」
「うぐっ、いや、そうなんだが、」
「誰かさんのせいで腰が立たない」
「…………すまない、本当に、すまない……」
だるい、と呟いて、木々はそのまま目を閉じて寝てしまいそうだった。待て待てと体を揺さぶるけれど、うざいと言って手を虫のように払われる。嘘だろ、とミツヒデはつぶやく他ない。
「……勝手に掻き出したら怒るか」
「してみれば」
「木々…………」
困惑の色を隠せない声で名前を呼ぶと、呆れた様子でこちらに視線を寄越した。
「……朝でいい」
「いや、でも、」
「いい。もう寝る」
「木々……!」
どうしてそんなにも他人事のように、興味のなさそうにできるのか。――もし、仮に、万が一のことがあったとしたら、最悪ミツヒデは首を落とされかねない。だってそもそも、ミツヒデと木々はそういう仲ではないのだ。そういう仲ではないくせに絆されて、流されて、乗ってしまったのは、ミツヒデの方なのだけれど。しかし木々がどういう意図で今晩ミツヒデの部屋に来たのかも、結局わからないままだ。今どうして、と再び尋ねても、木々は「酒のせい」だと答えるのだろうか。すでに目を閉じてしまっている横顔を覗き込んで、しばらく見つめる。ミツヒデといるときはこうして気にせず眠りにつくのはうれしいことなのだけれど。
「……なあ、木々」
「…………、」
「その、朝、処理は俺にさせてくれ」
「……もう寝た」
「ならせめて、俺を起こしてからにしてくれないか」
「寝たってば……」
「朝起きて、木々が隣にいなかったら、その……」
「…………」
「夢……、だったと、思うかもしれん」
規則正しく務めていた呼吸が、一瞬止まる。それから意外にも体ごとこちらを向いて、木々こそ意外だ、とでも言いたげな目でミツヒデを見つめた。
「木々?」
「……夢だと思った方が都合いいんじゃないの」
「…………、どうして」
「楽でしょ。その方が」
なにが、と問おうとするが、その前に木々はまたこちらに背中を向けてしまった。寝返るたびにもぞもぞと動きにくそうにするのを見て、ミツヒデの罪悪感が今更になってギシギシと痛みだす。
「……楽かどうかはわからんが、いてくれないと寂しいだろう」
「……あんたいくつ」
「それに、忘れろだなんて事が過ぎるぞ」
「意味がわからない」
「俺だって、意味なんかわからない」
けれど、痛む罪悪感よりも体の奥で燃えるような熱い何かが、ミツヒデを啄ばんでいる。まばゆくきらめく金の髪、透き通るような色白い肌、薄くてやわらかいくちびる、くちびるからあふれる上擦ったあまい声、ミツヒデを溶かしてしまいそうなほどに熱かった、木々のからだ。そのすべてを、ミツヒデは、ミツヒデの体は、もう覚えてしまった。なにが、だとか、どうして、だとか、それらしい理由はなにも浮かばなくて、ただ木々の熱だけがミツヒデの脳裏から離れない。
「覚えてどうするわけ」
「どうって、……どう、だろうな。……また、するか」
「正気?」
「いやならしないが……。言っておくけど、先に誘ったのは木々だぞ」
「……それもそうだね」
じゃあ、と呟いて、木々はむくりと体を起こした。なんだ、と声に出す前に木々がミツヒデのそれに手を伸ばしたので、驚いて後ずさった。ソファよりは広いものの、やはり逃げ切れるような場所ではない。
「これで、覚えてたら考えとく」
そういった木々は、まるで夜食を食べるかのようにぱくりとそれを咥えた。はじめに咥えられたときは混乱のあまり反応しなかったのに、今となっては思い出す熱が多すぎて、硬くなるまでに時間はそうかからなかった。寝るのではなかったのか、なんて言葉が出掛かったけれど、それよりもミツヒデは自身のそれを咥える木々を見ていたくて、手が塞がっている木々の代わりに邪魔そうな髪を耳にかけてやりながら、じわじわとやってくる快感に耐えつつその光景を眺める。またこうしてふたりして熱に溺れる夜のために、熱に喘ぐ木々を想像せずとも思い出せるように。懸命に脳裏に焼き付けようと、ミツヒデは上擦った声で木々の名を呼んだ。