※R18
ふたりを乗せた電車が、静かな街を走っている。都会を出ると街を照らす光がだんだんと減っていて、頼りになるのはたまに反対側を通り過ぎる電車から漏れる光くらいだった。別に窓の外をよく見る必要はないので、困ったりはしないのだけれど。
計画していたのならもう少し余裕をもって帰ることができただろうに、ふたりして汗だくになって乗った電車の中で「何も考えてなかった」と春名はなんでもないような口ぶりでそう言ったので、夏来は普通に驚いた。旬が聞いたら激怒するのだろうな、と思うと少し笑ってしまったのだけれど。信じられないと言いながら腕を組んで眉間にしわを寄せている旬の姿が、先に見てきたかのように鮮明に目に浮かんだ。
家に着くのは何時になるのか、というより家までたどり着けるのか。既読が付いたことでさらに加速する通知をぼんやりと眺めながら、人の少ない電車に揺られた。寝てしまいそうだからと春名が言うので手を繋いだのだけれど、寝るときは二人して寝てしまうんだろうなと思う。手を繋いだってどうせ乗り換えて別れてしまえばその手は離れてしまうので、それまでの話でしかないのだし。
やっぱり、と夏来は考え直して、早々に代わりの案を思いついてしまった。先ほどは行く当てがなくて春名が言い出した海に行ったわけで、別に今からまた海に向かう必要性はどこにもないのだ。要するに、夏来はもう少し春名とふたりでいたいだけだった。海じゃなくたって、もっと行き慣れたところにふたりきりになれる場所が、もうひとつある。
「…………ね、ハルナ」
「んー?」
「家、着くの……遅く、なるね」
「ん? うん、そうだな?」
「ハルナのせい、……だよね?」
「うん……!? ソ、ソーデスネ……?」
握る手に力を込めて、目をぱちくりと瞬いている春名をじっと見つめる。動揺する春名はしばらく視線を迷わせていたけれど、観念したのか春名も夏来と目を合わせた。その瞳には焦りと、同じくらいの期待の色が滲んでいる。
「ハルナの家……、行きたい」
「そっ、れは、さあ……」
「一緒にいれば……起きてられる、よ……」
「いや、いやいやいや、そうだけど」
明日は学校だと春名に言ったのは、いったいどこの誰だったか。改札を通る前、おとなしく帰ろうとしていた数分前の夏来を思い出しては知らないふりをして、繋いだ手を一度離して再び春名のそれに重ねた。今度は上から押さえるようにしてゆっくりと指を絡める。同じ車両にいるのは斜め前に座る女性だけで、その人はイヤホンをしながら眠っているのできっとなにも聞こえていないし、見えていないだろう。はるな、とねだるように呼ぶと、春名はうぐ、とわかりやすくうろたえた。最近知ったのだけれど、こうすると春名は弱ったように夏来を見つめるのだ。
「赤信号は……なんだったっけ、」
「……あー、……えっと? つまり、そういう……?」
「ふたりも、いるし、……ね?」
ごくり、と春名の喉仏が上下する。そうだ。つまりは、そういうことだ。きっと、夏来と春名の脳内に映し出されている映像は同じものだろう。無事に春名の家にたどり着いたところで、そのあと眠気に勝てるかどうかはわからないけれど。
「……ジュンに怒られるの、オレなんだけど?」
「ハルナの、家で……寝るだけ、だから……」
「ふーん、寝るだけ?」
「…………言わなきゃ、ばれないよ」
「へえ? 悪い子だなあ、ナツキ」
くすくすと夏来を笑うくせに、夏来を映している瞳はすでに熱っぽいので、悪い子なのはお互いさまなのだとこっそり思う。きっと、夏来も同じような目で春名を見ているのだろうから。
その春名の視線が熱くなっていくさまを間近で見送ることで、夏来の手の届かない奥のほうでじわじわと熱を帯びていく。連絡をしないといけないことや家に帰れるかどうかの心配なんかは頭の隅に追いやられて、目の前の春名のことしか考えられなくなる。ひとを、周りを見るのは昔からほかよりも少しだけ長けていた自覚はあるのだけれど、これだけ視野が狭くなることははじめてだった。春名といるだけで、春名のことを考えているだけで、夏来の世界は春名一色に染まってしまう。夕焼けのようなやさしい橙色に、夏来はそっと包まれるのだ。――こういうひとりでは抱えきれないくらいの気持ちを、夏来はいったいいつから大事にしていたのだっけ。
初めて会ってからしばらくの間はお互いに距離を感じていたような気がするのだけれど、いつのまにか春名といる空間がひだまりみたいにあたたかくて、無意識に目で追って、やさしい音で名前を呼ばれたいと思うようになっていた。うまく言葉が出てこなくても、春名は急かさずに夏来を待ってくれる。歩幅を合わせて隣に立ってくれる。それがうれしくて、心地よくて、委ねたくなったのだ。
「――ナツキ、降りるぞ」
ぼうっとしていたのか、意識が飛んでいたのか、ふたりを乗せた電車はいつのまにか見慣れた駅に到着していた。かくん、と船を漕いでいた女性が慌てて表示されている駅名を確認するが目的の駅はまだ先のようで、安堵した様子でまた俯いている。
「うお、次のが終電だ。あっぶねー」
連れられるようにして夏来は早足で歩く春名の後を懸命についていく。誕生日会から足を忙しく働かせてばかりなので、正直限界であった。そんな夏来をお見通しなのか、春名に振り返らずに頑張れー、と笑いながら応援された。
いつもは二手に分かれるはずのホームを目の前にして、春名は一度立ち止まった。次の電車が何分後にやってくるのか夏来は知らないけれど、それを逃したら帰る手段はないのだから、立ち止まる暇はないと思うのだけれど。
「……いいの、ナツキ」
選択を夏来に委ねるような訪ね方をしながら、繋がっている手には力が入っていた。わがままを言っているのは夏来の方なのだから、春名の好きにすればいいのに、と思う。だって、問うたところで夏来がなんと答えるかなんて、火を見るよりも明らかだろうし。
「悪い子は、……ひとりじゃ、さみしいんだ……」
「……そーなの?」
「うん……、でも、ね……。ハルナと一緒、なら……さみしくない、よ……」
「ふうん……。オレがやだって言ったら?」
「……ハルナはいやって、言わないよ」
「なんで?」
「だって、……手、離す気ない、でしょ……」
「えー? どうだろうな?」
繋いだ手を持ち上げてふたりでそれをじっと見つめるけれど、あっやべ、と隣で声が上がって、問いかけに答えることなく春名は夏来を引っ張って片方のホームに駆け出した。夏来の言った通り、手は繋がったままだ。ほらね、と呟くけれど、到着した電車が夏来の声を掻き消していくので春名には届かない。元はといえば引き止めたのだって、赤信号を渡ろうと言ったのだって春名なのだ。きっとはじめから、手を離す気も、あそこで分かれる気もなかっただろう。何も考えていなかった、とは言っていたけれど。
駆け込んだ車内に人はいなくて、春名と夏来は呼吸を落ち着かせながら扉にもたれて立っていた。座ったら寝てしまいそうだからだ。駅から春名の家の最寄り駅まではそう時間はかからず、睡魔に負ける前にふたりは無事に下車することができた。なんだかたった数時間で同じようなことを何度もしているな――そのうち一度は隣に座る男に止められたのだけれど――と考えながら、寝静まった住宅街を歩く。しばらくするとようやく見慣れたアパートが見えてきたので、夏来は疲労を絞り出すように長く空気を吐いた。春名も流石に疲れたあ、とぼやきながら夏来と繋がっている手をぎゅう、と強く握る。
「結局来ちゃったな、ナツキ」
「ハルナが、引っ張ったんだよ……」
「いやならいつでも振りほどけただろ?」
「……いや、じゃ、ないもん……」
「もんって」
かわいい、なんてからかうように言いながらむくれる夏来の頬をつついてきた。そういう春名の方がかわいいのにと夏来も春名の頬をつつき返そうとするが、あと少しのところでかわされたので夏来の手は虚しくも空を切る。背丈も大して変わらないのにお互いをかわいいと思っているなんて側から見れば少しおかしいのだろうけど、今更そんなことは気にならなかった。
カン、カン、と音を立てながら、錆びれた外付けの階段を上がる。もう何度も上り下りした階段だった。先いいよ、という春名に甘えて先に家に入ると、前に来た時よりも物が散乱していた。着たのか着ていないのかわからない服やハンガーから落ちてしまっている制服、見慣れたドーナツ屋の紙袋などが、新たに春名の家の床を生成している。夏来は思わず春名の名前を呼ぶが、当の本人はたいして気にしていない様子であった。足の踏み場はかろうじて存在しているので、今すぐ眠気を押しのけて片さなければならないというほどではないけれど。
「ナツキー、風呂とかどうする?」
「…………朝?」
「だよなあ。もう寝ちゃうか」
「……ねむい」
「な。オレもねむい!」
床に背負っていた鞄を下ろして一息吐こうとすると、ぐんと手を引かれて夏来はそのままベッドに倒れた。すぐ目の前に春名の楽しそうな顔がある。びっくりした、と目をぱちぱちと瞬いていると、なつきぃ、と甘えたように春名が名前を呼んで擦り寄ってくるので、夏来は慌てて距離を取ろうとした。ここに着くまでにいったいどれだけ走って、どれだけ汗をかいたと思っているのだ。
「ま、まって……汗臭い、から……」
「んー? 聞こえなーい」
「ハルナ……!」
夏来の話を聞く気がない春名は、ピンと伸ばした夏来の腕を簡単に取っ払って首元に顔を埋めた。あたたかくてしめった感覚を覚えて、夏来の体は固まる。夏来がいくら拒んだって、へとへとの体では無意味に等しい。もう一度強く春名の名前を呼ぶが、ぺろぺろと子犬か何かのように首筋を舐めるばかりで、夏来が身動ぐだけだった。
「ハ、ルナ……! ほん、とに……汗、すごい、から……!」
「そーでもないよ。いいにおいする」
「や、やだ……、寝るって、言った……のに……っ」
聞こえないなあ、なんてとぼけた春名は上体を起こし、夏来に覆いかぶさる。耳をあまがみしながら、汗の染みた服をめくっては夏来の腹の上をゆっくり撫でた。行為自体はたいして刺激にならないのに、無意識にその先を期待してしまっている自分がいて、夏来はいやいやと首を振る。確かに、確かにこういうことを想像してはいたけれど。それでもふたりは汗にまみれて、くたくたに疲れ切っていて、今から寝てしまおうという話だったではないか。オレもねむい、とつい数秒前に春名も言ったのに。
「だって寝るだけ、なんだろ?」
「寝て……ない、よ……これ……」
「そういう目で見てきたくせに」
「ねむいって、言った……」
「ナツキのにおい嗅いだら目覚めた」
「……へんたい…………」
「ナツキもオレのにおい嗅いだら目覚めるかもよ」
「………………ん、」
嗅がれてばかりでは癪なので、春名を抱き寄せるようにしてすん、とにおいを嗅いだ。汗のにおいと春名のにおいが混ざり合っていて、覚えがあるな、と思う。レッスン終わりやライブ後――それから、こういうことをしているときの、春名のにおいだ。眠気は、覚めなくもない。嗅ぐんじゃん、と笑われたので、塞ぐようにしてくちびるを押し付ける。うるさいよ、とくちびるが離れたあとに言うと、その口は閉じることなくむしろ意地悪そうに口角が上がった。
「ナツキもヘンタイだ」
「…………、ばか」
「あはは、――ッ!? ……コラ、足!」
「ふふ……、お返し……?」
相変わらず春名は上に覆い被さっているので、膝でぐり、とそこを少しだけ強く押す。不意打ちをくらった春名は夏来の上でぺしゃんと潰れた。見上げるように夏来を見やる春名は何だかかわいくて、額にひとつキスを落とす。
「行儀の悪い足は回収しまーす」
「あっ、」
かわいいと思われたのを察したのか、むくれた顔のまま起き上がった春名は夏来の足をひょいと持ち上げて、担ぐように肩に乗せた。ついでに、というようにガチャガチャと音を立ててベルトを外されて、流れるように脱がされる。夏来は抵抗する間もなく中途半端な格好になってしまった。汗でひっついていつものようにするりと脱ぐことができないので、担がれていない方の足に引っかかったままだ。
「ハルナ、も……」
「ん、」
返事をするくせに春名は夏来のそれを下着越しになぞるので、快感から逃れるように体を捩るしかない。指先で形をたどるようにしていたのが次第にやわく握られて、上下に動かされる。夏来の吐息も徐々に熱を持ちはじめた。
「……ナツキ、」
求めるように、春名が夏来を呼ぶ。うん、と頷く代わりに降ってくるくちびるをそのまま迎えて、息継ぎのために離れるのも惜しいくらいに啄ばみ、口に含んで、吸い付いた。ノックされるように舌が夏来のくちびるを突くので、薄く口を開ける。侵入してきた舌に上顎をなぞられ、ふ、と空気が漏れる。ふたりの舌が絡みあって、溶けてしまいそうなほどに熱かった。懸命に春名のくちびるに吸い付いていると、こちらも忘れるなと言わんばかりに下も弄られる。忘れているわけではないのだと言いたくても、残念ながらそれが音になることはない。
「ン、……ふ、…………っあ、」
「……、ナツキ……パンツん中、ぐちょぐちょ……」
「だ、って……ん、……ッ」
使い物にならなくなった下着をおいやられて、布を押し上げていた中心を軽く握られる。上下にゆるく擦られて、ぬちぬちと音が脳内で響いていて、転がっているのにくらくらと目眩がするようだった。
「……一回イっとこうな」
そう言うと春名は先走りが溢れる鈴口を反対の手で触りながら、握っていた手に力を込める。ア、と短い声がこぼれたような気がしたけれど、それよりも下から迫る快感に溺れるように体が震えた。いやいやと首を振ったくせに、ずいぶんとあっけない。出た、と吐き出した白濁を受け止めた春名は、どうしてか嬉しそうにふにゃりと口元を緩める。恥ずかしいからやめて、と言いたいのに、頭がぼうっとするあまり言葉にならずはくはくと口が動くだけだった。
「ナツキ、まだねむい?」
「……寝れない、よ……こんな、……あつい、のに……」
「ん、オレも……、扇風機、どこだっけ……」
「いい、いらない……」
「え、いらない?」
「はやく……ほしい、の」
ぶわりと、春名の体温が上がるのがわかった。二、三度目を瞬かせて、消え入りそうな声でうん、と頷く。扇風機が首を振って働いていたらきっと掻き消されて聞こえていなかっただろうなと思うくらいに、それは小さかった。未だ治らない熱を放置されるのも我慢ならなかったが、手のひらに溜まるそれをそのままに扇風機を入れるリモコンを探そうとしていたので、流石に勘弁してほしかったのだ。
手に受け止めたままだった精液をゆっくりと後孔に塗り込む。つぷ、と体の中に入ってくる異物感に耐えるようにふ、と短く息を吐いた。慣れてしまえばそうでもないのだけれど、この瞬間は未だに息が詰まってしまう。同時に、これからってくるであろう快感に高揚して体が震えるのだ。
「ね、……もう、いいよ……」
「だめ。まだ途中」
「いい、のに……」
「オレがはいんないって」
なかを割いていくように動く指は、いつしか数が増えてばらばらにそれぞれが内側を暴いている。今はおそらく三本くらいだろうか。奥の、夏来では届かないところには触れずに、ぐちぐちと音を立てながら春名の指がなかを犯す。きっと、夏来がどこを突いて欲しいのかがわかるので、あえて避けているのだろう。じわじわと焦らされるような動きがもどかしくて、一度宥められたのにも関わらずはやく、とねだってしまいそうだった。
春名がはいんない、と言ったように、こうしてよそから液体を拝借して、執拗にそこを慣らしてからでないと春名と夏来は行為に及ぶことができない。女ではない夏来は適した体を持っていないので、そのために準備をしなくてはならないのだ。そんなことはもうとっくに胃の底に飲み込んでしまっているのだけれど、時折ぼんやりと考えてしまうので、どうしようもないな、と思う。
はじめて春名と繋がろうとした日、あれだけ自分の指で慣らしたのに春名の性器が半分も挿れられなかった時には、ふたりの関係を否定されているようだと馬鹿みたいにぼろぼろ涙を流した。夏来が男であるがゆえに春名と繋がることができないのだと、そう言って泣きながら謝った。おんなのひとじゃなくてごめんねと、何度も。けれど春名は、その言葉をくちびるで制してから静かに夏来を叱った。怒りに支配されながら瞳の奥がゆらりと揺らいでいたのを、今でもはっきりと覚えている。
それ以来、夏来は行為における障害について口にしなかった。ただ、挿入までに時間がかかればかかるほど無性に泣きたくなるのだけれど、それでも何も言わなかった。春名は夏来が女であることを望んではいないのだとあの日わかったからだ。だからこれは仕方のないことなのだ。春名が、夏来が、ふたりが選んだ障害なのだ、これは。
「……――ッ!」
起きてるー? と、間延びた声で春名は夏来の体を揺すった。入り込んだ思考から引きずり出されるみたいに、びくんと体が跳ねる。ぐちゅ、と水音が響く中で、その声色はあまりにも不釣り合いだと身動ぎながら夏来は思った。
「やっぱ眠いの? ぼーっとしてる」
「んん……、ちょっと、考えてた、だけ……」
「なに? 目の前におにーさんがいるのに他のこと考えてんの?」
「ハルナの、こと……だよ……」
「オレの? なにを?」
「…………言わない」
「なんで?」
「……たぶん、…………おこる、から……」
おこる、と聞いた春名は一瞬目を丸くしたが、すぐに夏来の言う意味がわかったようで、あー、と声を漏らした。春名が夏来に対して怒ったことなんてあの日の一度だけなので、単語ひとつで全て語ってしまったといってもいいくらいだろう。春名と目が合って、なんとなく逸らせないでいると、なかをかき混ぜるようにしていた指が一度奥を突いた。無防備でいた夏来は突然のことにヒ、と引き攣るような声をあげる。怒っているのかと思ったけれど、夏来を見る春名の目はやさしかった。
「ナツキ」
「はる、な…………?」
「いいんだよ、ナツキ。なんも考えなくて。セックスなんて、考えながらするもんじゃないよ」
「――ンッ、……あっ、ま、……っ!」
「オレといるときは、オレのことすきーって思ってればいいの。すきー、きもちいーって、あたまバカにしてさ。……ね、ナツキ。きもちい? オレのことすき?」
ぬぷぬぷとなかを犯す指に飜弄されながら答えようとするが、なりそこないの音がぽろぽろと口からこぼれていく。まって、と言うように縋るけれど意味はなく、むしろだんだんと早くなる一方だ。夏来は白く点滅する視界に耐えながらこくこくと首を振った。
「きもち、……ンッ、ふ、……す、き……すき、はるな……っ、すき……っ!」
「オレもすき。ナツキのこと、すげーすき…………、なあ、ナツキ? も、いいかな……オレ、爆発しそ……」
ついに声が出なくなってこくりとひとつ頷いたが、春名にそれが伝わったのかどうかはわからない。けれど春名は散々ぐずぐずにしたそこから指を引き抜いて、ガチャガチャと音を立てながら乱暴にベルトを外す。脱がずとも主張しているそれが視界に入って、夏来は思わず息を飲んだ。
「…………あ、」
「……? な、に」
「ゴム、ない。切れてる……」
空っぽの箱の中身を覗いて、丁寧に夏来にも何も入っていない箱を見せてくる。そういえば、前回来た時にちょうど切れたのだっけ。今度買わなきゃな、なんてベッドにふたり並んで寝転がりながら話していたのを思い出す。買い足さなかったのも忘れていたのもこちらに非があるのだけれど、こうまでしてふたりを邪魔するのかと、かえって笑えてしまった。
「いい、よ……なくて、そのまま……」
「……いや、でも」
「爆発……しちゃう、でしょ」
数時間後には学校で、後処理のことなどを考えるとコンドームはあったほうがいいに決まっているのだけれど、そんなものに構ってはいられなかった。今はただはやく、春名がほしい。下が疼いて、ヒクついているのが自分でもわかる。恥ずかしい。でも、はやくほしい。ぽっかり空いてしまった空間をはやく春名で埋めてほしかった。
春名も同じように熱には敵わなかったようで、諦めた様子で空箱をゴミ箱のある方向に投げた。カコン、という音のあと床にころがるように落ちていったので、外れてしまったのだろう。それこそどうでもいいというように春名は服を脱いで、すぐそこに捨てた。春名の瞳には、夏来しか映っていない。
「……外に出す、から」
「…………いいのに」
「がっ、こ、う!」
「どうせ、お風呂入る、よ……」
「いや、ホントにだめ! 学校行きたくなくなる!」
まだ学校に行く気はあるのだな、と春名の懸命な葛藤を眺めながら、迫る熱に備えた。サボったっていいのだけれど、きっとみんな夏来から預かったプレゼントを持ってきてくれるだろうから、本人である夏来が来なければみんなを困らせてしまう。だから、旬に問い詰められて怒られるだろうけど、許されても遅刻までだろう。
いれるよ、と声が降ってきて、ぐずぐずに溶けたそこに春名の熱が宛てがわれる。ようやくだった。指とは比べ物にならない質量が、夏来を裂くように迫ってくる。春名が執拗に慣らしたお陰で痛くはない。けれどどうしても拭えない異物感が押し寄せて、ぎゅうっと目をつむる。押し出されるように涙がつう、と目尻から伝った。
「……っ、……いたい? ナツキ」
「ん、……へい、き……」
「…………ナツキ、いっつも泣くな」
「……そ、かな……、あっ」
「するときは、だいたい。泣いてるナツキもかわいーよ」
「ハルナ、の……っ、かわいい、は…………ンッ、わかん、ない……っ」
「だって、かわいーもん、ぜんぶかわいい」
「もん、って……」
覚えのあるやりとりに、夏来は流れた涙をそのままに小さく笑った。その間にも春名はどんどん夏来のなかに入ってくる。ン、と熱を含んだ吐息が上から聞こえて、春名もこの空気に飲まれているのだと、夏来は心のどこかで安堵した。自分だけじゃない。春名も夏来も、熱に浮かれている。
「はい、ったあ……」
「ん、……はるな、ここ……いる……ね……」
慈しむように、夏来は腹をやさしく撫でた。あの日叶わなかったものが、今ここにある。繋がっている部分から溶けて、溶け合って、ひとつになってしまえばいいのに、なんて、夏来は毎度こっそり思うのだ。
引き抜くこともせず、奥を突き上げることもなく、春名はぐちぐちと音を立てながらゆるく腰を動かす。理性を失うように奥を突かれるのも嫌いではないけれど、こうしてわずかに内壁と亀頭が擦れるのを感じるのも好きだった。それに、もどかしそうに顔を覗かせる春名がかわいくて、もう少し、と続きをねだる。だんだんと余裕がなくなって、質量は増して、夏来を呼ぶ声が、視線が熱い。
「ナ、ツキ……面白がってる、だろ、」
「……かわいいなって、思ってる…………」
「も〜…………、今日は、やさしくしよーと思ってたのに……、……我慢、できないんだけど」
「いつも、やさしい、よ……?」
「いつも以上、に!」
もう十分だよ、と返そうとするが、一際強く突かれた衝撃で残念ながら言葉にはならなかった。ずちゅ、ずちゅ、と不規則に水音をたてて、今まで散々焦らされた奥へ何度も何度もやってくる。声が押さえられそうになくて、近くにあった枕を抱きしめて少しでも吸収してもらおうとした。――すぐに回収され、それは叶わなかったのだけれど。
「声、出していいよ」
「……で、も…………っ、隣、聞こえちゃ……!」
「もー寝てるって。オレ、ナツキの声、聞きたい」
「ンッ、……う、……あっ! はる、な……っ!」
せめてもと腕を口元に宛てがおうとしたがそれすらも叶わず、ベッドに縫い付けられるように両手を押さえられて、宥めるようにくちびるが降ってくる。抉じ開けるように舌をねじ込まれ、夏来はまんまと丸め込まれて大人しく舌を絡めた。
「んぅ、……ふ、……んっ……!」
「……っ、ナツキ、きもちい……?」
「それ……、さっきも、……ンッ、……アッ!」
「あは、きもち、よさそーだな……目、とろとろ、」
「……ン、も……、とけ、そ…………っ!」
「イきそう、じゃなくて?」
「……っ、キス、も……ハルナの、……も、とけそう、で……、んっ、…………とけ、たら、いいのに、って」
「なに……? わかんないって、」
「とけ、たら……はなれ、なくて、すむ……から……、」
まるで、いつか離れてしまうみたいな言い草だな、と体を揺さぶられながら他人事のように考えた。そう言ったのは他の誰でもなく夏来なのだけれど。
「離れる予定なの、ナツキ」
案の定、そう春名に問われる。そんなわけがあるか。ぶんぶんと首を振って、けれど目は合わせずに否定した。
「ちが、う……けど…………っ」
「けど?」
「……ふたり、の、時間は……っ、ずっとじゃ、ない、から……」
「…………うん」
「波が、あしあと……消しちゃう、し、電車も、おと、聞こえなくて……手、はなしたら、おわかれ……みたいで……、……――ひぁっ!」
ずん、と押し込まれて、夏来は短い悲鳴をあげた。忘れていた異物感と、熱くてどうにかなりそうな質量と、押し寄せる圧迫感が一気に夏来を襲う。ハ、と息を吐く春名はわかんないけど、と言いながら夏来の頬を優しく撫でた。
「わかんない、けど……、また砂浜歩けばいいし、聞こえるくらい、近くにいればいいし、……離れても、お別れなんてしないよ」
「あっ、ああっ……、ン、……はる、な……っ、!」
「……最初は、いちばんじゃなくてもって、思ってた……。ナツキのいちばんは、もうあるだろうから、さ」
「ひっ、あっ……まっ、て……、きけ、な……っ!」
「いいよ……聞かなくて……、カッコ悪いから。……でも、こーしてさ……むりやり連れて歩いて、疲れさせて、こんなことまでして……、――気付いてる? ナツキ。誕生日になってから、オレとしか喋ってねーの」
「ンッ! あっ、はるっ……あっ、……っ!」
「…………欲しいなって、思っちゃうんだよ……。オレ、昔から我慢できる子どもだったのに、さ」
「ああっ、やっ、……で、ちゃ……でちゃう、から……!」
「ん、……オレも、イきそ……っ」
春名の話していることが半分もわからなくて、夏来は泣きながら訴えた。けれど同じくらい夏来の話していることもわかっていないんだろうな、と思う。夏来の場合、体も脳みそもぐずぐずになって、いつも以上にうまく言葉にできていないだけなのだけれど。
足を持ち上げられて、その分さらに深くを抉られる。あ、あ、と春名の律動に合わせてくちびるからぽろぽろと音がこぼれた。くる、きちゃう、と怯えるように春名にしがみついて、声にならない悲鳴をあげる。腹の上に白濁がたまって、そのうちのいくつかがこぼれるようにシーツに落ちた。それから数秒と経たないうちにどうにかなりそうな熱よりももっと熱いものが夏来のなかで弾けて、ひあ、と体を仰け反った。どくどくと注がれるそれが、夏来の腹の上に散っているものと同じものだと理解するのに時間はいらない。脱力したように潰れていた春名は、しばらく呼吸を整えてから我に返ったようにガバ、と起き上がった。やってしまった、という顔だった。
「ご、ごめ……! 外に出すって言ったのに……」
「俺は…………、いいって、いった……」
「いやいや、そういう問題じゃ……。ナカだけでもキレイにしよ、ナツキ」
「や、だ……抜かない、で」
「えっ、ちょ、ナツキさん!? 足!」
「行儀の、悪い足……なので…………?」
春名でいっぱいになったなかがまた空っぽになってしまうのはなんだか惜しくて、夏来は春名の腰に足を絡ませた。なんとかホールド、とかいうやつだ。わずかに動くたびに春名のと精液がぐちぐちと音を立てるので、その音で余韻に浸るのには十分だった。
「……このまま、だめ……?」
「ッ…………、それ、さあ……最近わかってやってるだろ……」
「ふふ、なんのこと、かな……」
「もー…………腹下しても知らないからな。……イヤ、原因はオレだけど……」
「律儀、だね……?」
「……いちおーね…………」
ぼすん、とベッドに沈むように、夏来の隣に春名は転がった。むす、と拗ねた様子の春名にちゅ、と口付けて、首元に顔を埋める。暗かった部屋がぼんやりと明るくなっているようだったが、時計を見るのが億劫でスマホに手を伸ばすのをやめた。今から眠れて、何時間だろうか。代わりに春名がひょいと枕元に放っておいた夏来のスマホを手にとって、げえっと声をあげた。
「あと三時間くらいしか寝れないや……いつもの時間じゃ間に合わないから、もっと早く起きる?」
「……起きれる、かな……」
「むり!」
一応セットはするけど、と春名はいつもより少し早めの時間にアラームを設定した。朝起きたらまず風呂に入って、夏来はなかを掻き出して、上がったら髪を乾かして、着替えて……朝食を食べる暇は、あるだろうか。夏来はあまり朝は食べなくても平気だけれど、学校に向かう途中でドーナツを買って行った方がいいかもしれない。なにかを忘れているような気がするが、頭が働かないのでそれが何かわからなかった。
ぼうっと起きてからのことを考えていると、春名に髪を梳くように遊ばれるので、心地よさに目を閉じる。このまますぐに寝てしまいそうだった。
「……ね、ハルナ」
「ん?」
「俺、……俺も、ね…………欲しいなって、思うよ……。ハルナといるとね……わがままで、よくばりに、なっちゃうんだ……」
「…………、聞いてんじゃん」
「……聞く、よ……ハルナの、こと……ぜんぶ、聞きたい、よ……」
見上げて、すぐそこにある顔を近づいて触れるだけのキスをする。春名はどこか寂しそうに、泣きそうな顔で夏来を見つめた。
「……俺が、もってるもの、ぜんぶあげたいなって……思うよ……。それとね、おなじくらい……ハルナも、欲しいなって、思ってる、よ……」
「ナツキ、」
「今日も、ね……うれしかった……びっくり、は……した、けど……。またいちばん、あげられたって……ハルナの、いちばんに……なれたって……、」
だからね、とあとに続く言葉を口にする前に、春名に強く抱きしめられる。夏来の言葉をひとつひとつ飲み込むみたいにうん、うん、と何度も頷いた。
「……もー、ずっとこうしてたい…………」
「学校、さぼる……?」
「ん〜……、イヤ、行く…………怒られる…………」
「ふふ、えらい、ね……」
よしよし、とあやすように背中を撫でると、さらに強く抱きしめられた。ぐち、と下で音が鳴って、そういえば繋がったままだったのだと思い出す。
「…………ナツキがオレのこといやになったら、離れられる気でいたんだけど、」
「……うん」
「いた、けど……いま、もう……離れたくないや……、……ごめんな」
「俺も……、ハルナに、いやって言われても、離してあげない、よ……、逃げても追いかける、から……」
「あは、頼もしいな」
実際、春名にお別れを告げられたら、去って行く春名を追いかける気力があるかどうかはわからなかった。春名の荷物にはなりたくないし、嫌な思いだってさせたくないから、あとを追わない方が春名のためにはなるのかもしれない。でも、それでも夏来は春名がいる世界を知ってしまって、春名で染まってしまって、ひとつになる真似事みたいなことまでして、今更春名がいなくなった世界なんて想像できなかった。今だってこうして繋がっているのにいなくなってしまうのなんて、そんなのはいやだった。
「……おやすみ、ナツキ。誕生日おめでと」
動かなくなった夏来をもう寝たのだと思ったのか、優しく頭を撫でて春名はそういった。もぞもぞと体を動かして夏来を確かめるように抱きしめたあと、しばらく経ってすう、と寝息が聞こえててくる。静かに見上げると、まつ毛が月明かりに照らされて頬に影を作っているのが見えた。
謝りながら夏来と離れたくないと言ってくれる春名と、許される限りずっと一緒にいたい。これからも春名にいちばんをあげられるように、いちばんでいられるように、すぐそばにいたい。きっと、これから先のことを考えたら色々と難しいことがたくさんあるのだろうけど、疲労と眠気でいっぱいの脳みそでは何も考えられなかった。
だから春名が言ったように、いまはただ春名を好きでいよう。好きで、きもちよくて、心地よくて、あたたかくて。そういう気持ちを抱えて、大事にしよう。いつかわからなくなって迷ってしまったとしても、たぶん春名は夏来を見つけ出して手を引いてくれる。夏来も、春名がもし迷ってしまいそうなら手を伸ばせるようにありたいな、と思う。その手を取ってほしい、とも。
あれだけいやだと首を振ったのに、汗まみれの体を抱かれていることも気にならなかった。今はただ少しでも春名の近くにいたい。春名が寝てしまう前にしたように、夏来も確かめるように春名をそっと抱きしめた。規則正しく胸が上下する音を聞いて、その寝息に委ねるように夏来も息を吸って、吐く。夢の中でも会えたらいいな、なんて、意識を手放すまで夏来はわがままで、欲張りだった。