※死ネタのような違うような
※グロいようなそうでもないような
夢を見た。
誠凛バスケ部から、俺の隣から、伊月俊が消えてしまう。そんな夢を見た。恐ろしいことに、俺以外の人間は伊月俊についてなにも覚えていないようだった。教室に行けば彼の席には別の知らない人間が座っていて、部室を覗けば彼のロッカーは空っぽだった。腐るほどあったネタ帳も、几帳面に畳んであったタオルも、そこにはなかった。俺は必死になって彼を、彼が居た痕跡を探した。けれど、家は取り壊されて平地になっていて、中学の卒業アルバムには伊月俊の文字すらない。
見つからなかった。嫌というほど一緒にいて、飽きるほどバスケをして、呆れるほどダジャレに突っ込んで、数え切れないほど笑いあったあの日々は、どこにもなかった。
家を出ると、すぐそこに伊月俊は立っていた。遅いぞ日向、主将が遅刻したら示しがつかないじゃないか、なんて少し呆れた様子で彼は言った。伊月が居る。目の前に立っている。それだけで俺はホッとした。あれは確かに、ただの夢だったのだ。
「俺が居なくなる夢? なんだそれ、変な夢だな」
可笑しそうに伊月は笑った。伊月だ。伊月が笑っている。あれだけ探しても見つからなかった伊月が、俺の隣で笑っている。
「まあでも、正夢にならないように気をつけなくちゃ――」
グチャ、だかグシャ、だか、気持ち悪い音が頭に響いた。隣に伊月は居ない。血の匂いが鼻を掠める。後ろを振り向けなかった。伊月はきっと、背後に居る。
夢を見た。隣にいた伊月がトラックに轢かれて死んでしまう、そんな夢を見た。伊月と俺の距離は十センチもなかったというのに、綺麗に伊月だけトラックに持って行かれた。俺は振り向けなかった。きっと伊月は背後に居て、伊月の形ではなくなった状態で道路に転がっている。考えただけで吐き気がした。
「おはよう日向、今日は早いんだな」
あれ、顔色悪いけど大丈夫か、なんて心配そうに顔を覗き込む伊月は俺の目の前に立っている。そうだ、あれはただの夢だ。本当にあんなことがあってたまるものか。
「俺が事故る夢? やだな、なんて物騒な夢見てんだよ」
伊月は困ったように笑った。ああ、伊月が笑っている。俺の隣で笑っている。
「正夢なんてごめんだから、日向について歩こうかな。これなら日向が守ってくれーー」
掴まれた制服が勢いよく後ろに引かれた。振り返ると黒い車が猛スピードで走り去っていくのが見えた。俺の元に残ったのは伊月が大事そうに抱えていたネタ帳とボールペンだけだった。
夢を見た。何度目覚めても伊月が居なくなってしまう、そんな夢を見た。俺は伊月に会いたくなかった。きっと会えば、伊月は居なくなってしまう、そう思った。けれど伊月はやってきた。見舞いに来たという伊月は心なしか元気がなさそうだった。
「日向が来ないとみんなのモチベーションが上がらないんだよ。だから早くよくなってな」
そう言って授業で配られたらしいプリントを置いて部屋を出て行った。よくなって、とは、いったい何が良くなれば解決するのだろうか。
何かが崩れるような音と、切り裂くような悲鳴が鼓膜に飛び込んできた。たまらず俺は布団の中に潜り込んだ。けれど、あの気持ち悪い音と、血の匂いと、何かに引っ張られる感覚が俺を恐怖に陥れた。
これは夢だ。夢を見ている。俺はただ、ちょっとした夢を見ているだけなのだ。
title by 婀娜