放課後、練習がとっくに終わったにも関わらず、体育館からはボールが弾む音が聞こえていた。もう9月も中頃になるというのに真夏並の気温の中、遅い時間まで練習する者は多くなかった。しかし彼の場合、部活の練習時間よりもこの放課後練習の時間の方が楽しみなのだ。
「くーろこー、スポドリ買ってきたぞー」
「あ、伊月先輩」
伊月は黒子に買ってきたスポーツドリンクを軽く取りやすいように放り投げ、へなへなとその場に座り込む。黒子はそのスポーツドリンクを大切に抱え、一口一口大事に飲む。
「毎回ありがとうございます、伊月先輩」
「んー。どーいたしまして」
「でもなんで毎回汗だくなんですか?」
「走ってきたんだよ。体力アップしなきゃだしなぁ」
ここ数ヶ月、伊月は黒子の自主練習に付き合っている。はじめは黒子が火神に頼もうとしたのだが、彼からだと的確なアドバイスがもらえない(決して馬鹿だからだとはいっていない)と判断したらしく、悩んだ末伊月に決まったのだという。案の定伊月からのアドバイスはどれも的確で正確でわかりやすいものばかりだ。これぞ流石、誠凜の第二の柱である司令塔の目だ。伊月も黒子にアドバイスするだけではなく、1on1の相手をしたり、共にフォームの確認をしたりと、案外楽しくやっている。
いつしか、この時間が二人の楽しみの時間になっていた。
「黒子が頑張ってるんだ。俺もやらなくちゃ」
「でも先輩、頑張りすぎは禁物ですよ」
「わかってるって。黒子もな」
小休憩が終わり、黒子が練習を再開しようとする姿を見て、伊月もそれに続こうと体を起こそうとした時だった。
「……あれ」
「どうかしましたか?」
「いや、なんか俺……起きれないみたい」
それもそのはず。
スポーツドリンクを買いに行くついでにランニングをする、という口実でわざわざ校舎の奥にある一番遠い自動販売機までこの炎天下の中を全力疾走したのだ。寧ろスポーツドリンクを買う、という事の方がついでになってしまっている。伊月の体は言うことを聞かなくなってしまい、上手く起き上がる事ができない。無理に頭を起こそうとすると次第に視界がぐらつき、一緒に体もぐらつく。それに気づいた黒子はいち早く伊月の後ろに周り体を支えてやる。
「……だから言ったじゃないですか」
「うーん。流石に無理しすぎかな」
「しすぎです。誰もいなかったらどうするんですか。干からびてしまいますよ」
「ごめん、黒子」
黒子がきつく言うと伊月は力無く笑う。とりあえず水分を取った方がいいと判断した黒子は先程彼に買ってもらったスポーツドリンクを渡す。
「これ、飲んでください。水分を取らないと」
「え、いーよ、それ黒子に買ってきたんだし」
「飲んでください」
「……」
黒子の見えない圧力に負けてしまった伊月は、少し体を起こしそれを口にやる。冷たい物が体を流れていくのがわかるような気がして気持ちがよかった。そんな事を思っている伊月とは裏腹に黒子は冷静――に見せかけてかなりズレた事を考えていた。
(普段、火神くんのハンバーガーの残りをもらったりとか、バニラシェイクを半分あげたりとか……。あれ、世に言う間接キスですよね。という事は今、僕は伊月先輩と間接キスをしているワケで……)
どういうわけだか、自然と目線が伊月の口元へと吸い込まれる。綺麗な顔、澄んだ瞳、長めのまつげ、整った唇……順を追ってそれらを無意識に見つめてしまう。それに伴い黒子の顔も淡く赤く染まっていった。
(火神くんの時とは……違う)
彼の顔を見つめていると、不意に伊月との目が合う。
「黒子? お前も体調悪いのか?」
「……いえ、僕は大丈夫です」
普通に、冷静に、不自然のないよう必死に答える。今となってはこの顔の赤みも消す事ができない。隠し通す事しかできないのだ。
「そっか。ならいーけど」
そういって、伊月は黒子に優しく微笑みかける。
(ああ先輩……伊月先輩)
黒子も、伊月に笑い返す。
(僕は、先輩の……)
「伊月先輩は、綺麗な顔立ちですよね」
「それ、俺に言う台詞じゃないだろ」
(先輩の笑顔が……)
「顔以外にも、腕とか、足とか、髪とか……」
「え、黒子?」
黒子の想いは、どんどん溢れ出ている。果して、その想いは伊月に届くのか。
「そんな伊月先輩が、大好きです」
title by 白群