※女体化



「……だっせえの」
 爪先から頭のてっぺんまでを蔑むような目で見られて何事かと声も出せずにいれば、あまりにも素直な感想を告げられた。
 出久の今の格好は上にブラジャー、下にパンツという完全な下着姿である。右にいる勝己もまた同じであった。脱ぎかけの黒いキャミソールがまだ腕に残っていたが、一言呟いたあとつまらなさそうに脱いだキャミソールを丁寧に畳んでいる。別に常に勝己の動きを観察しているわけではなくて、この時は勝己に言われた台詞の意味を理解するのに時間がかかって、目の前にいた勝己のその動作をただ眺めていただけだ。その視線を鬱陶しそうに眉間にしわを寄せるまで、出久はきちんと見守った。
 風呂に入ろうとしていたのだ。普段は勝己が露骨に出久を避けているようだったから、出久が意識せずとも風呂で彼女を見かけることはなかったのだが、今回ばかりは違ったらしい。いや、らしいというより、出久の単なる気まぐれによって起こってしまったお風呂でばったり事件であった。たまたま出久が足を運んだその時間が、勝己のいつもの入浴時間だったのだ。
 服を脱いでいる途中だった勝己と機嫌よく入ってきた出久の目が合うと、いっそ清々しいほどの舌打ちが聞こえ、同時に出久の血の気も引いていった。目がぱっちりと合ってしまったし、かといって来た道を引き返すのはあまりにも露骨すぎるので、出久は仕方なく自分のロッカーに着替えを置いた。入り口でいつまでももじもじしているより、さっさと済ませて彼女より先に出て行こうと思ったのだ。
 出席番号に振り分けられているロッカーに従うと、当然勝己の隣を使用することになる。二度目の舌打ちを右から聞き流して、出久も服を脱ぎ始める。勝己が不機嫌そうに呟いたのはそのすぐ後だった。
「な、なんだよいきなり……」
 刺さる視線に戸惑うように隣に立つ勝己を見るけれど、虫をあしらうようにそっぽを向かれた。
「べつに」
 出久にはさっぴり勝己の言葉が理解できなくて、つい勝己の先程の視線を追った。辿り着いた先には自身の膨よかな山があり、女子高生にしては少々味気ない布がそれを覆っている。
 そういうことかと、出久はすぐに合点がいった。けれど、言われたまま黙っているのはなんだか釈然としないので、勝己の方をちらりと盗み見る。かっちゃんだって、と口を動かすと、勝己は分かりやすく怒りを露わにした。
「かっちゃんだって、その、スポブラじゃないか……」
 別に、スポーツブラを馬鹿にしているつもりは毛頭ないけれど、勝己に言い返すような言葉を探してもそれくらいしか突く点がなかった。
「しかもそれ、サイズあってないだろ……? すごく苦しそうだし……」
 勝己の胸元に視線をやると、やわらかな膨らみが出久の言葉通り苦しそうに布におさまっていた。
 出久のものよりも控えめな勝己の胸でも、やはり彼女の戦闘スタイルでは邪魔になるのだろうか。胸の苦しさよりも動きやすさを取って無理やり押さえつけているのかもしれない。
「もっと、こうさ……かわいいやつの方が、かっちゃんも似合うと思うんだ。せっかく色白でどんな色でも映えそうなんだし、胸の形も綺麗なのにそれだと形がくずれちゃうよ」
「きめえ」
 間髪入れずに勝己が毒を吐くので、出久はたまらず言葉が詰まった。
「なんでてめェに下着事情ベラベラ語られなきゃならねんだよ。つうかそのビラビラなもん付けて動く方がよっぽど負担かかるわクソが」
「えっそうなの」
 久々の勝己の博識ぶりに思わず反応してしまう。勝己はひとつ大きく、わざとらしく溜息をついた。
「それだとワイヤーとか肩紐の金具が皮膚に擦れて炎症起こすだろうが。そもそもそういうのは運動用に作られてねえんだから負担かからねえわけねえだろ。少しは考えろや」
 へえ、と出久は素直に感心した。やはり流石というべきか、下着類にはあまり興味のなさそうな勝己もそこまで考えて選んでいるなんて思いもしなかった。今度スポブラ買いに行こう、と頭の片隅で考えたあと、出久のなかに解決しきれない疑問が浮かんだ。
「でも、それだとしてもかっちゃんのスポブラこサイズが合ってないのは関係ないよね?」
 今度は、勝己の言葉が詰まる番だった。いつも反射で言い返してくるくせに、珍しい。まるで苦虫を噛み潰したような顔をしている勝己をもう一度呼ぶと、ぼそりと小さく呟いた。
「……買いに行ってねえだけだ」
 最後にもう一度出久の方を見てから、勝己はスポーツブラに手をかけた。
 なるほど、と手をポンと叩きそうになる出久だったが、勝己のその動作に思わず喉が鳴る。慌てて首を絞めるように抑えるけれど勝己には特に聞こえていなかったようで、怒鳴られることも睨まれることもなかった。
 勝己の胸――もとい裸体を見るのは小学生の頃以来だった。苦しそうに布におさまる胸も、出久が記憶していたものよりもかなり大きく成長している。雪山のように白くなだらかな膨らみは勝己によく似合う。勝己のからだであるのにおかしな感想だけれども。
 するりとスポーツブラを脱ぐと、その雪山の全貌が明らかになった。きつい布の中に詰められていた胸が解放され、勝己の動きに合わせて僅かに揺れる。例えばそれは出久がそれに触れてしまったなら、すぐに溶けてしまいそうなほどに美しかった。先端にある可愛らしい色をした突起が勝己らしくなくてたまらず動揺してしまう。
「見てんじゃねえ、クソナード」
 ジロリといつものように睨まれるが、出久が後ずさることはなかった。寧ろ一歩二歩と勝己との距離を縮めて、出久との一定の距離を保つように勝己が後ずさる。ごくりと、二度目の喉が鳴った。もう隠すつもりもなかった。
 さらに一歩、勝己が後ろに下がるので、出久は思わず勝己の肩を強く掴んだ。逃すまいと、勝己に迫る。この格好で勝己が逃げる場所なんて、風呂場くらいしかないというのに。
「ッンだよ、離せや!」
「かっちゃん、かっちゃんは、君が思ってるよりもずっと、きれいだ」
 はあ? と間の抜けた声が勝己の威勢を弱くする。出久だってこんなこと言うつもりなんてなかったし、勝己のからだを見てこんなにもきれいだなんて思った自分に驚いているし、思ったより細い肩を掴んでしまったこの手をどうしたらいいのかもわからない。けれど出久の膨らみを包む布と勝己の雪山が触れそうになるたびに、出久もブラジャーを脱いでおけばよかったと心の底から思った。思ってから、死にたくなった。
「だから、えぇと、その……」
 次に紡ぐ言葉を散らかっている脳内で探している間にも、出久は勝己の肩を掴んでいるこの手が
未だに振り払われないことに違和感を感じた。別に個性を使っているわけじゃないし、死ぬほど大切な用事があるっていうわけでもない。いつもの勝己なら出久が一歩歩み寄ってきた時点で爆破するなりどつくなりしているだろうに、今目の前にいる勝己はおとなしく出久の次の言葉を待っている。少し俯いて、出久の膨らみを見つめている――ようにも見えた。
「かっちゃんに似合うブラジャー、一緒に、買いに行こう……?」
 わざと勝己に見せつけるように、胸を寄せた。それに僅かに勝己が動揺して、その僅かな動きに合わせて勝己の胸も揺れる。人に見られたらどうしようだとか、自分は何しに来たんだっけなんてことを考えたけれど、このなんだかよくわからない空間にもう少し浸っていたくて、じりじりと勝己に近づいた。勝己のやわらかな膨らみが出久の胸に触れる。かわいい先端が出久の下着で擦れて、嫌がるように身動いだ。
「……だれが、てめェなんかと」
「お願いだよ……僕もかっちゃんに、スポブラ選んでもらいたい」
「ッ知るか、ンなもん……!」
 強く胸を押されて、出久は尻餅をついた。勝己はさっさと着たままのパンツを脱いで、タオルを肩にかけ風呂場に消えてしまった。そうだ、風呂に入りに来たんだった、と出久もようやく思い出す。暫くしてから下着を脱いで、丁寧に畳んでロッカーにしまった。それからタオルを持って、勝己を追うように風呂場に向かう。もう全部脱いだのだ。行く場所はもうひとつしかない。
「……かっちゃんがかわいいだなんて、嘘だよなあ」
 先ほどまでの勝己の姿を想像して、出久の口角は面白いほどに上がった。かわいいなんて言葉とは無縁だと思っていたあの乱暴で嫌なやつな幼なじみが、あんな顔をするなんて、あんなからだになっていたなんて、そんなのずるいじゃないか。
 入り口から一番遠いところでからだを洗っている勝己を見つけて、また出久は笑みがこぼれた。確実に、意識されている。勝己が、この出久に、だ。
「かっちゃん、きれいでかわいいかっちゃん」
 出久の声を掻き消すようにシャワーを浴びている勝己の隣に座って、にっこりと笑った。今度は出久も勝己も、何も包まれていない。生まれた姿のままだ。興味のないふりをしてちらりと出久を盗み見る勝己が愛おしい。いつものようにひとつ怒鳴れば、好きなだけ触らせてあげるのに。
「一緒に、ブラジャー買いに行こうね」
 怒鳴る代わりに熱湯をかけられて、勝己は湯船に浸かってしまった。歩くたびに揺れる勝己の雪山が風呂の温かさで溶けてしまいそうだなんて思いながら、勝己をぼうっと眺める。
 勝己はどんな色が似合うだろうか。個性を連想させる赤はもちろん、雪のように清い純白も捨てがたい。大人っぽく黒も着こなしてしまうだろうし、可愛らしい突起のように桃色なんかも似合うかもしれない。緑色のブラジャーを身に付ける姿を想像してから、いつの間に出て行った勝己を追いかけるようにその場を立つ。
 けれどやっぱり、生まれた姿のままがいちばんきれいだと、着替え途中の勝己を見てそう思った。



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