その小さな背中はいつも先にあった。手を伸ばせば届きそうなのに、いくら手を伸ばしても指先が触れることはない。
背丈は俺の方がよほど高いし、パワーもアイツよりもある自身がある。最も、自分も四番を経験済みなのだ。チームメイトの誰よりも俺がアイツに近いはず。届くことも、追い抜くことも、自分が一番可能性が高い。そう思っていた。
しかし、現実はそう甘くはないらしい。仮にも、まだ俺が一番アイツとの距離が近いとしても、そのアイツが更に先に進んでしまっている。
もう、俺のことを待っていてはくれない。
「……俺らって、そんなにちげーのかな」
「んー?俺らって、俺と花井のことか?」
「おう」
「別にちげートコなんてなくね? 野球大好きだし、食べるの大好きだし、……あっ、肉まん食いてぇ! 肉まん!」
そう言ってコンビニへかけて行く田島の後ろ姿は、入部した頃より大きくなっている気がする。俺はどうだ。少しは成長しただろうか。アイツと張り合えるくらいになっただろうか。
「花井花井、肉まんとピザまん、どっちがうまそう!?」
「俺は肉まんだな」
「じゃさ! 半分こしようぜ半分こ! 肉まんとピザまんで!」
「おー、じゃあお前ピザまん買えよ」
チーム内で争い合うことはない。お互い仲良くやればいいじゃないか。
以前栄口に言われたことがある。しかし、何も俺は田島と争っているつもりはさらさらない。田島は心強い仲間だけれど、俺にとっては最強で最高のライバルでもあるのだ。ライバルの背中を追うことは、当然ともいえるだろう。ただ、追いかけても追いかけても追いつくことが出来ないこのどうしようもないもどかしさが堪らないのだ。完全なる自分の力不足だということは痛いほどわかっている。だからこそ余計にもどかしく、腹立たしい。いくら練習しても目に見えて成長出来ない自分に、都合のいい理由をこじ付けて逃げようとしている汚い自分に、毎度毎度とても腹が立つ。
「見ろよ花井! カボチャの形!」
「は? かぼちゃ?」
「さっきレジのねーちゃんが勧めてくれたからピザまんやめてカボチャまんにした!」
「あ、そーいや今日ハロウィンか」
「へへーっ、これも半分こしようなー」
「それ何入ってんだ? カボチャ?」
「割ってみっか!」
そして、何事もないようにこうやって普通に接することが出来る自分に、腹が立つ。
「中身もカボチャか? 黄色いな」
「花井!」
「………、これもやれってか…」
「おう! もっちろん!」
「あーもー、わーったよ! ……うまそう!」
「うまそう!!」
いただきます!、とカボチャまんを口いっぱいに頬張った。隣で田島が熱い熱いとそこら中を飛び回る。
「あっ、ほーだ、はない! はっきのはなひ!」
「はぁ?なんて?」
「〜〜んぐッ、さっきの話!俺と花井は違うとか違わないとかっていうやつ」
「ああ……、あれか」
「俺さ、別に違っててもいいかなって思ったんだよな〜。だってさ、俺も花井も全くおんなじだったら怖いじゃん。花井、俺みたいにバカになりたくねーだろー?」
「いや、なりたくはねえけど……つかそういうコト言ってんじゃなくて」
「おい!そこヒテイしろよヒテイ!」
田島が言いたいのはきっとあれだ。『十人十色』とか、『みんな違ってみんないい』とか、多分そういうことだ。
俺が言いたい『違う』とは少しズレている。
「なんつーか、俺もお前も春から練習毎日やってさ、帰ったら飯食うか自主練か寝るしかしねーし、ホント毎日野球漬けでさ。みんなおんなじだけ頑張ってんのに、なんでこー差が出るんだろうなって」
言ってから、後悔した。田島の奴、今言ったことを理解していない。頭の上にはてなマークを浮かべていた。なんとも言えない阿呆ヅラである。
「あー、……今の忘れていーぞ。悪りぃ」
「花井は、俺と比べてんのか?」
「え?」
「……そんなんじゃお前、ぜってー強くなんねーよ」
「たじま?」
「俺と比べたってしょーがねーじゃん。花井が俺と同じ練習したって強くなるわけねーし、俺は俺で、花井は花井じゃん」
田島の瞳は、力強かった。俺をまっすぐ見つめて逸らさない。
「花井は前だけ見てればいーんだよ。だって、前見てれば前にしか進まねーだろ?」
「前、だけ……」
「そっ! むずかしーこと考えなくていーんだよ! 野球は楽しくなくっちゃな〜」
残りの一口の肉まんを口に放り込むと、いつもの笑顔でにしし、と笑った。
途端、今まで重かった肩がすっと軽くなったような気がした。
「……田島」
「んー?」
こいつのたった一言で散々悩まされるし、こんなにもあっさり吹っ切れてしまえるなんて、単純にも程がある。
そうだ。俺は田島をライバル視し過ぎて、田島の背中ばかり見たいた。俺が見るべきなのは田島の背中ではない。田島より、ずっとずっと先だ。前だけ見つめて、前に進む。そしていつか、西浦の四番を勝ち取ってみせる。
「サンキューな」
「おう!」
田島はまるで、魔法使いだ。
title by Rachel
申し訳程度のハロウィン