この日木々は猛烈に機嫌が悪かった。それは誰が見ても明らかで、ゼンやミツヒデもが近づかないまでだ。先程白雪も大丈夫かと顔を真っ青にして木々を心配していたのだ。しかし、今の木々にはそんな事を一々構っている暇はない。いつもミツヒデがいる木々の隣には今日に限って違う人物が居座っていて、木々はそれから離れたくて仕方がないのだ。
「木々嬢ー。少しは構ってくださいよお」
「いい加減鬱陶しいよ、オビ」
「まあまあ、そう言わずに」
今日のオビはいつもに増してしつこい。そして、普段ならばゼンやミツヒデなどに絡んでいるはずが、最近は四六時中木々にくっつきまわっているのだ。鬱陶しいことこの上ない。木々がいくら抵抗しようともオビは全て笑顔で返す為、余計に苛立つ。
「……あんたは私にどうしてほしいわけ」
「だから構ってくださいって」
「そうじゃない。目的は何」
木々は資料を棚に戻していた手を休め、本棚に背を預け腕を組む。オビは机の上にあぐらをかいている。そのままの状態でやっぱ木々嬢は凄いなーとおどけている。木々自身もオビに目的を聞いても誤魔化した答えしか帰ってこない事は承知していたし、その目的も薄々ではあるが木々にはわかっていた。
「木々嬢って、旦那とできてたりします?」
「……しない」
「じゃあ旦那の事が好きだとか」
「何、その振り」
「だとしたら俺を見向きもしないのも納得だなと」
オビは大袈裟に困ったというようなジェスチャーして見せた。
そう。オビはただ木々を付け回っているだけではなく、なにかと誘うような台詞を囁いてきたのだ。
「まあ、諦めませんけど」
「……悪いけど、私はあんたもミツヒデもそんな目で見てない」
「なら俺にとっては好都合ですよ?俺が木々嬢を捕まえればいい話ですし」
オビは本当に諦める気がないようだ。最早興味がないと言われてもそれさえプラスに変えてしまっている。木々は面倒臭そうにオビを見据え、溜息をついた。
「あんたが好き勝手やるのは構わないけど、こうやって付き回るのは迷惑」
「付き回らないと木々嬢旦那と仲良くするじゃないですか。それじゃあ俺がつまんないですよ」
「……」
「あー、わかりましたわかりました、やめますからそんな目で見ないでくださいよ」
まるで害虫でも見ているかのような目で睨むと、流石のオビも引いたようだった。それを確認したか否か、木々は先程まで中断していた資料の整理を再開させた。その様子をオビはつまらなさそうに見つめていた。手伝う気はなさそうだ。
「……木々嬢、言っておきますけど俺本気なんですよ、一応」
「だからなに」
「うわー、聞きます? それ」
きついなー、なんてわざとらしく呟くオビを木々は見ようともせずただ資料を棚に戻している。
「ま、連れない木々嬢も好きですけど」
そういってオビは木々の後ろに立ち、木々はオビと棚に挟まれてしまう。動こうにも腕を捕まれた挙げ句、オビと棚との間が狭いため思うように動けない。気づけばすぐ横からオビの顔が伺えるような距離にまで近づいていた。
「んー、やっぱ美人ですね木々嬢」
「離れて。資料片付かない」
「こんな状況でも資料優先ですか。木々嬢らしい」
「……オビ、やめて」
名前を呼ばれるとオビはすみませんでしたとすぐに木々から離れた。こういうところが軽い奴なのだと木々は思った。そして、例え自分を想う気持ちがあったとしても半分は木々をからかっているのだとも。結局オビは何がしたいのかという根本的な問題はわからないのだが。
じろりとオビを睨むと、今日一番の笑顔で返されたのであった。
title by ギルティ