ジリジリと焼き付けるような日差しに目眩を覚える。頬をつたう汗が一滴、二滴と地面に落ちて丸く染みができた。顔を上げると空は眩しいほどに真っ青で、太陽を遮る雲なんてどこにもない。蝉の声がそこら中に響いて、外はこんなに気温が高くて、空は随分遠くにある。既に汗でべとついている服で顔の汗を拭いながら、ああ、夏だなあと改めて感じた。
 前方に視線を移すと、先ほどまで並んで走っていたスバルがもうずっと遠くへ行ってしまっていた。橙色の髪が夏の太陽に照らされてキラキラと輝いている。
 彼は夏がよく似合うと、いつも思う。だって夏は、スバルが大好きなキラキラがたくさんある季節だ。それは眩しすぎて、目を逸らしてしまいたくなるほどに。

「そんなとこで俯いてたら干からびて死んじゃうよ、ウッキ〜!」

 遠くでスバルが呼んでいる。もうどれだけ走っているかわからなくなるくらいには走っているが、スバルはまだまだ余裕そうだ。

「そんな不謹慎なこと言わないで!? すぐ行くから、待ってて明星くん!」

 重たい足を精一杯動かして、腕を一生懸命振って、一歩ずつ確かに、また走り出した。キラキラと輝くスバルが少しずつ近づいてくる。乾いたグラウンドを思い切り蹴って、進んでいる。
 スバルが、皆がいる場所に。真を待つ、仲間の元に向かうのだ。


***


 北斗が用意してくれていたスポーツドリンクは、熱くなった真の体温を少しずつ下げてくれた。一足先に走り終えていたスバルは真緒の鞄に入っていたという下敷きで風を送ってくれている。木陰で涼みながら、そういえば真緒の姿が見当たらないと周りを見渡していると、それに気づいた北斗は「衣更には買い出しに行ってもらっている」と言った。スポーツドリンクの追加だろうか。保冷剤か何かだろうか。隣でスバルがアイスが食べたいと駄々をこねているので、真もそれに便乗する。いくら冷えているスポーツドリンクでも、ずっと手にしていれば次第に温くなってしまう。早く冷たいアイスを身体に与えて、この馬鹿みたいな暑さから抜け出したい。

「遊木、この後衣更が帰ってきて休憩を挟んだら練習を再開する。今のうち存分に体を休めておけよ」
「うん。大丈夫だよ。ここで倒れたら元も子もないもんね!」
「アイス〜! サリ〜アイス買ってきてぇ〜!!」
「明星は少し大人しくしていろ。休憩中まで体力を使ってどうする」
「だってこの暑さだよ! むしろホッケ〜はよくそんな涼しい顔してられるよね!?」
「無駄に叫ぶから暑くなるんだ」

 いつも通りのふたりを眺めながら、未だにぼうっとする頭をどうにかしようと多少冷たさが残るスポーツドリンクを額に当てるが、あまり効果はなさそうだった。目眩はするし、足は棒のようだし、夏らしい蝉の声は誰かの悲鳴のように真の頭に鳴り響いている。スバルの元気をスプーンの一杯分でも貰えれば、今の何倍も体力がついて夏の暑さにも負けない強い人間になれるんじゃないかと、そう思った。

「ところでウッキ〜、ホントに大丈夫?」
「え? なにが?」
「なんか、このまま溶けて眼鏡しか残らなさそうって感じ!」
「それは心配してくれてるのかな? それとも僕の本体は眼鏡っていう話?」
「ウッキ〜は眼鏡があってこそのウッキ〜だよ! 俺が保証する!」
「褒められてるの!? 貶されてるの!? わからないよ明星くん〜!」

 ふと、北斗の手が真の額に触れる。ああ、少し熱いか、と上から声がした。言われてみれば、体は怠いし頭も痛い。身体が熱いのはただこの気温の中馬鹿みたいに走った所為だと思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。体温計を借りてくると、スバルは保健室へ駆け出した。続いて、クーラーボックスから取り出した新しいスポーツドリンクで首を冷やせと北斗に渡される。

「あはは、ごめんね、また迷惑かけちゃってるや……」
「気にするな。遊木の不調に気付かなかった俺たちにも責任がある」
「ううん、そんなことないよ! 僕がみんなに比べてまだまだなだけだから」

 どこか悲しそうな、悔しそうな、そんな表情を見せた北斗は、何も言わずに携帯を取り出して通話し始めた。相手はおそらく真緒だ。アイスだとか、保冷剤だとか、そんな単語が聞こえる。わざわざ買い出しに行ってくれた真緒には、余計な買い物を増やしてしまって申し訳ない。帰ってきたらたくさん謝ろうと、渡されたペットボトルで言われた通り首元を冷やした。
 通話を終えた北斗は何か言いたげな様子で真を見つめる。どうかした?、と声を掛けると、真と同じ目線になるようにストンとその場に座り込んで、真の目を捉えた。

「ど、どうかしたの、氷鷹くん」
「……うまく言葉に言い表せないまま口にするのは、ちゃんと伝わるかどうかわからない。だから、これだけは言わせてくれ。遊木」
「うん……?」
「お前は、Trickstarに必要だ」

 ズシンと、北斗の言葉が胸に届いた。いきなりだねだとか、どうしたのだとか、言いたいことはいくつも浮かんできたが、それが声となる前に涙が溢れそうになって、慌てて強く唇を噛み締しめる。なぜ突然、しかもこんな時に。

「迷惑でも、足手纏いでもない。大切な仲間だ。俺も、明星も、衣更も、みんなそう思ってる。遊木がいなくてはTrickstarは完成しない」
「…………」
「だから、間違っても『僕はいない方がいい』なんて考えないでくれ」

 涙が込み上げて声を詰まらせた。一筋頬を伝うのがわかって慌てて拭おうと手で目を擦るが、拭いきれないいくつもの涙が真の服を濡らしていく。ごめんね、泣いちゃだめだよねと謝っても、揺れるような声が地面に落ちていくだけだった。

「おうおう、昼間っからいい雰囲気だなお前ら」
「いっ、衣更くん……!?」
「すまんな衣更、重かっただろう」
「こんくらいヘーキだよ。あ〜ほら真、そんなに目擦るなよ。傷付いたら困るだろ〜?」
「あれっサリ〜おかえり! そしてなんだか楽しそうだね? 俺も混ぜて〜!」
「こらスバル、真が潰れるだろ! ってうわ! 体温計振り回すな!」

 眩しかった。夏の空も、強い日差しも、キラキラと輝くスバルや北斗、真緒たちも。真とは遠くかけ離れている存在だと思っていた。真っ暗な闇でひとり、ずっと向こうにある光を見つめているんだと思っていた。けれど、ひとりじゃなかった。ずっと俯いて、怖がって前を見ようともせず、同じ場所で同じように輝こうと手を伸ばしてくれる仲間たちに気付くことができなかっただけだった。
 隣にはみんながいる。繋がっている。燦々と降り注ぐ太陽の光を背に、この先にある眩しい未来へと共に走り出すのだ。


2015.8.27
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